第5話 再会

 先の一戦から既に五分の時間が経過した。


 早くも家族殺しの称号を得てしまったアイロードだが、そんな不名誉なものを払拭している余裕はない。


 ただでさえ時間がないというのに、嫌いな兄に時間を取られている。


 彼は性に似合わず焦っていた。


「考えられる箇所はあと二つ……いや、一つか。庭園にいなかったら、もう駄目だな」


 アイロードは最後の望みを賭けて中庭の庭園に向かっていた。


 居てくれればラッキー程度に考えるつもりではあったが、有力候補がもうないため、割と信憑性は高まっていた。


 図書室からの距離も近く、走れば一分以内に到着できるだろう。


 もし居なかったとて、絶望はするものの大した時間は要さない。行って損は無いのだ。


 と、考えているうちに目的地には到着した。


 一面に咲く薔薇の庭園。ここは王族本家の王女であるレディミアの意を受けて、一面に薔薇が植えられている。一応、数色に分かれているので飽きはしない。リギアは飽きる。

 

 ここの中心には噴水があり、普段はそこにレディミアは座り薔薇を見ている。


 庭園を突き進み、噴水まで向かうとそこには運良くレディミアの姿があった。


「居た……」


 一瞬夢かと疑ったアイロードだったが、彼女の姿を見るうちに、そんなことはどうでも良くなっていた。


 彼女を見つけられた安心感に浸りながら、アイロードは彼女に歩み寄る。


「レディミア、ここにいたんだ」


 アイロードの声に反応し、レディミアは顔を上げる。


「今日は良い夜ね、アイロード。そんなに息を切らしてどうしたのかしら?」


 レディミアの言い方からして、彼女はまだ何も知らないようだ。自分の命に危険が迫っていることなんて、まったく。


 アイロードは不安にさせるといけないと思い、事情は伏せ、リギアと三人で城下町の祭りに行こうと伝えた。


 尤も、祭りなんてものは無い。


 並の王族は気付けるが、普段から外に出ることの少ないレディミアなら分かるはずはないだろう。


「お祭りがあるの?なら行きたい……そう言いたいのだけれど、今から外出許可を貰っていたら時間は過ぎてしまいますよ」


「そんなのはいい。こっそり抜け出そう。少しならバレないさ」


 アイロードの返答に、レディミアは俯いて悩む。


 彼女のしっかりとした性格ゆえ、間違ったことをするのには少し抵抗があるのだろう。だから、考えることも分かる。


 ただ、時間は取れないので「出来ない」と言われればアイロードは強制的に、レディミアを連れ出すことにしている。


 事情なんて、最悪伝えれば分かってくれるだろう。


「……分かった。ちょっと楽しんだら、すぐに戻りましょ。それなら、お父様にもバレないものね」


 意外にも、レディミアは了承の旨を伝えた。


「ああ、そうだな」


 アイロードがレディミアに手を差し出す。


 彼女は彼の手を取り、立ち上がる。


 レディミアは見つけた。あとは交戦状態のリギアと合流し、父たちに見つかる前に逃走するだけだ。


 何も、難しいことはない。


 二人は城の門を目指した。


 運のいいことに、二人が門に向かう道中で敵に遭遇することは一度たりともなかった。もう少し広く言えば、城全体が妙な静かさに包まれていた。


(何か可笑しい)


 アイロードはそう考えざるを得なかった。


 先程までの短時間のうちに、二回も交戦状態に突入している。そこから察するに、人員は多く導入されている。


 だとすれば、かなり違和感がある。


(警戒を緩めないのは勿論だが……何かあったか?)


 アイロードは全方位に気を分散させた。


 しかし、二人以外の足音がするわけでもなければ物音の一つもしない。立ち止まれば、そこには静寂の二文字しか残らない。


 アイロードは周囲を見渡す。


 そんな彼に、レディミアは首を傾げる。


(本当に何もない。だが、このまま不安感の中で門に行くより、ひとまず魔力感知でリギアを探して合流するか)


 アイロードはその場で魔力を周囲に張り巡らせた。


 辺りには様々な魔力が発生しているが、普段ならばそこらにある人の魔力は一つもない。


 やはり人はどこにも居なかった。いや、見渡せば一箇所に大勢の人が集まっているのが分かる。魔力の反応は大きい。


(あれ、リギアはどこだ?)


 リギアの魔力は極めて分かりやすい。


 通常、魔力は薄い虹色のような時々刻々と色が変化しているものだ。だが、リギアのそれは水色と黒色で固定されている。


 なので分かりやすいのだが、どこにも居ない。


(…………!?)


 何かに気づき、アイロードは口元を抑える。


「どうしたの、アイロード!?」


 レディミアは目を見開き、膝をつくアイロードに駆け寄る。


「い、いや、なんでもない」


 アイロードは混乱した。


(嘘だ…嘘だ……いや、そんな筈は……)


 魔力が消える事はまずあり得ない。ただ、魔力を使い果たすか、死んだ場合にのみ魔力は消える。


 まず前者だが、魔力を使い果たせば人の体は消滅する。後者はまあ当然だ。生命のないところへ魔力は自然に宿らない。


 という点から見て、大方考えられるのは……


(……リギアが、死んだ?)


 リギアの死という可能性。


 アイロードの額から汗が垂れる。涼しい外の風に吹かれ、汗の伝った箇所は凍えた。


(見落としなんてあり得ない。なら、本当に……リギアは────)


────刹那、アイロードの魔力探知に引っかかるものがあった。それ彼の背後を取り、危機感は警報を上げていた。


 アイロードはレディミアの手を引き、胸に抱き寄せると地を蹴り、後退した。


 音こそ微量ではあるものの、元いた地点を見ると、そこは何度も切り刻まれた跡が残っていた。


「誰だ!?」


 この攻撃は人的なものであるとし、アイロードは姿の見えない何かに問いかけた。


 ふふふ、と何処からか声が漏れる。


(位置的に……上!?)


 真上には何もない。だとすれば飛び上がってからの攻撃だと予測できる。


 アイロードはレディミアを後ろに下がらせる。


 アイロードは瞬時に【クリング】を発動させ、近くの銅像に付けられていた鉄製の模擬剣を手に引き寄せた。


 剣を頭上へと移動させ、自らも空を見る。


 そこには和かな表情をした者がいた。


 予想通り、彼は剣を振りアイロードに攻撃を仕掛けた。


「母の浮気相手の子である貴方が、なぜ我が妹と共に?」


「親友の、姉なんでね!!」


 アイロードは力任せに剣を振り払った。


 奴は華麗に宙を舞うと、アイロードと距離を取った。


「へぇー、リギアと仲良かったんだ?」


 男のような服装でありながら、顔は美形で、一挙手一投足が綺麗な人物。自分では男を装っているめんどくさい奴でもある。


 アイロードは奴を知っている。


「ああ、ありがたいことに。お前らと違って、立場とか関係なしに接してくれるよ、この二人は。……で、何の用だ?グロトリア」


 目の前の人物──グロトリアは、アイロードに再び剣を向ける。


「うちの兄がしくじったから、その皺寄せがやってきただけだ。レディミアは渡してもらう」


「ん?レブノなら来てないぞ?」


 レブノの襲撃に身に覚えのないアイロードは、不審げに聞く。


 彼の間抜けな質問に、グロトリアは不適な笑みを浮かべて返した。


「ああ、本当に何も知らないんだ……」


 そう言われ、アイロードは勘づく。これだけでは気づかなかっただろうが、リギアの死という可能性がある以上は当然だろう。


「……まさか!?」


「そうだよ、リギアは死んだ。でも計画的には生かす予定だったんだけど、レブノが殺しちゃってね?それがしくじり。アイツも死んだよ」


「え……?」


 後ろからレディミアの声が漏れた。


 リギアの死は本当だった。


 アイロードは涙を堪えた。今狼狽えれば、奴らの思う壺である。堪えて、倒して、レディミアだけでもここから逃すしか無かった。


「それで、あいつがやる筈だった貴方たちの誘拐をやらなくちゃいけなくなった訳」


 右手をひらひらとさせ、グロトリアは迷惑そうに事を話した。


 しかし、彼女の話など途中から聞いていなかったアイロードは、少し出来た僅かな余裕に感謝し、即興で考えた作戦を実行する。


「どいてもらおうか」


 アイロードは冷たい声で言葉を発する。


「無理だね。やらなきゃ殺されちゃうし」


 勿論ノーが返ってくる。


「そうか。じゃあ、少し遊ぼうか」


 普段の優しい声は何処に消え、彼は発言の内容とは程遠い殺意が込められた声を漏らす。


 彼の挑発を敢えて買ってみせたグロトリアは、意気揚々と勝利宣言を試みたが……


「いいよ。勿論、勝つのは我───────」


 ……それより早く、アイロードが動く。


「─────【セパレート】」

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