道行き

2.道行き(1)(ガディオス)


「事件」が起きた時、俺はラジウムとヘクトルと一緒に、食堂で朝食にしていた。ラジウムが、昨日、魔法実験のクラスでネレディウスと組んだが、何かぼうっとして、元気がなかった、と言っていた。


ダストン医師が、今年は春風邪の質が悪い、と言っていて、珍しくタルコースも、二日間休んでいる。それを思い出し、話題にのせた時だった。


アリョンシャの甲高い声が響いた。


「ちょっと、止めろ、止めて。」


と、いつも落ち着いた彼にしては、慌てている。何事かと声のした方を見ると、とたんに大きな音がして、椅子とテーブルが倒れた。


二人の人間が取っ組み合いをしていた。アダマントとカントバーデが茶髪の縮れ毛を、アリョンシャと、貴族組のクロテイスが、黒髪の方を止めていた。


縮れはキーシェインズだ。そして、黒髪は、ネレディウスだった。


ネレディウスは少し大人しくなったが、キーシェインズは、尚も暴れていた。しかし、クラディンス先生が駆けつけて来たので、全員がしんとなった。


キーシェインズは口を切ったらしく、真っ赤だった。ネレディウスは、ほぼ無傷だった。先生は、ネレディウスが喧嘩、というのに驚いたのか、彼の顔をしばらく注視していた。


キーシェインズが何か言おうとしたが、血にむせたので、医務室に連れて行かれた。


「キーシェインズには回復したら聞く。ネレディウス、君は、何があったか、今、ここで説明したまえ。」


ネレディウスは、


「僕が先に殴りました。」


と、はっきりと言った。


「理由はなんだ。」


「嫌いだったからです。」


「何?」


「以前から、気に入らなかったんです。だから、殴りました。謝罪はしません。」


「…そうか。では、処分が決まるまで、自室で謹慎していたまえ。団長が明後日おいでだから、相談の上、決定する。」


「はい。」


ネレディウスは、極めて落ち着いた様子で、食堂を出た。俺は後を追いかけようと思ったが、アダマントの、


「先に殴ったのはネレディウスですが、挑発したのはキーシェインズです。」


に、足が止まる。


「彼のいうことは本当です。ネレディウスは、最初は、無視しようとしていました。」


と、クロテイスまでもが、口添えをする。


「で、君達も、理由は言わないんだな。」


先生は静かに言った。


「よろしい、この事で証言がある者は、食事の後できたまえ。まずは先にキーシェインズに話を聴こう。」


俺の背後で、貴族組の連中が、


「タルコースに報告がいるな。」


「もうさすがに、後がないだろ、キーシェインズは。」


とひそひそと言っていた。


昼からは、誰かを捕まえて話を聞きたかったが、ネレディウスの代わりに外部のボランティアに孤児院にいったため、騎士団に戻ったのは夕方近くになった。


前庭をつっきると、向こうから、見慣れた金色の頭が歩いてきた。


「ルーミ君。」


声をかけると、顔をあげて、こちらを観たが、なんだか情けない顔をしていた。


「あ、ガディオスさん。」


声も死にそうだ。


「ネレディウスに会いに来たのか?」


「はい。でも…」


「心配しなくても、証言もあるから、来週には謹慎、解けるよ。」


セレニスは驚いて、死人のようだったのが、生き返ったようになった。


「騎士団の受付の人は、『当分面会禁止だ。』としか。来週から試験ですよね。それで謹慎て、なにがあったんですか。」


俺は事情はまだ、詳しく知らなかった。だが、相手がキーシェインズであること、ネレディウスの態度からして、原因は、セレニスだ、と悟った。


「ああ、たいした事じゃないんだが、食堂でひと悶着あってね。要するに喧嘩。相手が悪いんだけど、ちと怪我したもんだから、騒ぎたててね。結構、派閥みたいなのがあるから。」


セレニスは、ネレディウスに怪我がない事を聞くと、少しほっとした。


改めてみると、やっぱり、可愛いなあ、この子。顔もだが、ちょっとした表情とか、仕草とか。最初はきつい感じがしたけど、だんだん、角がとれて、年相応の感じがでてくると、特に。


「その、実は、この前の休みに会った時に、ちょっと口喧嘩になって。」


ああ、ネレディウスの不調も、このせいか。ある意味、キーシェインズは巻き添えかもしれん。


「でも、明日から、クエストで、しばらくニルハンの遺跡村に行くんです。急に決まって。だから、その前に、と思って。伝言だけ、お願い出来ませんか。」


「宿舎の方に行こう。謹慎中だから、無理かもしれないが、駄目元で。」


俺はセレニスを、強引に宿舎に連れて行った。これは会わせてやらないと、と思ったからだ。


残念な事に、宿舎の方でも、謹慎中を理由に断られた。


セレニスは「弟」なので身内のはずだが、公的な続柄としては、ネレディウスの養父が後見人をしていた子供(引き取られた当時は、養母が死亡していたので、養子には出来なかったらしい。)、ということになるかららしい。


ぬか喜びの分、セレニスはがっかりして、気の毒だった。


そこに、宿舎の奥から、タルコースが出てきた。今日はカントバーデと、エイラスを従えている。挨拶はした。セレニスも、俺の知り合いとみたのか、丁寧に挨拶をした。


タルコースは、セレニスを見て、少し驚いたようだった。カントバーデが、ささやいた。タルコースは、


「ああ、そうか。」


と、静かに答え、


「ネレディウスは謹慎中だ。明後日、解けるから、出直したまえ。」


と言った。さらに、


「君にも迷惑をかけて済まなかった。今回の事は、私の不行き届きでもある。」


と付け加えた。エイラスが、


「弁護してくれたんだ。感謝しろよ。」


と言ったが、タルコースに睨まれた。


「私としても、来週からの最終試験、彼がいないと意味がないからな。」


風邪が抜けきらないのか、少し咳をして、去っていく。


セレニスは、彼が上司だと思ったらしいので、少し驚いていた。


「それじゃ、俺も帰ります。ありがとうございました。伝言だけお願いします。」


しかし、俺は名案を思い付いたので、引き留めた。


「門の所の、紅垂れ桜があるだろ。花がないと分かりにくいが、柳みたいな大木。あそこから、宿舎に向かって、手を振ってくれ。ちょっと遠いが、ネレディウスの部屋は、二階の端だ。」


セレニスは満面の笑顔になり、急いで門に向かう。俺も急いで、ネレディウスの部屋に向かった。


彼は寝台に座っていた。俺をみると、


「ガディオス。」


と、抑揚のない声で言った。ボランティア交代の礼を続けて述べた。


今までタルコースがいたはずだが、まるで何年も一人で、岩穴にでも住んでたかのような生気の無さだ。


「窓から、門の枝下れ桜を見ろ。」


「え?」


「いいから、早く。」


ネレディウスは、言われた通りに、寝台から動かずに、窓の外を見た。とたんに生き返ったようになり、ぶつからんばかりに窓枠に張り付き、開けた。


「ルーミ。」


季節の風が入り、和らいだ。ネレディウスは、特別な笑顔で、彼にとっての、春の景色を見ている。


家族が全員、揃っていたころ、まだ名もない末の弟を抱いて、乳を含ませる母の姿を、父が、あんな顔で見ていた。子供心に、弟が憎たらしかった。


しばらくして、夕刻の鐘が鳴り、恐らく、門から去ったのだろう。ゆっくりと穏やかな表情になり、窓から離れる。


俺の姿を見ると、


「あ、ごめん。帰ったと思って。」


と慌てる。


「まあ、これで取り合えず元気になったな。」


しかし、俺が伝言を伝えると、少しだが、失望の色が浮かぶ。ニルハン遺跡なら、恐らく、発掘隊の護衛だろう。土地柄からして、春は風系のモンスターが多いので、護衛を増員する。長くても三週以上にはならないはずだが、長いと受けとるかどうかは、主観による。


「来週から試験だし、どうせ、当分、会えなかっただろう。」


と言ってから、ネレディウスは、忙しくても、セレニスと会う時間を確保するため、平日の勉強量を増やし、そのおまけに、化け物みたいな成績をさらに上げた、ということを思い出した。


ネレディウスは、俺の気遣いに感謝を述べたが、俺は、礼はいいから、セレニスとの喧嘩の原因を教えろ、と言った。戸惑ってはいたが、彼も相談したかったのか、


「きっかけは、すごく下らない事なんだけど。」


と、前置きしてから、話し始めた。


先週末、西にある、風の古神殿の庭園に、一緒に梅を見に行った。梅はギルドの紋章になっている花で、ギルドの宿舎には何本かあったが、セレニスの好きなリョクガク(ガクが緑色の白梅)は、今年は何故か調子が悪くて、あまり花をつけなかった。ネレディウスは、梅園にリョクガクが、あったのを思い出し、誘った。


梅見物は楽しく終わったが、市の立つ日で、アクセサリー売りが、セレニスに、明らかに女性用の派手な耳飾りを勧めた。


売り子が、「髪に花をつけているから、女の子だと思った。」と言った。セレニスの頭に、偶然、紅梅の花びらが、何枚かついていたのだ。


「『気づいていたなら、何で教えなかった。』と言われたんだけど、違和感がなかったから。子供の頃は、花かんむりを作ってやったら、喜んでいたからね。それで、軽い冗談のつもりで、『お前の髪の色なら、たしかに、赤より、白のほうがいいね。』と言ったら、機嫌が悪くなって。謝ったんだけど…」


「…聞き出しておいて何だが、ほんとに、下らないな。」


「…それだけなら、まだ良かったんだけど。」


その後、紅シダレ亭で夕食を取ったが、先程の空気を引きずっているせいか、どうにも重い。


話題を変えて、来週からの最終試験の話にする。試験が終わったら、今度は桜の季節だなあ、ヘイヤントの市の花・八重紅枝下れが満開になる前に、隣のナンバス市の造幣局の八重桜を見に行こうか、という話になった。


八重紅枝下れは、ネレディウスの好きな花だ。(ヘイヤントに連れて来られた時、町中を華やかに飾る「舞妓の簪」に、ようやく助かった事を実感できたからだ、と聞いている。)


セレニスは、よく似てるけど、藤の花の方が好きだ、と言った。そこで、藤の花の名所というと、王都の万花植物園だろう、少し遠いが、時間があったら、泊まり掛けで行くか、と、雰囲気を挽回しかけた所だった。


「『その頃、お前は王都だろ。都合つけて行くよ。』と言うから、『僕はヘイヤント市に残るよ。』と言った。そしたら…」


俺は驚いて、「えっ?!」と叫び、話を中断させてしまった。卒業後、騎士になるなら、王都に行く。聖職者や研究者ならヘイヤント市だが、首席で卒業して(最終試験はまだだが、ネレディウスの首席はほぼ決まり。)、騎士にならない者はいない。


「そんな話、初めて聞くぞ。」


「ごめん。黙ってるつもりじゃなかったんだけど、希望を出したら、先生たちから『考え直せ』と言われていて。試験の時に団長が来るから、相談しろと言われた。」


それはそうだろう。俺は言葉が続かずだまっていたが、ネレディウスは話を続けた。


「…だから、卒業したら、市内に家を借りよう、これで一緒に住める、と言ったら、『勝手に決めるな』『何で相談しない』って、怒りだして。…謝ったら、余計火に油を注いでしまった。ルーミは、しまいには『俺は独立してギルドの個人部門に登録するから、ナンバスに行く』とか言い出すし。僕も、ことわられるなんて思ってなかったから、つい『お前の年なら、まだ学校に行く年齢なんだから、独立しても、仕事があるか、わからないよ。』と言ってしまって。…結局、その日は、喧嘩別れになった。」


「そりゃ、君が悪いよ、ネレディウス。」


いきなり、アリョンシャの声がした。器用に食事のトレイを三つ抱えて、いつの間にか部屋にいた。俺がいることをタルコースに聞いたから、ついでに持ってきた、という。


「一緒に住むんだよね。つまり二人の未来の話なんだから、小さな事でも、ちゃんと相談してから、決めないと。家を借りるなら、家賃折半になるから、その当たりもね。相手も仕事持ってるわけだから、基本、『面倒見てあげる』な態度はダメ。ちゃんと相手を対等に見ているっていうのを、理解して貰わないと。ついでに言うと、いつもの店じゃなくて、ちょっと畏まった店にして、断りにくい雰囲気を作らないと。」


「そうなのか?」


「…ネレディウス、間に受けるな。…アリョンシャ、そりゃ、年上女性の口説き方だろ。」


「え?年下でもいけるよ。タイプの問題。反対に『僕に全て委せて』が効く場合もあるし。」


「…お前、いつも、そんな事ばかりしてるのか。」


「いつもじゃないよ。どうしてもって時だけ。男の子に効くかどうかは解らないけど。」


俺は呆れたが、ネレディウスは笑っていた。


三人で食事していると、アダマント達もやってきた。


「最終試験、頑張ってくれよ。お前に賭けてるんだから。」


と、言う者もいた。


別の意味で、孤児組は、ネレディウスに賭けていた。


将来の話はまだ、不安材料だったが、俺は、セレニスが王都に付いてくる未来を考えていた。彼の今の保護者はアルコス隊長なので、隊は抜けることになるだろうが、「兄」と暮らして、学校に通う未来なら、問題にはならないだろう。


だが、未来とは、いつもアクシデントで、運命を狂わせるものなのだ。


  ※ ※ ※




最終試験は、任命式と卒業式の中間にあった。一見、順番が逆に見えるが、これが、騎士団の慣習だった。


卒業式は、騎士団関係者のみ、任命式は、家族がやってくる。


気分的には任命式が卒業式のようなもので、最終試験で入団取り消しになることはなかった。だから、実は、気が緩んで、番狂わせになる場合もあった。


さすがに、ネレディウスやタルコースになると、そんな事はなかった。今の所、最後日のコーデラ剣術(盾と片手剣。魔法剣の試験は別。)を残し、ネレディウスが全科目トップは固かった。


武術の試験は、試合勝ち抜きで、正武器(普段、魔法剣で使用している武器。コーデラ剣術の他、両手剣のラッシル剣術がある。)と副武器(片手剣、両手剣の他、格闘、弓術、細身の剣を使う古式剣から選択。)の二科目あるが、試験は正で履修している者も、副で履修している者も、混ぜて腕を競う。


大抵は正武器が片手剣なら、副武器は格闘か細身剣だ。貴族出身の騎士は、伝統にのっとり、片手剣と、細身剣か格闘という組み合わせが多い。


庶民組はさまざまで、俺は片手剣と格闘だが、アリョンシャは片手剣と弓だ。ネレディウスは、正武器が両手剣で、副武器は片手剣だった。


ネレディウスの取っている科目は、はっきり言えば出来レースで、賭けにならず、二番手の予測の方がメインだった。彼とタルコースがいると、三番手の予測だ。


しかし、片手剣だけは例外で、ネレディウス、タルコースの他クロイテス、エイラス、アダマント、大穴で俺の名も上がり、予測がつかないと言われていた。


タルコースは先週の風邪のせいか、魔法剣の試験では、技を出すのが遅れ、クロイテスと同点二位だった。総合では余裕で二位だった。ネレディウスは、謹慎がメンタルに響くのでは、と言われていたが、そんな気配もなく、安定一位だった。


もし、ネレディウスがコーデラ剣術で一位をとれば、長い騎士団の歴史の中でも、初の全科目首席と言うことになる。全体的に、賭けとは別に、熱気と緊張に包まれていた。


俺は運良く勝ち上がり、なんと準決勝まで進んだ。ただし、準決勝ではタルコースと当たる事になっていた。ネレディウスは、準決勝ではクロイテスと戦う。試合の前に、決勝で会おう、と言ってみたりした。


準決勝は二面で同時に進行するので、俺とネレディウスは、それぞれに別れて、準備に取りかかった。


その時、俺の所に、姉から通信連絡が入った、と呼び出しが来た。俺の家族は、七つ年上の姉と、5つ下の妹だけしか残らなかった。姉は結婚していて、妹は姉夫婦と住んでいた。試験中なのは当然知っていたので、連絡には何事かと思った。


出て見ると、年の離れた義兄が、春風邪を拗らせて危篤だったのだか、持ち直した、という知らせだった。


“持ち直したから、連絡はいらないと思ったんだけどね”


「危篤の時にしらせてくれよ。いくら試験だからって。」


春風邪の勢いがそこまでとは知らなかった。姉や妹は大丈夫かと訪ねたが、なんだか良く解らないが、魔法属性が風だと、悪化しやすいという、噂が流れているらしい。そういえばタルコースも風魔法使いだったな、と納得しかけたが、アリョンシャがけろっとしていることを考え、姉には、あまり噂を鵜呑みにしないようにと言い、試験会場に戻った。


会場はなんだかざわついていた。家族から緊急連絡ということで、俺を待ってくれていたようだ。


試合が始まった。タルコースは流石に強い。俺は剣は得意で、自信があったが、やはりギリギリで敵わなかった。食い下がったが、ああ、これで決められたな、と思った瞬間の事だ。


隣の面で、いきなりうわっと、歓声とも悲鳴ともつかない、大声が一斉に上がった。俺は驚いた弾みで、剣先をあげてしまい、それが、タルコースの首の、即死判定ポイントに当たった。


「勝者、アベル・ガディオス。」


こちらはこちらで、歓声が上がった。


信じられないが、勝った。それじゃ、俺とネレディウスで決勝か、と、試合前に軽く言ったことが真実になってしまった。


「静かに、とにかく静かに。」


隣では、まだざわついていたいた。


「静かに…。勝者、サディルス・オ・ル・クロイテス!」


俺の勝利より信じられない、試験官の声が響いた。


  ※ ※ ※


準決勝の後、ネレディウスは医務室に行った。試合中に盾を落とし、左手にクロイテスの剣が当たった。試合用の剣なので、ざっくり切れたりはしなかったが、盾が有ると思って、クロイテスが思い切り打ち込んでしまったので、骨に異常がないかどうか確認するためだ。属性魔法の回復は、術者が医者である場合を除いて、そこまでの治療はできないからだ。


俺はほぼ直ぐに決勝だったので、様子を見に行く事が出来なかったため、後でアリョンシャから聴いた話である。


クロイテスは、落ち着いた性格の男だったが、何故か、普段に比べて、注意力に欠ける所があり、そのため、あろうことか、俺が優勝してしまった。


格闘ではエイラスについで二位だったが、正直、それが自分の最高位置だと思っていたので、剣で勝ってもピンと来なかった。学科が悪かったので、これでも総合で上位争いに加わる事は出来なかったが。


俺は、ネレディウスが、決勝の時に姿を見せない事を気にしていた。あいつは、こだわりなく応援してくれるタイプと思っていたからだ。去年と比較して、準決勝から決勝の間の休憩が、短かったので、試合には間に合わなかったとしても。タルコースは、クロイテスの応援に来ていた。


しかし、勝った俺の所に、アリョンシャが来て、祝いもそこそこに、


「直ぐ支度して、ネレディウスの跡を追う。申請、済ましてあるから。」


と言ったので、何事かと聞き返した。


「ああ、君は丁度いなかったね。準決勝の直前に知らせが入って。…ニルハン遺跡で、大事故があって。アルコス隊と連絡がつかない。ネレディウスは身内だから、先に行った。」


こうして、俺とアリョンシャは、ニルハンに向かった。


途中、王都から直接派遣された、ソラリス大隊長の隊と合流した。騎士団は、国家間の紛争や、謀反のような政治的な問題でないと動かない。国境を越えて動くのが基本のギルドとは、当然異なる。しかし、複合体は、反逆者として追われた魔導師エパミノンダスの形見のため、騎士団が出る。また、最近、中央で、制度改革が進行中でもあり、昨年より、ギルドとの協力を強化している。ただ、騎士団内部でも、意見が分かれている所でもあった。はっきりと対立しているわけではないが、サングイスト団長は協力推進派だが、ベクトアル副団長は、そうではない、という噂だ。


ニルハン遺跡は、ニルハン村の近くにあったが、村は半分吹き飛んでいて、住民は近郊のニルハンブラの街まで避難していた。アルコス隊と交代するはずだった、ザホルド隊が誘導した。複合体ではなく、エレメントの大規模な暴発で、管轄としては魔法院だった。そのため、騎士団員の中には、信じられない事に、その場で引き上げたがる者がいた。もちろん、大隊長には聴こえないように、こっそり言っているだけだったが。


俺はそれを聴いた時、先輩相手に、殴り掛かりたくなるのを、必死で押さえた。そして、なぜ、俺とアリョンシャが来たのか解った。アルコス隊と懇意な俺達は、彼等のような団員を黙らせるのに必要な「当事者」だからだ。


現場に到着すると、ロテオンが、俺達をみつけて、駆けてきた。彼はほぼ無傷だ。その後ろに、ルパイヤがいて、彼は左手を吊っていたが、それ以外は、怪我はないようだ。


「サイオスとキンシーが怪我を。でも、俺達は、交代の隊をむかえるために、村からでていたから、まだ…。カイルも、副隊長も、教授達も、後のメンバーは、遺跡の深い所に下りていたから、多分、もう…。ルーミは、隊長と一緒に、俺達のすぐうしろにいたはずだけど…。俺が怪我人を抱えているから、先に行け、と…。」


言葉がなかった。アリョンシャが、ネレディウスが先に来ているはずだが、とようやく言った。


「ネレディウスさんは、ルーミを『見つけ』に、制止を振り切って村の方に…ついさっき…」


ロテオンがいう言葉に被せて、地元の警備隊と思われる、年嵩の男が、大隊長に怒鳴る声が聴こえた。「兄だか何か知らないが、騎士とはいえ、勝手なことをされたら、『封印』処理にはいれない。」と。


俺は身をのりだしたが、アリョンシャが、俺の腕をつかみ、「一応、正論だから。」と言った。


先の男より少し若い女性が、「生命反応値があるのですから、彼の行動は間違いではありません。」と宥めていた。


「家畜や番犬だったらどうするのかね。一刻もはやく、塞がないと。」


「ですから、エレメント力も放出しきってますし…。そもそも、暴発したのは火のエレメントなんですから、今の道具だけでは。もうじき魔法院から増援が。」


「火だって?!」


俺とアリョンシャは、同時に叫んだ。季節と土地柄を考えて、風のエレメントだと思っていた。確かに、風よりは火のほうが、激しい暴発はしやすい。


俺は、押されぎみな大隊長を一応は立て、突入した仲間が水魔法、取り残された弟と、隊長は火魔法のため、直ぐに行けば、助かる、と、進言した。


相手が火なら、風のアリョンシャは残るべきかと思ったが、彼は転送魔法が少し使える。


「放出しきったと言っていたから、多分大丈夫だよ。」


それに、ネレディウスに、君の優勝報告もしなくちゃ、と、飄々としたアリョンシャの言葉に、根拠なく安堵して、俺達は「見つけに」向かった。


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