2.道行き(4)(ルーミ)

小さい子供とはいえ、一人抱えて、悪い道を上るのは、きつかった。歩ける方の子は、女の子だが、泣いても、文句も言わずに、きちんと付いてきた。もし、家族のために、村に戻りたいと言われたら、どうして良いかわからなかったと思う。


早く、ここを抜けて、助けを呼ばないと。そう思うと駆け出しそうになるが、子供がついてこれなくなるから、駆け出す訳には行かない。


すり鉢のようになった地面は、偶然にも、緩い回転する道を作っていた。ショートカット出来そうな所があったため、女の子を先に登らせようとしたが、そこではじめて、彼女が僅かに、腕を火傷している事が解った。


俺は回復をかけて、


「こういうことは、早く言え。」


と言った。謝ってきたので、必要ない、と言ったら、より泣きだした。


この子は、隊長とロテオンにはなついていたが、俺の事は怖がっていた。


「怒ったんじゃないよ。怪我してるなら、早く云わないと、回復できないだろ。」


と、なるべく穏やかに言った。子供はうなずいた。


気絶した方の子を見る。姉弟だと言っていた。髪の色は同じだが、顔は似ていないようだ。姉はやや浅黒く、弟は全身が赤い。


はたと気付く。気絶の原因は、頭を打った事だと思っていた。しかし、火のエレメントを浴びすぎて、火竜炎症を起こしていたら?早く治療しなくては。


生き残ったのが俺でなく、ディスパーであれば、水魔法で、ある程度は押さえられたのに。


「あたしが、手、引っ張ったから、こんな。」


姉娘は再び泣き出した。


「違う!」


思わず声を荒げた。隊長と一緒に滑った弟の手を、姉が引っ張った時、隊長の張った防護壁から、俺の防護壁に移る間、確かに一瞬だが、無防備だった。だが、この子は、あの場で、とれる方法を取っただけだ。


「大事な人の手を、ちゃんと離さずに、引き続けたんだから。助けたくて、頑張ったんだろ。」


子供は、ゆっくり頷いて、泣き止んだ。俺は、俺の体を踏み台にしてもらい、彼女を上に上がらせた。次に、彼女に、下から、弟を渡す。そして、最後に、俺が上がる。


そのはずだったが、柔らかくなった土が、立て続けに体重をかけたせいなのか、彼女の乗った所から、少しだが、崩れ始めた。俺は精一杯、腕を伸ばして、かなり無理な姿勢で、彼女を突き飛ばした。


「離れて、早く!」


俺は上ろうとしたが、乾いてぽろぽろになった土が、あまりにもさらりと崩れ、足掛かりがない。俺は、擂り鉢の底に、徐々に滑り始めた。


足掛かりがないのは、土のせいだけじゃなかった。今ようやく気付いたが手足が重く、息が熱い。火魔法使いは火竜炎症にかかることは、まずないから、熱射病程度のものだと思う。それでも、あと一歩の力が出ない。


ホプラスの顔が浮かんだ。


本当は、嬉しかった。でも、承知してしまえば、あいつの足を引っ張る事になる。


せめて、最後に、本心を伝えたかった。


急に天地が数回逆転して、頭がぼうっとなり、目の前が真っ暗になった。空を飛ぶような高揚感があり、誰かの声が「冷して。」と言う。


途端に、全身の熱が消えた。熱かった息が冷え、体内を心地よい冷気が駆け巡る。目を開けると、すぐ近くに、ホプラスの顔があった。


「気がついた…。もう、大丈夫だよ、ルーミ。」


「ホプラス…。なんでここに…」


「助けに来たんだよ。…火竜炎症じゃないから、大丈夫。冷やしたから、大分楽になっただろ。今、傷を回復するよ。」


「子供達は…」


「転送魔法で運んだ。騎士団と、地元の救護隊もいるから、助かったよ。」


周りを見る。ガディオスがいる。知らない騎士が一人と、魔導師の格好をした女性が一人いる。


ガディオスと、女性は、横たわっている誰かを囲んでいる。もう一人の騎士は、通信機に怒鳴っていたが、切ると、女性に話しかけた。女性は、首を降った。騎士は、それから俺達に近づいてきて、


「遺跡の方は生存者なしだ。隊長さんも助からなかったし、弟さんが、現場に一番近い生存者になるから、早く戻って話を聞かせろと言われているんだが、意識、あるか?」


と言った。ガディオスが、医者が先ですと言い、女性が、どちらにしても戻らないと、と言っている。


俺はふらつきながら、ホプラスの腕をつかみ、肩越しに、倒れている人を見た。隊長だった。


《君には、置いて行けない人達がいるだろう。だから、帰るんだよ、帰らなくては、いけないんだ。》


隊長にだって、いた。俺より、もっと大勢の人が。


「ロテオンと、ルパイヤは助かった。ほぼ無傷だ。サイオスとキンシーは治療中だ。だから、お前、一人じゃない、ルーミ。」


ホプラスが、俺を支えながら、優しく言った。


俺は泣いた。まだ、こんなに、水が残っていたのかと、自分でも思うくらいに、激しく。


通信機が再び鳴った。出た騎士は、二言三事話した後、


「え、さすがにそれは。」


と言い、その後、俺達のほうに向き直って言った。


「火のエレメントが飛んだせいか知らないが、風のモンスターが、遺跡から大量に出てきた。想定より強くて、ここから『近道』を通って、村まで応援に行け、と言われたんだが…意識が戻ってるなら、弟さんに道案内を、と。アリョンシャは搬送の方に廻されたから。」


ホプラスが、俺を抱く腕に、力を込めて引き寄せた。だが、俺は、そっと腕を外し、涙を全部拭いて、


「行く。」


と答えた。ホプラスに反対される前に、


「近道が解るのは、ここじゃ俺だけだろ。」


と先に言う。ホプラスは、反対の言葉は口にしなかったが、そのかわり、


「僕も一緒に行く。」


と言った。


「ネレディウス、君はガディオスと一緒に、戻るように言われているが。」


「すいません。それはできません。ルーミが行くなら、俺も同行します。」


相手の騎士は、「まあ、それが普通だ。」と短く答えた後、


「じゃあ、ガディオスだけ、隊長のご遺体をお運びしてくれ。私と、メレイさんは、ネレディウスに同行する。」


と言った。


騎士の名は、バルンテスと言った。火魔法使いだという。ホプラスと同じく、両手剣を持っていた。


メレイは、地元の救護隊から来た魔導師で、火と土の魔法が使える。


俺達は近道を突っ切り、村の入口だった辺りに向かった。


現場では、騎士達が、魔法剣を駆使して戦っていた。人数の割りに、苦戦している。バルンテスは、素で火魔法を放ち、外したばかりの赤毛の騎士に、


「エーオン、何があったんです。指揮はどうなってるんですか。」


と訪ねた。


「指揮はライテッタ副大隊長だが、離された。あそこだ。複合体なんだ。」


離れた所に、熊のような大きな獣が何体かいる。なぜか翼が生えているが、翼の部分は骨になり、ぼろぼろだった。


「怪我の功名で、火のエレメントをくらってくれたお陰で、弱ってたから、なんとかあそこまで追い詰めた。だが、排出された風のエレメントが、消す前に、そこらの鳥に入り込んで。数は知れてるが、バラバラに飛び回って攻撃してくるから、魔法剣の発動がまにあわん。」


赤毛の男性は、そういう間にも、火魔法を放ったが、外した。火魔法使いは、魔法攻撃力が強化されるため、属性の弱い風属性の敵は瞬殺するが、風のエレメントには、物理攻撃力と素早さに対する補正がある。避けられてしまって、効率が悪い。


「凍らせて足止めしましょう。氷霧を作って。」


とホプラスが意見した。


「風魔法使いは指令部に全員置いてきた。連絡はいれたが。副大隊長がそうだが、本体の熊の

とこだ。」


赤毛の騎士が言うのを聞いて、ホプラスが、


「建物の壁に追い詰めれば…ルーミ、ここから、遺跡の外壁は遠いかな。」


と訪ねてきた。


「遠くはないけど、多分、くずれてる。もともと地下遺跡だから、崩れてなくても、飛行タイプの行方を遮るほどじゃ…。」


はっと気がついて、メレイを見る。土魔法使いなら、土壁が作れる。単独では弱いが、水魔法と合わせて氷の壁を作れば。メレイを除いても、三人もいる火魔法使いで、追い詰めて、壁にぶつけたら、凍ってはりついてくれるんじゃないか。


俺は自分の考えを話した。メレイは、その手があったわ、と言い、ホプラスと共に、壁を作る。騎士の二人は魔法剣で、俺は火魔法で、飛行物体が炎を回避するのを利用して、氷の壁にぶつける。動けなくなれば、メレイとホプラスで始末した。他の騎士達も、次々、俺達の真似をした。


すべて片付いた時、赤毛の騎士が、俺に、


「君の機転で助かったよ。」


と言った。


それから、俺は近くの都市の、ギルドの病院に連れていかれた。ロテオン、ルパイヤと再会した。サイオスは意識が戻らないまま死亡、キンシーは助かったが、まだ面会はできないと言われた。


俺の助けた二人のうち、姉は助かったが、他の村人と一緒の病院に入れられた、と聞いた。そして、弟は、助からなかった。


俺は、無傷で、検査で問題もないようなので、ホプラスと一緒に、そのまま帰された。


お互いにあまりしゃべらず、俺はホプラスについていった。この街には、ニルハン以外にも遺跡に通じる街道があり、多数の宿泊施設があったが、今は透いていた。ホプラスは、小綺麗なホテルに宿を取った。


「食事をもらってくるから、先にシャワーを浴びておいで。」


俺は食欲はあまりなかったが、黙って頷いた。


シャワーで熱を冷ました。冷めてくると、落ち着いた筈なのに、泣けてきた。


戻ってきたホプラスが、浴室のドアを開ける。


「大丈夫か、ルーミ…うわ、冷たい!」


シャワーは、ほとんど水になっていた。ホプラスは、シャワーの温度を少し上げた。広めの浴室に、柔らかい湯気が立ち上る。


浴室を出ると、テーブルに、軽食と果物と、氷菓子が置いてあった。菓子は、俺の好きなものだった。一つだけ、手にとって食べた。


やがて、風呂から上がったホプラスが、「先に食べててくれて良かったのに。待っててくれたのか。」と言った。待っていた訳じゃなかったが、「うん、一応。」と答えた。


それから二人で食事にした。食べ出したら、結構、入った。


事件の話はしなかった。というより、話そのものが、なかった。食べ終わった時に、


「もう少しいるなら貰ってくるよ。」


と聞かれたので、


「いい、もう寝る。」


と返事をした。


並んだ寝台に横になり、目を閉じると、直ぐに眠った。夢の中に、隊長が、副隊長が、カイルが、みんながいた。生きてた、俺はみんなに駆け寄ろうとしたが、どうしても、そばに行けない。


《君には、置いて行けない人達がいるだろう。だから、帰るんだよ、帰らなくては、いけないんだ。》


隊長が微笑み、光の向こうに、みんな吸い込まれて消えた。俺は叫んでいた。無理やりにでもついていこうとした足は


逆方向に取られ、急速に引き戻された


「ルーミ…ルーミ!」


揺り起こされ、間近にホプラスの蒼い目があった。


俺は泣いていたらしい。しがみついたホプラスの胸元が、僅かに濡れていた。


その後は、数分眠って、数分起きる、それをしばらく繰り返した。そのたびに、ホプラスの手が、そっと頭を撫でてくれるのを感じていた。


こうして、俺は、生き残ってしまった。置いて行けない人に、引き戻されて。

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