くねくねと忍者 嘘漫談バージョン

 みなさんくねくねって知ってます? くねくね。

 そう、見ると発狂するあれね。僕あれに追いかけられたことがあったんですよ。

 よく晴れた夏の日にね、ドライブに誘われたんです。

 円了さん、円了さんっていう、その、霊能者じゃないですけど、そういう方面に詳しい人が知り合いにいまして、「ドライブに行こうじゃないか」なんて誘われまして。僕も円了さんに逆らうの怖いですから、「はい」言うて円了さんの軽自動車に乗ってですね、両面ずうっと田んぼばっかの、どこやろここ? っていう道を走ってたんですよ。

 カーステレオからは円了さんが選曲したんでしょうね、玉置浩二の「田園」が流れてるんです。てんてんてんてんてーん、ててーん、ってイントロ流れてね。ええ気分やわーって窓から見える田んぼ見てたんですよ。

「車と忍者を並走させたことはあるかい」

 急にですよ。円了さんが僕に言ってきたんです。

「忍者? いや、ないです」

 僕が答えるとですね、円了さんはこう片手でハンドル持って背もたれに身体預けてリラックスしながら、「日本の子どもたちは退屈なドライブの時に車と同じスピードで走る忍者の姿を、車窓からの景色に投影するのだ」言うんですわ。

 ああそれなら覚えあるわってなってね、まあ口に出さんけどみんなやったことあるやつですよね、って盛り上がったんですよ。「聞こえてるんだろ?」ってテレパシー能力者に向かって声を飛ばすやつとか、学校がテロリストに襲撃されて自分が撃退するやつとかね。そうそうそう! 言うてふたりで盛り上がってたんですよ。

「ところで君はくねくねを知っているかな」

 また急に円了さんが言うてですね。僕もそのまま「洒落怖ですよね」言うてまた盛り上がるかなと思ったんです。

「実を言うと僕はそのくねくねに付け狙われているのだ。こうして車を調達して飛ばしているのも、追ってくるくねくねから逃れるためなのさ」

 円了さんがそう言ったころですかね。ちょうど「田園」が終わりかけてまして。うーうーうーうーうーうー うーうーうーうーうーうーううーでアウトロが消えていくんです。円了さんが「ううむ。追いつかれたかな」言うて運転続けてます。僕が窓の外を見るとですよ、白いくねくねした得体の知れない物体がですよ、車を追いかけて田んぼの中を走ってたんですよ!

 車はまあ40キロは出てますよ。それを追いかけてくるんですから、尋常なスピードじゃないんですよ。田んぼの稲なぎ倒して、泥ばっしゃばっしゃ跳ね上げて、畦道ぶっ壊して走ってきてるんですよ! ホンマですってぇ!

 あかんあかん。怖い怖い、ていうか見たら発狂するんちゃうんかってなりまして。どうしようどうしよう思てたらね、てんてんてんてんてーん、ててーん、ってイントロ流れてきたんですよ。

 円了さん、「田園」リピート再生しとったんですよ!

「きちんと見ておいてくれたまえ。乗り移られたら一大事だ」

 全然姿勢も変えずにですよ、片手ハンドルでゆったり運転しながら円了さんが僕に言うんです。

 えっ、怖っ。乗り移るって、くねくねに取り憑かれるってことですかって聞いたんです。くねくねが憑依してくるなんて聞いたことないですからね。違う違う。車、車。って円了さんは笑うんです。

 車にぶつかってきたらそりゃ一大事ですよ。お互い40キロ出てますからね。大事故になってまうでしょ。

 それより僕は発狂するかどうかの瀬戸際なんですよ。わかってくださいよ! って言いながらね、走るくねくねから目を逸らさずにいたんです。

 するとね、まあみなさん見ての通り、発狂しないんですよ。発狂してないでしょ? 僕。ホンマですよ。こんな嘘吐くなんて頭おかしいでしょ?

 くねくねは走ったらあかんのですよ。つまり走るくねくねなんてもんはね、もうくねくねとしての自分を放棄しとるんですよ。円了さんを付け狙った結果、くねくねは自分を大切にできなかったんですよ。もうあかん。くねくねはくねくねじゃなくなっとたんです。くねくねー! って僕は叫びましたよ。お前なんで自分を大切にできへんのや! お前なんてもうくねくねちゃうぞ! 悲しくないんか! 俺は悲しいぞ! これからお前をなんて呼べばええんや!

 でもぶつかったら大事故になるのはまだ変わってないんです。どうしようどうしよう思ってたらね、円了さんがなんかつぶやいとるんです。

 最初は「田園」歌っとるんかと思ったんです。でも違うんですね。よく聞いてみると、「忍者っ。ハッ。忍者っ」ってノってるんです。「忍者。忍者。忍者だっ。忍者を出せっ」ってね。

 するとね、田んぼの青い稲の上を、サササっと、走ってくる影があったんです。

 忍者が車と同じスピードで、窓の外を走ってたんですよ!

 くねくね、まあ便宜上ね、まだ「くねくね」と呼びますけどね、くねくねもね、忍者に気づいたみたいで、一層スピードを上げて車に迫ってくるんです。

 やばい! 忍者、助けてくれ! 思てね。そしたら忍者が手裏剣をシュババババ! ってくねくねに向かって連続で投げたんです。

 やったか!? 思ったんですけど、くねくねはあれでもまだ一応くねくねですから、走りながらくねくねし続けてるんですよ。そのくね、くね、いう身体の反らしたところを、手裏剣が全部通り抜けてまったんです。

 忍者、がんばれ! って応援してまいますよ。「忍者っ。ハッ。忍者っ」っていつの間にか僕も円了さんと同じこと言うとるんです。忍者、忍者!

 忍者が大きく飛び上がるとですよ、背中の刀を抜いて、くねくねをイヤーッと斬りつけたんです。その時ね、円了さんが「秘剣・次元断」って技名をナレーションみたいに僕の耳元でぼそっと言うたんです。

 くねくねの忍者に斬られたところからね、異次元の渦です、わかるでしょ? 次元が混ざってブラックホール、ワームホールみたいになるやつね。その異次元の渦が発生して、くねくねを飲み込んでったんです。

 ああ怖かった。もう安心やって、車と同じスピードで走り続けてる忍者に、ありがとう! ありがとう! って手ぇ振ってね。

 うーうーうーうーうーうー うーうーうーうーうーうーううーって「田園」が終わった思ったら、またてんてんてんてんてーん、ててーんです。まあ結局きちんと「田園」聴けんかったからな、ってよく聴いてたら、あっ! 思ってね。2曲目と3曲目ね。

 カバー曲やったんですよ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

くねくねと忍者 久佐馬野景 @nokagekusaba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ