2.道行き(6)(ルーミ)


ロテオンとキンシーが去り、ルパイヤはザホルト隊の宿舎に(寮があるわけではないが、同じ隊の者は、同じ指定宿舎に纏まる慣例があった。)移った。


俺は個人部門の本部のある、ナンバス市に移る事になり、出発は来週末だった。今日は、ホプラスに夕食に誘われていた。多分、当分会えなくなるからだと思うが、行ったことのない高級店で、奢ってくれるという。


何時もは紅シダレ亭みたいに、肩の凝らないタイプの店で、俺の懐に合わせてくれていた。だが、事件以来、紅シダレ亭からは足が遠退いていた。思い出が多すぎて、辛かったからだ。


出かける直前にルパイヤが来て、食事に誘ってくれたが、ホプラスに「デラパルラ」に誘われているから、と断ると、帰る前に、俺のドレスコードを軽くチェックしてくれた。


「ギルドの正装なら、まあ大丈夫だが、気合い入れていけよ。」


と妙な力を込めて、追い出してくれた。


店は、やや派手だが、上品な内装の店で、入り口で俺の名を告げると、奥まった、広い窓の近くの席に案内してくれた。


「待ってたよ、ルーミ。」


ホプラスが、微笑んで立ち上がり、出迎えてくれた。正装のせいか、いつもと雰囲気が少し違う。


食前酒がわりに、ミントで味付けした、ノンアルコールの飲み物を取る。コーデラの法律では、ホプラスは飲酒可能年齢だったが、ある程度魔法能力が高いと、耐性がついて酔いにくくなるため、アルコールは無駄だからと、とらなかった。俺は、一度、水と間違えて、清酒という、珍しい透明な酒を飲んでしまったことがある。その時、副隊長が、「君は、魔法力からすると、もっと強いはずなんだが…大人になっても、あまり飲まないほうがいいね。」と言った。


料理は珍しいものが出た。前菜にはヘイヤントの北で、この時期にしかとれない、小さい川魚をベースにした料理。海魚ベースにした物や、肉に変更してアレンジした物はよくあり、俺の好物だ。


真珠入りの貝のスープは、子供のころよく食べた懐かしいものだったが、ヘイヤントでは、めったにない貴重品だった。製品に出来ない真珠が、ここでは大量に手に入らないからだと思う。


メインは、地鶏で、珍しくはないが、調理法が変わっていて、熱い皮がいつまでも熱いのに、身はいつまでも冷たい。盛り付けがまた変わっていて、一目見ただけでは、肉団子が一つ、葉っぱの上に乗せてあるだけだが、葉の下には、かなり大きな肉がある。


「唯一の物、を表現しているらしいよ。」


聖典には、「絶望してはいけない。神は貴方から、決して全てを奪わない。たとえたった一つでも、貴方には、神が残してくれた物がある。」という、有名な文句がある。それのことだと思うが、一見、肉が少なく見えるのはどうなんだろう、と思った。


サラダは、紅シダレ亭でもよく食べた、ラッシル風ホワイトサラダというやつだったが、オリジナルはこの店らしい。


デザートは、俺の好きな氷菓子だった。こういう店にあるタイプの菓子ではないが、尋ねると


「頼んで、作ってもらった。」


と答えが返ってきた。


「僕の分もあげるよ。」


「え、いいよ。」


「僕は、お前が食べてるとこ、観るの、好きだから。」


と、微笑む。いつものホプラスの笑顔だが、どこか、いつもと違う。


俺は、少し落ち着かなくて、窓の方を見た。


俺たちの席から下に、大きなバルコニーがあり、二人連れの姿が目だった。騎士の格好をした男性も何人か、着飾った女性を連れている。


「今日は卒業式だったからね。みんな、大事な人を誘ってる。」


いつもなら、「それで俺?何か寂しくないか?」と言うところだが、何故か緊張して「ふうん、そう。」と返事した。


給仕が最後に飲み物を聞いてきたので、緑茶を頼んだ。ホプラスは、ハーブティのようなものを頼んだ。


「結局、首席だったんだな。おめでと。」


話題を変えてみた。


「ぎりぎりで、なんとかね。コーデラ剣術は盾をおとしてしまって。優勝はガディオスだ。」


「ほんと、騎士になったら、しっかりしろよ。」


原因が自分だろう、とわかっている発言としては、勝手な言い分かもしれないが、ホプラスの事だから、適当にユーモアで返すだろうと思っていた。だが、期待した返事は返ってこなかった。


「騎士は辞めたよ。お前に着いていく。」


ホプラスは相変わらず微笑み、俺は手にしたグラスを落としそうになった。


「団長には、『卒業後、辞任までの最短記録だな。まさか君が叩き出すとは思わなかった。それでは、せめてギルドで活躍して、騎士団の宣伝をして、君にかかった費用を返したまえ。』と言われた。で、団長がお前に会いたがってるから、よかったら、明日…。」


「ちょっと待って、なんで!」


俺は意味もなく、水をがぶ飲みした。ホプラスは、少し真剣な顔で、続けた。


騎士は神と王家に仕えるもので、それが誇りでもあるのだが、それ以外の事を軽視する側面がある。ヘイヤントの見習いの段階でも、ギルドからの要請を軽んじたり、実習は避ける者が目立つ、という。このまま王都にいけば、民間の役に立つ機会がなくなる。


「お前も気づいていると思うが、制度改革の後、ギルドからの依頼で、クエストにやってくるメンバーは、いつも同じだったろう。霧の鉱石みたいな、多人数の物は除くとして、アルコス隊なら、僕、ガディオス、アリョンシャのあたり。」


「それは、お前と仲がよいから、お前がくるから、そうなったんじゃないか?」


「それも有るけどね。…つまり、僕は、騎士として以外にも、今、出来ることをしたい。でも、僕一人では、限界がある。だから、お前に助けて欲しい。この一年近く、お前と一緒に、いくつかクエストをこなしてきて、お前となら、お互いに、足りない所を補いあって、やっていける、と思ったんだ。」


ホプラスは、俺の手をにぎり、一層真顔で俺を見た。


「ルーミ。」


曇りのない、真っ直ぐな目が、俺を見ていた。


「諦めていたのに、再会できた。僕に取って、神がのこしてくれた、唯一の物が、お前だ。だから、もう、お前の手を離したくない。」


その時、庭園から歓声が上がった。ライトアップが点灯し、庭園の紅枝下れ桜が、闇の中で輝いている。


俺の返事は、歓声にかき消された。だが、ホプラスには伝わった。


庭園を背景に、満面の笑顔になった、ホプラスが輝いていた。




   ※※※※※※※




「あー、もう、なんだよ、これ!」


「ルーミ、説明しただろ、水属性の軟体動物で、単純に切れば分裂するから、とあれほど…」


「飛びかかってくるから、つい…。お前だって、魔法剣で、思いきり攻撃したじゃないか。」


「僕のは数が減ったろ。」


洞窟の中、俺達は戦っていた。暗がりに巣食うモンスターは、水魔法は吸収するが、魔法剣だと退治できた。土魔法があれば、即死のレベルだ。


「とにかく、落ち着け。この程度なら、分裂さえ阻止すれば、なんとかなる。お前なら、火魔法でも、焼けるレベルだ。」


ホプラスはそういったが、時間がたつと、刺激しなくても、勝手に分裂してしまう。弱いわりに、苦戦していた。


「毒薬を準備していればよかったな。水魔法と一緒にぶつけれは、勝手に吸収してくれる。」


「…それだ、ホプラス。」


俺は思い付いた作戦を話した。


ホプラスは頷くと、まず、水魔法を囮として放った。その後で、俺の火魔法をあわせ、熱水にして、吸収させた。モンスターは、内側から組織を壊し、つぶれた。止めに、ホプラスが、魔法剣で一掃した。


洞窟の中は、香ばしい匂いに包まれた。そういえば、養殖して、食料にする地方もあったな。食べたいとは思わないが。


「片付いたな。」


「ゴルゴテス三兄弟の奴ら、これが面倒で、俺達に譲ったな。」


「これ、依頼主からの指名だよ。僕達が留守だと思って、彼らがやると言ってただけで。」


二人揃って、洞窟の外に出る。真昼の光が、嘘のように明るい。


狭い道を先に歩くホプラスの背中を見る。


あの時は、正直、やられた、と思った。ホプラスが、単に俺が心配だ、と言えば、意地を張って、断ったと思う。だけど、あれじゃ、断れない。


《あれでも、緊張しまくってたんだよ。お前に断られたら、跡がないし。》


《先に騎士団を辞めるからだろ。》


《あれ、お前、二股は嫌じゃないのかい?》


半ば確信犯なのは、ちょっと気に入らなかったが、こいつが一緒に来てくれて、本当に助かった。俺一人じゃ、どうなっていたか。


「依頼主が、仕事が終わって、時間があったら、家に寄って欲しい、と言ってたんだが、どうしようか。」


振り替えるホプラスに、ギルドに真っ直ぐ戻ろう、と、返事をした。


「確か、ラールに頼まれている件があったろ。」


「今週末だったか?」


来週末だが、依頼人が金持ちの人妻で、年の離れた夫が寝たきりって事を考えたら、用心するに越した事はない。だいたい、何で、こう、学習能力がないんだよ、こいつは。


「じゃあ、急ごうか。どうせなら、日が暮れるまえに、帰宅したいし。」


「え、お前、夕食、作る気なのか?」


「そうだけど。」


「クーベル辺りで、食べて帰ろうぜ。」


「いいけど、あそこらの名物は、スライム料理だよ?」


「別に名物だから、食べなきゃいけないわけじゃ…」


他愛もない会話を繰り返しながら、町へ戻る。




こうして、俺達は、兄弟から、「相棒」になっていた。

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