2.道行き(2) (ロテオン)

ニルハン遺跡は、春は風、夏は火、秋は水、冬は土と、絵に描いたように、典型的なエレメントの遷移を行う土地柄だった。ヘイヤント大学の古代語研究室が、冬から春にかけて滞在するが、その護衛は、昨年までは、研究室の責任者である、ルヘイム教授が、ギルドの個人部門から、数人を雇って、滞在期間中、変えることなく任せていた。


事情は知らないが、今年から、団体部門で、数週交代で持ち回る事になった。


急に決まった事なので、それぞれ約束のあった相手や、家族への説明に追われた。


カイルは、紅シダレ亭の娘と付き合って、そろそろ一年になる。記念に何か考えていたらしいが、とりあえず、毎日会える相手のため、意外にあっさりと済んだ。


俺はそうは行かなかった。俺の故郷は、ヘイヤント近郊の、山間にしては大きめな温泉町で、俺の彼女のエーリアは、そこの一番大きな旅館の跡取り娘だった。俺の父は地元で武術を教えている。母は実家が酒屋で、旅館に納品する酒作りを手伝っていた。


つまり、経済的に釣り合わないからと、交際を(明確にではないが、雰囲気的に)反対されていた。


最近、相手の両親が軟化してきたので、次の休みに故郷に帰った時、一度、きちんと話しに行こうと、彼女にだけは言ってあった。


エーリアは、大人しい、聞き分けのよいタイプだったが、連絡した時は、最後に、一方的に通信を切られた。出発間際に再度連絡した時には、留守だと言われたが、出たのは、俺達に協力的な、彼女の妹ダリアで、「拗ねてるだけだから、大丈夫。」という返事だった。


そんなこんなで、任務についてからも、うっとおしい気分を引きずっていた。カイルは毎日、せっせと手紙を書いていた。俺は交代が決まった時に、カイルに促され、短い手紙を一通書いた。封をしようとしたら、


「その前に、一緒にルーミに見せに行こう。」


と言われた。恋人への手紙を、なんで見せなくちゃならないのか、と抗議をした。こっちの様子を適当に書いただけだが、他人に見せるのは抵抗がある。


「あいつ、書いた事がないらしくて。見本でもあれば、と思ってさ。」


「あいつが書くとしたら、ネレディウスさんだろ。彼女宛の手紙なんて、参考になるか?」


しかしカイルは強引に俺を引っ張っていった。


ルーミは、宿舎の部屋で、遺跡の資料を眺めていた。昼食のパンの乗った皿があったが、まだ半分しか減ってない。二回声をかけ、ようやく気が付いた。


カイルが、手紙を書いたから、


お前も書けば、一緒に出してくる、と言った。


「俺は別に、彼女いないし。」


「ネレディウスさんにだよ。紅シダレ亭で派手に喧嘩して以来、会ってないだろ。」


「話しただろ、別に大したことじゃ…。もう忘れてるよ。」


「でも、試験で、会えなかったと言ってたじゃないか。帰りを知らせたら、喜ぶと思うよ。」


カイルは、見本だ、と言って、自分の手紙を見せた。ルーミは、読んでから、複雑な表情をして、カイルを見た。俺は、よかったら、と俺のを見せた。ルーミは、ホッとした顔で、とりあえず、真似して書きはじめた。


おそらく、彼女に書く手紙としては、カイルのが普通なんだろうなあ、と思うと、俺も複雑だ。


しかし、書き出したものの、直ぐに詰まった。こちらの様子を簡単に(今年は予想してた風のモンスターが、少ないし、弱いが、遺跡の中に、ちょっとした物がでている、など)書き、相手の様子を簡単に(試験はどうか、など)尋ねる。それから先は頭を抱えていた。


「どうした、三人揃って、悪巧みか?」


アルコス隊長が、ひょっこり顔を出した。手紙の話をすると、「今の自分の気持ちを、素直に書けばいいんだよ。身内相手だろう。」


と、最もなアドバイスをくれた。だが、ルーミは、「素直に…」と呟いたきり、筆を止めている。


「お兄さん相手に、素直になれない訳でもあるのかな?」


隊長が核心をついた。喧嘩して仲直りしたわりに、ルーミの様子がすっきりしないので、実は


みんな気にしていた。


「ネレディウス君は、試験の前に、あのキーシェインズを殴って、一日、謹慎してたそうだね。口論より、そちらが気になるのかな。」


隊長の言葉に、三人全員、「えっ」と言った。騎士の賞罰は公文書ですべて公開されている。申請すれば誰でも閲覧出来るが、それほど人気の読み物ではなかった。しかし、関心があったとしても、時間的に、隊長が閲覧できたはずはない。


「ああ、騎士団の知り合いに聞いてね。ネレディウス君は原因を言わなかったんだが、相手がアレだから、私の所に、すぐ問い合わせがきた。君が会いに行った、すぐ後に。」


「喧嘩して謹慎は知ってたけど、相手については…。でも、なんで、今更。」


「さあな。おおかた、何か品のない皮肉でも言ったんだろう。…アレのお祖父さんは、昔はとても立派な人だった。娘さん達も、悪い評判は聞かない。唯一の男のお孫さんだからって、大事にするあまり、間違ってしまったようだね。」


隊長の言葉に、カイルが、理由を話せば、謹慎はしなくてすんだんじゃないか、キーシェインズみたいなのをかばうなんて、さすがネレディウスさんだな、と言った。


俺は、彼が庇ったのはルーミだろうと思った。理由を話せば、公式記録に残る。騎士団に関係ない者の名前まで載せるかどうか解らないが、ガディオスは、最初に会った時、ルーミのフルネームや年齢を知っていた。ネレディウスさんは事件は知ってても、詳細は知らなかったようなので、公式記録ではなく、噂で知ったものかも知れないが。


「で、君たちの方の、喧嘩の原因は何だね。」


いきなり聞かれて、ルーミは少し躊躇っていたが、ぽつりぽつりと話しはじめた。


「…春が過ぎれば王都に行ってしまうんだから、俺なりに必死で考えて、明るく送り出してやろうと、思ってたんだ。ううん、思うようにしてた。なのに、あんなに簡単に、神聖騎士にはならない、ヘイヤントに残る、なんて言うから。だいたい、一緒に住もうというんだったら、相談してくれてもいいじゃないか。俺が子供で、頼りないからなのか、と思ったら、我慢できなくて。」


それで売り言葉に買い言葉になったらしい。


「それに、今の俺の後見人って、隊長ですよね。ますます、ホプラス一人で、決めていい事じゃない。」


「うん、まあ、確かに、そういう事なら、私にも話を通して欲しいが、君が承知したら、挨拶にくる積もりだったんじゃないかな。もし、王都に連れて行きたいと言われたら、最低でも、15になるまでは待ってもらわないと困るし、急に戦力が無くなるのも困る、と答えるが。」


隊長は、兄弟で一緒に住むのは、やはり自然な事だと思うし、と付け加えた。


カイルは、


「俺からすれば、羨ましい悩みだけどな。家族と再会できて、一緒に住みたいと言われているんだから。」


と言い、ロテオンはどう思う、と、話をふった。俺は、


「お前はどうしたいんだい、ルーミ。」


と、肝心の本人に話を降った。


「ガディオスが以前、言ってたんだが、『成績が、悪くて、卒業した年に王都行きになれなくても、残って勉強して、クエストで実績を上げてから、改めて王都を狙う者もいる。』って。ネレディウスさんなら、年齢も若いし、一、二年、ヘイヤントに残っても、問題はないと思う。言い合いになって、細かいことは聞いてないと思うが、将来に触らないとしたら、お前自身は、どうしたいんだい。」


ルーミは、


「正直、まだよく解らない。」


と言った。


「つまり、じっくり考えたいのか?」


「うん…でも、あまり時間もないし。」


「だけど、帰ってから、もう一度、ネレディウスさんと話してから、決めるくらいの時間はあるだろ。だったら…」


「それを、手紙に書けばいいんだよ。」


とカイルが口を挟んだ。まだ引いていたのか、この話し、と思ったが、カイルなりに、気を使って、手紙を書かせようとしたのかな、と思った。


「本当はこう思ってるけど、まだ解らないから、帰ってから、話そう、て。完全に断られたと思ってるかもしれないぞ。」


ルーミは、カイルの言葉にうなずいて、すらすらと数行、書き足した。


手紙は、昼食も忘れて、遺跡にこもっている、教授とフィンカル副隊長を迎えに行くついでに、出した。交代が来るのは明日明後日なので、手紙と同時くらいに帰れるかもな、と思った。


昼食をぱくつきながら、副隊長は、一番広い部屋から、新しい小部屋が見つかり、どうやら遺跡の中に、ごく弱いがモンスターが出るのは、そこのせいらしい、と言った。


「まだ確認中だが、壁にはかなりの文が見える。エレメントに気をつけて、なんとか解読を続行したら、大発見になりそうだ。」


と話した。カイルとルーミは、かなり関心があるようで、熱心に聞いていた。


そういえば、副隊長は、王都の魔法院から、最初は学者を目指して、ヘイヤントにやって来た、と言っていた。


将来がどうなるかなんて、解らない。俺自身、いずれはエーリアの両親に認められて、故郷に帰るつもりでいたが、ギルドの仕事を続けたいとも思う。


ひょっとして、彼女は、ギルドの仕事を続けるために、俺が距離を置いて、自然消滅を狙っている、と思ってるんだろうか。確かに、この前の休みも、あまり一緒に過ごせなかった。おまけに、商工会長の娘が、心労で倒れたが、原因は、婚約者が、買い付け旅行先で別の女性と交際して、子供まで作っていたからだ、と噂が流れていた。


《もともと、そんなに仕事熱心でもないのに、急に頻繁に買い付けに行くから、変だなと言われてたのよ。そのわりに、買い付けてくる品物は少なくて、お金だけは減ってる。世間知らず、苦労知らずの坊っちゃんだから、最初は詐欺にあってるんじゃないかと、会長が調べさせたら…》


母と酒屋の従業員の会話を思い出す。もしかして、エーリアも、俺を疑っているのかもしれない。手紙で、もう少し、フォローすれば良かった。


帰ったら、一番に、彼女に連絡しよう。両親に挨拶した後、ヘイヤントに来てもらって、隊長達にも、きちんと紹介しよう。そして、話し合って、色々決めよう。ルーミに言ったこと、実践しなくては。


俺は、この時は、清々しい気持ちで、明るいものしか存在しない未来を考えていた。




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