水の誘惑
7.水の誘惑 (1)(エスカー)
水の宿主は、クミオ・キーシェインズ。コーデラ王国にその人ありと言われた、クミオ・ハープルグ将軍の孫だ。
ハープルグ将軍の時代には、長い歴史の中では一時的にだが、騎士は貴族しかなれない、庶民に門戸の広い魔法官の数が削減、という、「庶民排除」の空気になっていた。
将軍は庶民と移民中心に、下級貴族の騎馬戦隊をも率いて、槍、格闘、斧、弓の混成部隊を上手く使い、南方から侵略してきた、異民族と戦った。この戦いは、将軍の戦闘スタイルと当時の主力部隊の構成、歴史的位置付けから、最後の武人戦争、と呼ばれる。
これ以降は、騎士の選考基準改正や、魔法研究の新しい展開などがあり、伝統的な魔法剣と魔法によるスタイルが、改善強化された。
将軍は、現在は引退、現役を退いてから、大病もし、一気に老けた、と言われているが、実年齢は、まだまだ元気な、僕の師匠のティリンス師よりは若いはずだ。(魔法官は男性的要素が少ないから、長生きで老けないと言われている。)
将軍には五人の娘がいて、四人はそれぞれ一つ違い、五女は四女と四つ違いだ。夫人は四人産んだ後、体調を崩して療養したが、男の子を欲しがる夫のために、五人目に挑戦し、またしても女の子を産んだあと、死亡。
のちに、次女から五女までは、貴族ではないが、裕福な庶民の名家に嫁いだ。長女は家に残されて、下級貴族を婿に取った。婿は今は故人だ。
長女から四女には、娘が一人ずついた。末娘には、双子の娘と、二つ違いの息子がいた。
その末の息子がクミオ・キーシェインズだ。
彼は騎士団養成所を卒業した後、実家に帰って、将軍の領地を相続するために、「勉強中」だったが、あまりに不出来なので、先頃、将軍が、孫娘達の誰か一人に、後を継がせようとして、家族でもめている、という話が聞こえた。
このクミオ・キーシェインズという男に関しては、ほとんど情報がなかった。結局、王都に来ず、エリートコースを外れた卒業生の情報なんて、名前でも伝わればいいほうだ。ホプラスさんでさえ、「今期の首席はネレディウスという男だったが、彼は諸事情で王都にはこなかった」程度だ。まして、「七光りで強引に騎士養成所に入ったが、卒業出来ただけで終わった」人間の話なんて、完全にスルーだ。
だから、ホプラスさんと同期だったと聞いた時、ひょっとしたら、友人と戦う事になるかもと思い、ガディオスとアリョンシャに、先に探りを入れた。二人とも、だいたい、以下のような事を言った。
「自分達も含めて、『孤児組』『庶民組』とは仲が悪かった。『庶民組』には、『貴族組』と自分達を同一視したがる一派があって、『貴族組』よりも特権意識が強かった。彼はそういう連中の一人。だから、ほとんど接点はなかったが、いい思い出には繋がらない相手だ。詳しくはネレディウスに聞いた方がよい。」
他には、体格があまり良くないのに、副武器を格闘にしたり、水魔法なのに、風魔法を使いたがったりと、「変な」所があった、程度の話を聴いた。
これだから、ホプラスさんも、昔の友人と戦うような、抵抗はないと思い、せいぜい確認の意味で、名前を聞いた。
ホプラスさんはびっくりしていた。それは当然だ。だが、兄さんまで、「えっ。」と叫んで、ホプラスさんより、大袈裟に驚いた。
兄さんは、その時は何も言わなかった。ホプラスさんが
「彼は、名門貴族出身のリーダーのグループにいて、そのリーダーが同席している時は大人しかったが、いないと、ね…。孤児組には直ぐに嫌みや皮肉を言うから、僕たちとは、仲が悪かった。ガディオス達に聞いたなら、知ってるかもしれないが、僕も、一度、派手に殴ってしまった事がある。」
と説明した。僕は、
「ホプラスさんが殴るくらいだから、相当なもんでしょうね、まあ、宿主になってから、やってる事をみたら、どんな人だったかは、予想付きますが。」
と答えておいた。
その後、出発になった。道中、キーリさんの話通り、水のモンスターが多めに出た。軟体系はホプラスさんと兄さんが前にでて、魔法剣と組合せ技で一掃、飛行タイプは追尾効果のある、キーリさんの弓で片付けた。動きの鈍い触手系は、素早い二人、ラールさんとサヤンが息の根を止める。僕と姫は、キーリさんと共に、ユッシさんの盾に守られながら、魔法で仲間を助けた。
僕は全属性使えるが、その恩恵のせいか、回復が使えず、エレメントの補助も、魔法関係以外は受けられなかった。正直、タイミングよく回復してくれる姫をはじめ、仲間の存在はありがたかった。
キーリさんとサヤンが、途中の休憩ポイントを確認してくれていたため、疲弊も最小限、各種補給もスムーズだった。
最後の休憩の時だった。キーリさんが、行く先の鍾乳洞が、狩人族の古い言葉で、「絶望の深き渕」と呼ばれている、と話してくれた。
昔、二人の青年に、深く愛された乙女がいた。青年二人は双子だが、兄は醜いが優秀な狩人で心正しく、弟は美しかったが、怠け者で、心掛けが悪かった。
乙女は、考えた末、兄を選んだ。弟は、兄に負けたのが信じられず、森の精霊に頼み、強さと引き換えに、自らを淵の魔物に変えて、村に災いをもたらし、乙女をさらった。助けにいった兄は、魔物にかなわず、殺されてしまった。
乙女は、「たとえ死者でも、この人は私の選んだ人。私は死んだって、貴方のような魔物は選ばない。」と言い、死んだ恋人に、「結婚の誓い」をした。その様子に、絶望した弟は、全ての力を失って消滅した。
「その途端、兄は甦り、乙女と共に村に帰り、幸せに暮らしたそうです。兄は、弟を不憫に思い、妻と共に、彼のために、毎日、祈りを捧げた…という話です。」
よくある民話だ、と僕は思った。姫が、
「容姿以外で負けた事を、認めたくなかったんですね。愚かな方ですが、お気の毒です。」
と感想を述べた。ラールさんが、
「実は弟の魂が兄の体を乗っ取ってました…なんて事、ないの?」
と言い、サヤンに、
「もう、それじゃ、全然違う話じゃんか。」
と突っ込まれていた。
その後、出発する間際になって、姿の見えないホプラスさんと兄さんを探しに、森の脇道に入った時の事。
「僕たちが前衛で、先攻する予定だったけど…先頭としんがりで、防御を固めるか。」
と、真剣に語る、ホプラスさんの声が聞こえてきた。
「それなら、俺より、適任はユッシだろ。…心配し過ぎだよ。昔だって、別に、何をされたってわけじゃなし。…それに、あいつ、もともと、そんなに強くないだろ。騎士のくせに、13の俺が殴り飛ばして、吹っ飛んでたからな。お前も一度殴ってるから、わかるだろ。」
「だけど、複合体になったから、明らかに力が増しているだろう。特に気になるのは、昔は、あれでも、一応は、相手が瀕死になるまで痛め付ける、といったケースはなかった。でも、力が増幅した結果、欲望の抑えが効かなくなっているようだ。変質している、と言ったほうがいいかな。そこは、昔とは違う所だよ。」
「それはそうだが…だけどさ、奴の好みは、小柄で幼いブロンド、がベースだよな。なら、金髪でも、俺はもう、育って対象外だろ。ディニィも、女としては、小さくはないし。それに、このパーティ、かなり強いぞ。一騎討ちする訳じゃないんだぜ。」
「それじゃ、作戦は予定どおりとして、僕の側から、離れるなよ、ルーミ。」
「あー、もう、わかったよ。とりあえず、戻ろう。」
二人がこちらに来たので、僕は、たった今、来たふりをした。
つまり、宿主のキーシェインズは、兄さんに言い寄って、ホプラスさんに殴られた、それで仲が悪いわけだな。兄さんがまだ13だったなら、キーシェインズは、それで騎士になれなかった可能性もある。
僕は、姫には伝えたほうが良いか、と思ったが、ラールさんが、兄さんに、
「災難な知り合いがいるのね。ホプラスが殴るくらいだから、よっぽどしょうもない坊っちゃんなんでしょうね。」
と言っているのを聞いた。ラールさんすら知らないことなら、まあいいか、どっちかというと、戦略にはどうでもいい情報だ。それにどっちにしても、倒すには変わりない。
僕はそう考えたが、それは浅はかだった。
鍾乳洞の入り口には、ガスがたまっていた。毒、マヒ、混乱、睡眠がランダムにつくやつだ。姫の聖魔法と、僕の風魔法で、奥まで浄化する。空気はあっさり綺麗になり、剣士の二人を先頭に、中に入った。キーリさんが探知魔法を引き受けてくれるので、僕は土魔法での攻撃準備をする。
だが、少し広い場所に出た時、キーリさんが、「急に探知が乱れた」と言った。僕がやっても、同じだった。
「探知不可能なの?」
と、ラールさんが尋ね、キーリさんが僕の代わりに、
「感知するけど、特定できないんです。そこらじゅうにある、みたいで。」
と答えた。確かに不思議な波動だ、と思った。それを聴いたホプラスさんと兄さんが、顔色を変え、ラールさんが、僕たちを背後に向けて押す。
「退却して!」
「囲んでやがる!」
薄いガスが出、蔓のように痩せた触手が伸びる。ガスも触手も、たいした物ではないが、不意に四方から来たので、かなり焦った。
片付けた後、僕はホプラスさんたちを振り向いて、「やっぱり、実戦歴が長いと、違いますね。」と言うつもりでいた。
しかし、そこには、兄さんの姿だけ、なかった。
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