7.水の誘惑(2)(ルーミ)
しまった、ドジを踏んだ。自分は平気、なんて、どうして思ったんだ。最初はそう思った。
だが、すぐに、これは俺のミスじゃないな、と考えを変えた。育った俺は対象外、という見方は、現象から見れば、正しい。「言い付け」も守り、ホプラスから離れなかった。(二人で先攻なんだから当たり前だが。)
あの時、蔓がサヤンに伸びて行くように見え、ホプラスが彼女の所に走る。魔法剣で、それらを途中で断ち切った。
先端が俺の近くに落ちた。イボが付いていたが、ガス穴はなく、液体が少し付いて、切った部分だけ、少し気化している。切る端から焼くぞ、と言おうとしたが、何かに脚を掴まれて引きずられ、気がついたら、一人で、壁に貼り付けにされ、腕と胴を締められている。
周囲には人はいない。人の形から、手が蔓のように何本も出た、水の宿主の姿があるだけだった。脚は岩影で見えない。
“まさか君から、俺の所に来てくれるなんて。”
このパターンか。この手の奴って、どいつもこいつも、どうして、こういう発想しかないんだ。
“強くなっただろう、俺。水魔法なんて、回復くらいしか、使えないと思ってた。今は、相手が誰でも勝てる。何だってできる。誰でもタダで手に入る。”
なんで金が前提なんだ。それとも、これは笑う所だろうか。
ある意味、こんな目にあっても、悲愴感もなく、前向きなのは、こいつの長所かもしれないが。
“俺はね、もともと、水魔法はかなり強かったんだ。だけど、お祖父様が、『水魔法なんて、回復以外は使えん。女の子の技だ。』というから、一度、風魔法にさせられた。格闘もそうさ。細身剣の方が得意だったのに、お祖父様が。”
将軍は、要するに、魔法に対する偏見があったんだな。水魔法は回復が優れているのは確かだ。攻撃は、確かに火魔法や風魔法ほど派手な威力はない。だが、例えば火魔法の資質の低い者が、無理して火魔法を使うよりは、水魔法が得意ならそのまま使った方が、遥かに良い。騎士なら基礎の攻撃と回復ができれば、後は魔法剣への転化になるから、早い話が、属性はなんでもいい筈だ。
細身剣はよく知らないけど、実戦用の剣術じゃない、とは聞いてる。
同情はするが、身内の愚痴を俺に言われても。どうしろと。
まあ、このまま話続けてくれれば、そのうち助けはくるだろうが。でも、その前に、自力で蔓から出るくらいはしなきゃ。人質にされたら戦いにくい。
蔓の一本が延びて、俺の顔を撫でた。手足から、蔓はたくさん伸びているが、よく見ると、途中で切れたり、短くなって動かないのが何本もある。回復魔法は自分の傷は直しにくい。水の宿主でも、自己再生能力はないようだ。
“ああ、やっぱり、綺麗だなあ。”
蔓は指のように、首筋をなぞる。嫌な予感がする。
「あんたが好きなのは、小柄な金髪の子供、だろ。俺は育ちすぎじゃないのか。」
“金髪の子は、色白だから、たいていは、そばかすやシミが目立つだろ。子供はそうでもないけど。…君は理想的だよ。奇跡みたいに滑らかで。”
血の気が引く。よりにもよって、それか!
少し高さがある上、右手は胴と一緒に縛られているので、躊躇していたが、俺は火魔法を放った。服と体が焼ける。それでも、蔓が焼ききれて、離れてくれる事を願った。だが、蔓は、じゅっといっただけでダメージもほとんどない。
“効果ないよ、火魔法は。”
これがエレメントの補強。奴の水魔法が、俺の傷を、跡形もなく治す。
“他にも怪我はないか、見てあげるよ。“
「よせ、やめろ。離せ。お前なんか…」
“ああ、それでもいいよ。俺は、君を好きなのと同じくらい、ネレディウスが嫌いなんだ。あいつの『宝物』、横取りも悪くない。”
それじゃ、これはホプラスのせいだな。そもそも離れるな、と言っといて、俺の側から離れた。だから…。
「早く、助けに、来い!」
鍾乳洞の中に、声がこだまする。返事はない。
返事はないが、悲鳴が聞こえる。蔓が急に緩んだ。と言うより、外れた。
キーシェインズの体が、ごく薄い霧に包まれている。ガスだ。そのガスの霧のむこうから、ホプラスが、現れた。
俺は、壁に添って滑り落ちる所を、ホプラスに支えられた。が、その前に、壁にぶつけた腕の、感覚が鈍い。蔓から、僅かにマヒ攻撃を受けたらしい。
「剣は…持てそうにないな。魔法で補助してくれ。」
ホプラスは、俺を支えて立たせた。足もきついが、腕よりはましだ。
「お前、ガスは…。」
「あれくらいじゃ、効かない。…エスカー達が、足の方の…『水源』に『根』を下ろしてる部分を切って、魔法をうちこんだ。たぶん、手の蔓から、『吸収』しようとするから、熱水作戦で行こう。前に一度、やってるよね。」
俺は、さっき、火魔法がほとんど効果のなかった事を伝えた。ホプラスは、
「今なら、高確率で、充分効く。」
と言った。言われてみれば、ガスが出ているのに、俺たちに効果の気配はない。弱っている、という意味だろうか。重ねて尋ねたかったが、蔓が飛んできた。
“返せ、返せよ!”
真っ直ぐ俺たちを狙ってくる。蔓に吸収機能があるかどうか謎だが、岩影から、見えなかった根の部分、切り口がこっちに伸びてくる。どうやら、根には再生機能があるらしい。
俺たちは、魔法を合わせて、熱水を作った。思いきり吸収した本体は、物凄い悲鳴とともに、「溶けた」。
だが、それで終わらなかった。何かの形、固まりのような不定形を取りながら、再生しようとする。蔓のみ切った時はなかった自己再生能力が、宿主の体をなくすかもという間際に、追加増幅されたようだ。蘇生を司ると言われる土属性に、こういう例があるのは知っていたが、水属性でも、起こる事があるのか。
当然、俺たちは反撃し続けた。だが、決定打が入らず、徐々に弱まっている事は確かだが、切りがなく、長引いた。ディニィ達の姿は見えないが、「根」のある辺りでも、似たような状況なんだろう。激しい物音だけは聞こえる。
何度目かの攻撃で、とうとう、肉体の再生部分はなくなった。だが、薄い気体のようになった姿が、霊のように浮かんで、生前の姿に近い影となり、中に浮いていた。
「これを消さないと、時間経過で復活してしまう。」
と、ホプラスが呟いた。
“何でだ。強くなったのに。勝てるのに!君はこっちに来ない!”
キーシェインズの声が轟く。
ああ、そうか。こいつが再生する、原動力が見えた。それなら、ここは絶望の深き淵、最後の手がある。
ごめん、ホプラス、こういうのは俺も嫌だが、いちかばちかだ。
俺は、ホプラスの顔を両手で捉え、寄せた。
偽りを誓うために。
「強かろうが、弱かろうが、俺が選ぶのは、こいつ一人だ。」
キーシェインズは、俺の言葉に、一瞬、白く輝きを増し、四散して、消滅した。
俺は、恐る恐る、ホプラスの顔を見て、適当に、明るく、「最後は簡単だったな。」と、言おうとした。
だが、俺は声を出すことが出来なくなった。
耳元で、「ルーミ、僕も…」と、嬉しそうな声。そして、包み込まれる。
「今も、昔も、これから先も、ずっと、君を―――」
柔らかな声が、優しく囁いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます