苦い涙

5.苦い涙(1)(ルーミ)


ラールとの最初のクエストを終えた後、その次に引き受けたのは、小さい子供のボディーガードだった。


街に行って、母親へのプレゼントを買う間、後ろから見守って欲しい、というもので、依頼人は父親で、クーベルの裕福な商人だった。


その任務が終わったあと、有名なクーベルの市場や、各国商店街を見ていると、やや畏まった店の、閉店セールのショーウィンドウで、あのペンダントを見つけた。


子供の頃、何かのおりに、ガラス玉で細工を作ることになり、俺は、プレーンな蒼いガラスで、ホプラスは淡いオリーブグリーンの泡ガラスで、小さなペンダントを作り、お互いに交換した。それから、いつも身に付けていた。故郷の滅びた事件の後も。悪徳孤児院を脱走した時も。スリになって稼いでいた時も。だが、「組織」の大物の財布に手を出して、失敗して捕まった仲間を助けに行ったら、その仲間に裏切られ、悪党に取っ捕まって、領主に売り飛ばされそうになった。その時に、悪党に取り上げられた。


俺を逃がして、アルコス隊長の逗留していた宿屋を示してくれたのは、顔馴染みの悪徳警官で、「セサム」(そばかすの意味だったと思う。)だった。「組織」と癒着している割には、嫌な奴じゃなかった。だが、賄賂をやりとりして、「組織」に手を出さないなら、「悪徳」には代わりない。


俺がペンダントの話をすると、取りに行ってくれたが、騒ぎになって、俺は逃げ出し、隊長の宿に助けを求めた。


《そんなに大事なものなら、とってきてやるが、何か騒がしくなったり、間に合わなかったら、逃げて宿屋に走れ。》


と、セサムに言われていたからだ。


隊長は、俺を助けて、領主の所業は明るみに出たが、手先の悪党も(捕まった者もいた)、セサムも行方不明だった。


なぜ、そこまでしてくれたかはわからなかった。子供(弟だったかもしれない)がいたが、死んだ、と言ってた事がある。たぶん、そいつが、俺と同じくらいだったんだろう。


霧の鉱石で、ホプラスと再会した時、ホプラスは俺の贈った物を持っていた。俺はなくしてしまったのが、とても苦しかった。


見つけた時、非売品になっていたが、ホプラスが、買い戻し、再び俺にくれた。店の髭の主人は、


「何年か前に、まとめて骨董市で手にいれた。アンティークの価値はないが、味があるので、気に入って非売品にしていただけ。どうしてもっていうなら、売るよ。閉店だし。」


と、非売品なのに、安い値段で売ってくれた。


しばらくして、その店のあった所に行ったことがあるが、本当に閉店していた。


こうして、ペンダントは、俺の手に戻った。


その次の月のことだった。


やや大きいクエストが入った。クーベルの山の温泉町で、新しいタイプの源泉が発見されたが、なんだか穴を埋めたがるモンスターが出て、塞いでしまうから、退治して、源泉を確保して欲しい、という依頼だった。


現地で、地元の発破師と、夫婦者の魔導師に会った。


魔導師は問題なかった。女性は土魔法使いで「アシア」、男性は風魔法使いで「ゲイルド」。彼は、ボウガンも使用していた。地元のギルドのメンバーだった。


問題は、発破師だった。「バクマイト」と名乗った、ずんぐりとした東方系のそいつは、夫婦と同じく地元の出身で、マリーゴールドみたいな赤毛気味の金髪の、7、8歳くらいの「マルゴ」という娘を連れていた。


忘れもしない、俺は一目でわかった。悪党のリーダー格の男だった。


奴は、領主に売り飛ばす前に、俺を「味見」しようとした。だが、居合わせたセサムが、「領主は『清らか』でないと半額以下に値切るから、止めておけ。」と言ったので、諦めたが、ペンダントを奪ったのは、奴だった。


向こうも、俺に気付いていたが、奴は捕まらずに逃げ出した組、娘の手前もあるだろうから、「ばらされ」たくないだろう。俺も、ホプラスに、食うためにスリをしていた時期があった、と知られたくなかったので、脱走から隊長に保護されるまでの間の話は、殆どしていなかた。


どうせ今回限りのクエスト、お互い、黙っているのが得だ、そう思って、仕事中は、知らないふりをしていた。火魔法が使えるというと、発破師のやつと協力させられるのが嫌なので、ホプラスには、


「ちょっと調子が悪いから、魔法は使いたくない。『出来ない』事にすると、ギルドにクレームがくるから、さりげなく、うやむやに出来ないかな。」


と言った。ホプラスは、俺の具合を心配したが、承知してくれた。


嘘に加担させるのは悪いが、今回は、剣士として呼ばれていて、二人も魔法使いがいる以上、俺たちには魔法を使う機会がなかった。


そして仕事を終え、アシアが「貴方、確か、火魔法だったわよね。使える人が来るなら、バクマイトは要らなかったかしら。」という感想を、奴に聞こえないところで述べた。彼女は、あまり奴とは仲良くないらしいが、温泉の用心棒組合の関係で、無視はできないらしい。


奴は、娘を助手に使っていたのだが、その子に対する扱いが悪く、クエスト中、ホプラスとアシアが、何度か口を出していた。ゲイルドは、この辺りは、子供の扱いが「厳しく」、大都市からきた人には奇異に見えるだろうが、爆薬を使って危険だから、厳しくなっているん「だろう」と、軽く弁護していた。


終了後、直ぐに帰りたかったが、遅くなったので、宿屋に泊まる事になった。


この宿屋には、夫婦用の部屋と、一人用の部屋はあったが、普通の二人部屋はなかった。


俺とホプラスは、隣合わせの一人部屋に止まった。早寝して、早起きして、早く帰りたい。そう思っていたが、俺が夕食もそこそこに部屋に引き取ったので、ホプラスが、心配して、寝掛けに様子を見にきた。


「お前、バクマイトとは、知り合いなのか?」


聞かれた時は、心臓が止まりそうになった。かろうじて、


「違うよ。」


と言った。


「それにしては、あの人、お前の事、しょっちゅう見てたし。お前も、気にして無かったか?」


「発破師が珍しかっただけだよ。お前こそ、気にしすぎ。」


「でも、もし、お前が、お世話になった人なら、俺からもちゃんと挨拶を…」


世話、というところで、昔の嫌な記憶、あの嫌らしい目、嫌らしい手で、首筋を撫でられた感触を思い出した。


「何の事だよ!何もされてない!お前に関係ない!」


思わず怒鳴っていた。ホプラスは、しばらく、無言で俺を見つめていたが、やがて、


「おやすみ。」


と言って、くるりと踵を返し、出ていこうとした。


「待って!」


俺は、ドアから半分出掛けたホプラスを、背後から捕らえて止めた。


「ご免、その、怒鳴るつもりじゃなかった。」


いつになく、情けない声が出る。ホプラスは、ゆっくり、俺の方に向き直った。


微笑んでいた。


「疲れてたんだね。調子が悪いと言っていたよな。とりあえず、今夜はゆっくり眠るといいよ。」


この時、俺はホプラスに話そうか、と思った。だが、廊下のはしにマルゴが見えて、バクマイトの声がした。


再び、お休み、と言ったホプラスに、俺は一歩近づいた。


バクマイトは、見ていたと思った。マルゴに怒鳴るような話し声が、急にやんだからだ。


ホプラスは、当然、驚いていた。子供のころはよくあったが、それは子供だったからだ。


もう一度、おやすみ、と添えて、俺はドアを閉めた。一応鍵はかけた。


明かりを消し、剣を枕元に、ベッドに入って、待った。ペンダントは外して、上着と一緒においた。


ほどなく、鍵の音と、火薬の臭いがした。案の定、バクマイトがこっそりやってきて、俺の上に乗った。


「起きて待ってたか。」


「ふん、誰が。」


「待たされたぜ。あの、気取り屋の騎士崩れが、昼間はぴったり張りついてやがったから、お前に近づけなくて。」


「…崩れてねぇよ。今でも、誰より、立派な騎士だ。」


俺は、そっと剣に手を伸ばそうとしたが、拘束もされていないのに、動きにくい。


「直ぐに、もっと効いてくるぜ。」


火薬の臭いに紛れていたが、何か、別の香りがする。嗅いだ事がない、しつこい花の様な香り。奴は、昔したように、俺の服を裂いた。


「長いお預けだったなあ。育ち過ぎが残念だが。まだまだ行ける。」


勝手な事を。お前に合わせて育つ義務なんてない。


「だが、お前もバカだな、ルーミ。入り口で待ってれば、入ってきた所を切れたのに。」


「…抜かせ、馬鹿はお前の方だ。そんな状況だったら…」


右手に魔法を溜める。


「正当防衛に、ならないだろうが!」


炎の威力を調節して、軽く耳をあぶってやった。奴に炎耐性があるかもしれないので、正直、加減が掴み辛かったが、なんとなくマルゴの顔が浮かんだせいか、最初に考えていたよりは、弱い炎になった。


しかし、俺の炎は、水魔法に消された。


「火事になるよ、ルーミ。」


いつの間にか、ホプラスが、奴の背後に忍びより、右手で剣を奴の首筋に当てている。左手で魔法を放っていた。


「さっさと降りてください。」


口調は丁寧で、笑顔さえ浮かべていた。


「そのまま、浴室にどうぞ。…首と胴が離れると、後始末に困りますからね。」


バクマイトは、青ざめた。改めてホプラスを見ると、目だけは、笑っていない。


「ホプラス、お前、なんで…。」


「お前の、あの様子だもの。」


そういうと、真顔になり、バクマイトを見ながら、


「何か、言い残す事は?」


と冷たく言った。


「…よせ…ホプラス…」


俺は、ドアを指し示した。マルゴが、中を覗いている。その父親は、情けない声で、幼い娘に助けを求めた。


だが、マルゴは、無言のまま、さっと逃げ出した。ドアをバタンと閉める音がし、後は沈黙。これは予想していなかった。


ホプラスは、向き直り、両手で剣を構えた。魔法剣にするか、剣だけにするか、考えているようだ。


「御願い、今はやめて。」


再びドア。アシアとゲイルドが、部屋に入ってくる。


「旅館で殺傷沙汰は困るの。明日、組合に言って、追放にするから、町を出てからにして。御願い。」


とアシアが言った。バクマイトは、追放ってのはなんだ、と立場も忘れて抗議したが、今度は、ゲイルドが、


「何回目だ、お前。前回、組合長に言われただろう。今度、客にこういう真似したら、警察に引き渡すか、追放だ、って。」


「こいつが、誘ったんだ。


そういう男なんだ。前のだって…」


「…今回は明らかだろ。禁止薬物使って、服を切っといてか?」


バクマイトは、はっと俺を見た。今ごろ、気付いたか、状況に。


ホプラスは剣を納めた。アシアは、女将に言えば、朝までこいつを閉じ込める部屋と、俺たちのための代替部屋を用意してくれるから、と言った。


俺は、急に吐き気がして、ホプラスに、トイレに連れて言ってもらった。ゲイルドがバクマイトを引っ張っていき、アシアが、窓を開け放ちながら、


「貴方、このお香、受け付けない体質みたいね。まあ一時間くらいで、抜けるわよ…。」


と言っていたが、その声が、やたら遠くに響いた。


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