5.苦い涙 (2) (ホプラス)
僕たちは、隣の宿屋に移った。元の宿屋の別館にあたるらしいが、こちらのほうが、外は地味だが、内装は段違いに立派で、裸で来ても何もかも調達できる便利さを売りにしているらしい。ただ、裸で温泉にくる客はいないと思うが。
宿屋は、ルーミに新しい服と、僕たちに、いい部屋を用意してくれた。寝台は一つしかないが、とても広い。
子供時代のように、並んで横たわり、ルーミの頭を撫でていた。いつもなら、「子供扱いするな。」と言われそうな振る舞いだが、僕もルーミも、今夜は、子供に帰っていた。
「スリは悪い事だけどさ、孤児院の時も、『生きるのは自己責任』と言われていた。支給されるのが、一日スープ一杯だから、後は外で、かっぱらい。一月で逃げて、隣の大きな街に行った。似たような奴らがいっぱいいて、子供だけの団体があった。俺はもう、盗みに抵抗なかったから、スリになった。…体、売りたくなかったし。」
僕の手と、心臓は一瞬、止まった。
「その中に、何をやってもダメな奴がいて、しかたないから、時々、稼ぎを分けてやった。ちょっと、お前に似てたかな、目元が。名前はポトスだった。植物らしい。で、そいつ、ある時、お忍びで、女のとこに来てた、組織の偉い奴の財布、引いちまった。連れていかれた後に、助けようと、組に忍び込んだ。そしたら捕まった。で、俺を『上手く』捕まえられたからと、そいつは、逃がしてもらえた。
バクマイトの奴は、ポトスだけじゃなく、仲間達に、『なんとか、ルーミを連れてこい』って、言ってたらしい。どっから仕組まれて、結局、誰が裏切ったのかわからない。
奴にペンダント取られて、服も切られた。そこに、財布の持ち主の幹部と、警官のセサムがきた。
セサムって、よくわかんない奴でさ。賄賂を受け取ってるから、悪い警官には違いないけど、俺たちには妙に甘かった。その時も、『ガキ相手に、悪趣味だぞ。』と、バクマイト達を止めていた。すると、幹部の奴が、いきなり、俺を見て、『女を呼んで、そいつを風呂に入れさせろ。』と言った。
風呂っていうより、洗濯みたいだった。上がった俺を見て、バクマイト以外は、びっくりしていた。セサムが、『お前、そんな顔してたのか。』って言ってた。それで幹部が、『こいつは領主に売るから、手をつけるな。』と言った。
幹部は、そのまま部屋を出た。バクマイトは何か文句いいながら、ついて出た。他の連中もだ。一人になったけど、服もペンダントもないし、鍵かけられてたから、逃げられなかった。
暫くすると、セサムが一人できて、ちょっと大きかったけど、服をくれた。『今のうちに逃げろ』て。よくわからなかったんだけど、俺は、ホプラスのくれたペンダントがないから、とか、そんな事をいった。『領主に売られたら、壊れるまで痛め付けられて、殺されるぞ。そいつにも会えなくなるぞ。』と言われた。俺が、『死んじゃって、もう会えない』と言うと、『取って来てやる。だが、怪しくなったら、逃げろ。満月亭はわかるな。そこに、ギルドの偉い人がいるから、助けてもらえ。』って。
それから、セサムの言った先から、急に大きな音が聞こえて、叫び声が。女の悲鳴みたいなのも。俺は逃げて、助けを呼びに、満月亭に走った。そこに、隊長がいた。
隊長は、その街で子供達の、拷問死体が定期的に出ている件で、魔術がらみと見なされて、魔法院が調査している事件に協力していたんだ。…結局、魔術じゃなくて、領主の犯罪だったんだけど。
領主は捕まった。組織の幹部や、手下や、汚職警官は、逃げたり捕まったり。セサムがどうなったかはわからない。バクマイトみたいな奴が、娘持ったりしてるんだから、もっとましな人生送ってるかもな。
確か、『領主からの報酬の分配で前からもめてて、仲間割れして騒ぎを起こしたから、ばれた。』と発表されてたと思う。真相なんて、今となってはわからないよな。…とりあえず、ペンダントは、戻ってきた。」
僕は、ルーミの胸に光る、ペンダントを見た。これを作った時、好きな色を選べと言われて、ルーミの目に一番似た色を選らんだ。自分のを見る。ルーミの作ったのは、僕の目の色だ。
あのころは、ずっと一緒だと思っていた。再会して、今は一緒にいる。だが、その間、僕とルーミの道は違った。僕は、親切な人達に次々助けてもらい、騎士になるために勉強できた。だが、その間、ルーミは、こんな目にあっていた。
寄り添うルーミを、そのまま、抱き締めたい衝動に刈られた。バクマイト一人なんか、どうでもいい。彼でも誰でも、あんな連中は、二度とルーミに近づけない。王族でも貴族でも、聖職者でも武人でも。なんだってする。なんでも出来る。ルーミのためなら。なぜって、ルーミは、僕にとって、今も昔も、これから先も、たった一人の…。
「ホプラス…」
彼の声が、僕の名を呼ぶ。
「なんだい、ルーミ。」
僕は返事をした。たが、彼の返事はない。
話し疲れて、眠ってしまったらしい。安心して、僕に身を預けて。
指を伸ばして、その唇に触れる。廊下で、これが、頬に触れた時の感触を思い出した。
《夜が終わるまで
そばにいるから
安らかにお休み
守ってあげる
愛しい子よ…》
昔、ルーミに歌った子守唄が、急に思い出をよぎる。
僕は、そっと寝台を降りて、ひざまづき、騎士として、ルーミの手に、「誓い」をした。
奥底に、苦い涙を味わいながら。
※※※※※※※
「俺、そんなに寝相、悪かったか?」
翌朝、ソファーで寝ていた僕に、ルーミはすまなそうに言った。僕は、うん、と答え、おそらく、彼より、すまない気分になっていた。
バクマイトは、マルゴをおいて逃げだしていた。どこに行ったかは不明だが、彼とマルゴの部屋にあった、荷物や金はおいて行った。組合の従業員ロッカーに置いていた私物と金は持っていったらしい。朝早く、組合の職員が、急いで出ていく、彼を見ている。
マルゴは、宿屋の夫婦が当分、面倒を見る、と言っていた。発破師の手伝い(だけではないが)で、生傷や火傷の絶えない生活よりは、ましかも知れない。彼女は、父親がいなくなったのに、いた時よりも、明るい表情をしていた。
僕たちは、ナンバスに戻った。ギルドから、家に帰る途中、ルーミが、
「あ、柚子胡椒、切れそうだったよな。買ってくるよ。」
と戻りかけた。
「まだ少しあったと思う。明日にしよう。」
僕は、軽くルーミの腕を引き戻した。
今日は、一緒に帰りたかった。
僕たち二人の家に。
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