5.苦い涙(3)(セサム)

あいつの涙みたいだな。光にかざしたペンダントを見た時、そんな事を考えた。




俺の名は、タイタス・ドロス。クーベルで、アンティークの装飾品のリフォームと鑑定、流通などを行う店と小さな会社をやっていた。


細工とデザインを担当していた、妻の父親が死んだため、店を閉めることにした。俺は鑑定士の資格は取っていたが、デザインセンスはなく、まして細工は無理だ。妻も商才には恵まれていたが、手先は無器用だった。息子はいたが、まだ一歳、器用も無器用もない歳だ。


夫婦二人で相談し、職人の目処が立てば再開するかもしれない、だが、店舗のほうは、ひとまず閉めよう、という事になった


俺は昔、クーベルより規模は小さいが、交易が盛んで、治安の悪い街で、今とは違う名前で、警官をしていた。やってる事は「組織」の用心棒だったが、宝石の盗品リフォームと、イミテーションを手掛けている組織だったので、やたら知識はついた。


組織は潰れて、今はない。俺は、逃げて名を変え、妻と出会い、義父に認められ、鑑定士になって、婿入りした。


人相を変えるため、髭を伸ばして、髪は剃っていた。クーベルと前の街は離れていたので、そこまですることもなかったが、念のためだ。再会したくなるような知り合いもいないし、身内は、10の年に死んだ母親と、孤児院で死んだ弟と妹しか知らないが、三人とも、墓すらない。だから、それまでの自分を捨てても、心残りはなかった。


たった一つを覗いて。


警官時代の俺の仕事は、いわゆる軽犯罪の取り締まりだった。そんな中、俺はルーミに出会った。


こいつは、とにかくすばしこいワルガキで、スリ歴半年足らずの癖に、腕がよく、ターゲットを絞る頭もあった。何回か捕まえたが、ガキのスリなんか、いちいち問題にしていたら、切りがない。俺は、ガキは取り調べで公費で何か食わせて、返してやる事にしていた。


ルーミは、金髪なので、他の子供より、少し目立った。組織にガキ専門の変態がいて、そいつに目をつけられていたが、その街は、領主が輪をかけた変態だったので、そっちのネゴに忙しく、警察も組織も、小口の変態は放置していた。


ある日のこと、ルーミがその小口に捕まった。詳しいいきさつは知らないが、廓で組織の幹部の荷物を置き引きしようとした間抜けがいて、そいつを上手く利用して、ルーミを誘き出したらしい。


件の組織の幹部は、財布よりも、騒ぎになったせいで、女房と娘に、廓の若い女との浮気がばれた事に腹を立てていた。


変態隊長が、犯人を勝手に逃がして、自分は目をつけていたガキとお楽しみ、と「俺から」聞いて、かんかんになり、変態の詰所(まあ真の変態は一人だったが)に怒鳴りこんだ。


その幹部は、「人材調達」を担当していたので、薄汚れたルーミを一目で「見抜き」、女たちに言い付けて、風呂にいれさせた。


上がったルーミを見て、変態の目付きはさらに変になったが、俺も驚いた。


俺は黒髪派で、ややふっくらした女が好みだったので、男のガキには興味はないが、それでも度肝を抜かれた。汚れた金髪は、王冠色という純金色で、風呂上がりで上気した顔は、上等な珊瑚みたいだった。目の色は、それまでは、いい色程度に思っていたのだか、土台を磨いてみると、最近流行のオリーブ水晶という、合成宝石のように照り映えて見えた。


「え、お前、そんな顔、してたのか。」


と、思わず感想を漏らした。


俺でさえ、これだ。まして、目利きの幹部は、放って置かない。目の前の変態よりも、たちの悪い、変態の領主に売り飛ばす事に決め、


「手を付けるなよ。」


と、部屋を出た。変態用心棒は、


「そりゃ、ないですよ。」


と後を追った。俺は、最初、奴らについて出たが、幹部が自分の部屋に戻ると、女房が乗り込んで来て幹部に、連れてこられたらしい愛人が変態隊長に(奴が犯人を逃がしてばらした、と思っていた。)食ってかかって、修羅場になった。


俺は、この隙に、ルーミを逃がそうと、監禁されている部屋に戻った。だが、奴は


「ホプラスがくれたペンダントを、盗られたから、取り返すまでは逃げない。」


と言った。俺は、ホプラスなんてガキはスリ集団にいたかな、と思いつつ、


「そいつが何なのかは知らんが、ここの領主は純な子供を、壊れるまでいたぶって捨てる変態だ。ペンダント一つ惜しんで死んだら、そいつにも会えなくなるぞ。」


と脅した。これは本当で、中央から調査隊が来て、「お忍び」でうちにとまっている、と、満月亭の女将が言っていた。


尻を蹴飛ばしてでも追い出そうとしたが、


「ホプラスは、もういない。もう、会えないから。」


と、泣きそうな目で、俺を見た。


「…わかった。取ってきてやる。その代わり、俺が遅かったり、騒ぎになったら、見つかる前に逃げろよ。満月亭はわかるな。そこに、王都から、偉い役人が泊まってる。とにかく、駆け込んで、騒げ。」


急いで戻ると、隊長はしゅんとして、幹部の背後に控えていた。修羅場は女房と愛人の言い合いに移っていた。


俺は、奴に、


「(警察の)上司に頼んで、上手く取り成す方法があるから、ひとまず、さっき、ルーミから取り上げた、ペンダントとやらを寄越せ。」


と言った。奴は、二つ返事で、ペンダントを渡した。


その時だった。女房が、いきなり、銃を取り出した。銃は、この辺りでは、滅多に見ない、珍しい武器だった。力と魔法力のない者でも扱える、として、小型の物が、ファッションとして女に流行っていたが、本当に撃った所は、初めて見た。


小さい癖に音が凄く、一発は幹部の足に当たったこともあり、あれよあれよという間に、大騒ぎになった。誰か寄りにも寄って、警察を呼んだらしく、俺の同僚と上司が飛んできた。


俺は一応、捕まったが、内密の司法取引で、名前も出ずに放免された。間接的には、「お忍び」の役人おかげだろう。


例の領主は、組織と共に破滅した。連絡を受けて、ちょうどやってきた、領主の使いの若い女が、銃声を爆発音と間違い、大騒ぎしたせいで、関連するすべてが、明るみに出てしまったからだ。


領主に決着がつく前に、俺は街を出た。もっとも、組織は、領主個人の犯罪とは無関係であると証明し、「被害」を最小にとどめるのにてんやわんやで、表向き、俺一人に構っている暇はなかったが。


ルーミとは、それきりだった。ペンダントを返してやれなくて気ががりだったが、運よく逃げて、新しい人生を始められた俺は、わざわざガキ一人を探さなかった。


今、まだペンダントは手元にあったが、持っていてもしょうがないので、閉店セールの店頭に出した。ただし、腹をくくり切れずに、非売品の棚に置いた。


そして最終日。最後の店じまいの支度にかかろうと、俺が店の奥にいた時、妻のタラが俺を呼んだ。


俺は、返事をして、店に出た。


客は、まだ少年と言ってもいいくらいの年の、若い剣士二人だ。こちらを見ていたのは、背の高い、ややがっしりした、ラッシル系の黒髪の男。横に、それより少しだけ小柄で細い、ブロンドがいた。女剣士かと思ったが、女としては、頭の位置が高い。連れの方を見ていたが、俺が出ると、振り向いた。


成長した、ルーミがそこにいた。最後に見たのと同じ、オリーブグリーンの瞳が、俺を見た。


タラが、「これなんだけど、どこで手にいれたものか、とお尋ねなんだけど。」と、指し示したのは、例のペンダントだ。


「ああ、確か…三年くらい前ですかね。ゴモリアのコレクターから、アンティークをいくつか買い取った時に、紛れていたやつですね、多分。親父のオリジナルじゃないし、アンティークでもないし、細工も素人のもんなんで、うちで売り物になるかわからんので、倉に入れといたやつですわ。色味が面白いから、一応、非売品で飾ってたんですが、気に入ったなら、お安くしときますよ。閉店だしね。」


俺は適当に並べ立てた。タラは、古い宝飾品を扱っていると、「これはうちから盗まれた…」と言う客がたまにいるので、そちらを警戒したようだったが、背の高い男が、喜んで金を払う様子を見て、ほっとしていた。奥にケースを取りに行く。


「俺が払うよ、ホプラス。」


とルーミが、連れに言った。


「僕が払うよ。もう一度、お前に、改めて贈りたいんだ、ルーミ。」


連れは、優しく微笑んだ。ルーミは、「まあ、どうしてもって、言うなら…」と、小声で言った。


そうか、こいつが、そうか。会えたんだな。


金を受け取り、ペンダントを渡す。ケースを待たずに、黒髪の青年は、相棒の首に、丁寧に飾りをかけてやった。ルーミは、俺の記憶にはない顔で、その男にだけ、微笑みかけた。


二人は、俺に礼を言い、店を出た。


戻ってきたタラが、


「いい男二人が、ボクネンジンだねえ。ケースもリボンもなしで、最近の女の子は、黙ってないよ。」


と呆れていた。彼らが、女への土産にすると思ったようである。


俺は、店の暖簾を仕舞いに出、最後の客の後ろ姿に、店主とし頭を下げた。


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