2.道行き(3) (アルコス)


エレメントの火柱は、空も雲も焼かなかった。だが、遺跡を飲み込み、村の半分を飲み込んで消えた。


事件の前、到着した交代の部隊を迎えるため、町外れに行った。村の子供が二人、私達になついて、後についてきた。一人が、転んだ。足を止めて待った。ルーミが、ほっとけば、と言い、ロテオンにたしなめられていた。そして、火柱が上がった。


火のエレメントは、それより強い属性の水魔法で打ち勝つか、聖魔法で消去するかで、無効に出来る。防御するだけなら、同じ属性の火魔法が効率的だ。だが、結局は、術者の力による。火より弱い風魔法でも、トップクラスの魔導師が使えば、火魔法に勝てる。反対に水魔法でも、弱すぎたら負けてしまう。


ディスパーは動かなくなっていた。彼は水魔法で、主に回復を担当していたメンバーだった。ルーミが、彼に必死で回復をかけたが、傷が一向にふさがらなかった。


「ルーミ、彼はもう…。」


私がそういうと、彼もようやく、気づいた。


エレメントが暴発する予兆は、まったくなかった。火柱が上がった時、「山火事」「噴火」「ファイアドラゴン」、あれこれと、有りそうなどれかを想定し、とっさに私とルーミは、火で防御壁を作り、子供二人を守った。ディスパーは、ロテオンに、先に行け、離れろ、といい、果敢にも、「山火事」を、水魔法で消そうとした。しかし、我々の足元は崩れ、(ある意味、そのお陰で、ルーミと子供たちだけでも、直撃を食らわずにすんだのだが)すり鉢のようになった地形に、沿うように、滑った。


子供二人のうち、小さいほうは、何か頭をぶつけたらしく、気を失っていた。息はある。もう一人は、泣いてはいたが、大きな怪我はなかった。転んだ時の傷は、ルーミの回復魔法で塞がっていた。


ルーミはほぼ無傷だ。擦り傷は作っていたが。私は足をやられていた。が、どうやら、自由が効かないのは、足だけではないようだ。熱気が肺に熱い。


周囲の木が焦げてくすぶっていたが、あくまでも普通の炎で、エレメントは出尽くしたように見える。だが、気温はまだ上昇している。ロテオン達の行ったほうには、微かに明るくなって、煙も薄いが、見通しは悪い。


「ルーミ、子供二人を連れて、直ぐに逃げなさい。今なら、なんとかなる。」


「嫌です。俺もここに。回復するから、隊長も。」


「骨をやられているから、回復魔法では駄目だ。子供たちだけでは逃げられない。さあ、早く。」


「嫌だ!」


「ルーミ!」


私は咳き込んだ。ルーミが泣きそうな顔で、私の息を見る。


ルーミは、昔の「知り合い」によく似ていた。仕事でラッシル方面からの帰りに、のんびりした農村に、しばらく滞在していた。その村の、村長の次男の、結婚話が進行中で、相手の女性が、母親と共に、町から村に最初の挨拶にやってくるはずが、一時的にモンスターがでて、遠回りをすることになったため、私と、当事組んでいた仲間達は、依頼を受けて、彼女たちを迎えにいき、護衛した。


彼女は、ラズーパーリからきたと言った。都会育ちにしては、ふわりとした、柔らかな人だった。だが、すでに婚約が、ほぼ確定していて、私はあくまでも旅の冒険者。こればかりは、どうしようもなかった。


ルーミは、その人と同じ瞳で、同じ涙を湛え、私を見ていた。


《もう、会えないのね。》


「君には、置いて行けない人達がいるだろう。だから、帰るんだよ、帰らなくては、いけないんだ。」


「隊長…。」


ルーミは、涙を拭い、


「わかりました。二人を連れて行きます。」


と、力強く言った。ああ、これは、紛れもなく、ルーミの目だ。


「でも、直ぐに助けを呼んで来ます。」


そして、振り返らずに、子供たちを連れて行った。


あの時、振り返らずに、村の出口に向かったのは、私だった。彼女は、追って来なかった。峠の上から、彼女の戻って行った村の灯りを眺めた。


ふと、ルーミの「灯り」が頭に浮かんだ。ルーミから「兄貴との再会」の話を聞いた時、いくらなんでも、話が上手すぎると思い、見定めるべく、機会を作り、話を聞いた。彼の義父の名と、私の名が、同じピウストスなので、私の論文を読んだ、と言って、人懐こい笑顔を向けていた。


戻ったら、ルーミに、彼女の話をしてみよう。迷っていたが、ずっと確認したかった。


私は目を閉じた。諦めた訳ではなかったが、「灯り」が目に染みたからだ。副隊長の、若い姿が見える。カイルやディスパーも見える。彼らは、最初に会った時の、まだ幼い姿だ。


そして、その中に、昔のままの、彼女の面影も、見えた気がした。

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