1 .再会 (4) (ホプラス)

ワンタイミング遅れて、じわじわ効きはじめたガスのせいか、足が重くなっていた。そこに派手に動いた物だから、正直、かなりきつい。転送装置までは、それほど距離はないはずだが、立木にもたれて、座りこんでしまった。「ルーミ」が僕の手を握って、微動だにしない。もう大丈夫だから、と三回ほど言ったが、ようやく耳に入ったらしく、慌てて離した。


離されると、何だかもの足りなく、妙に寂しい気持ちがした。「ルーミ」の手だからだろうか。


五年前のあの時、崖に足掛かりがあったものの、子供の身長では僅かに足らず、僕を引っ張るルーミの上半身は、殆ど滑り落ちそうだった。そこに大きな木片が当たった。


落ちていく中、ルーミが泣き叫び、僕を呼ぶ。途中、色々引っ掛かりながら運良く川に落ち、かなり流されたものの、助かった。水魔法の資質が高いせいだと言われた。


僕は助かったんだよ、ルーミ。だから、そんな顔はしないでくれ。僕こそ、一人でお前を置いてきぼりにしてしまった。あの時、もし崖を蹴って上がるだけの体力があったら、同じ施設に入れられていたら、せめて死ぬときに側にいてやれた、いや、二人で生きる道はあったかもしれない。義父をはじめ、周囲の大人たちはみんな死んでしまったが、せめて、一緒に生きのこれていたら。


僕は小さなルーミに、助けようとして、必死で頑張ってくれて、ありがとう、と言った。そして、目の前のルーミに、無事で良かった、と言った。二人のルーミは一つになり、


「ホプラス…。」


と懐かしい声で、僕の名をよんだ。


僕の名は、もともとは「ホプロス」(失望)だった。義父の教会の前で倒れていた女性が、腕に抱えた赤ん坊の僕を、最期の瞬間に、そう呼んでいたので、つけられた。ラッシル語が堪能な義父は、そのまま付けるのを、かなりためらったが、名前が唯一の形見だったため、僕の名は「失望」になった。だが幼いルーミがうまく発音できずに、何度教えても「ホプラス」(最後の希望)と呼んだものだから、そっちが本名みたいになった。もちろん、意味を知ったのは、もっと後になってからだが。


「何だい?」


改めて呼ばれて、僕は返事をした。希望の名を与えてくれた、かけがえのない呼び声に。


返事をして我に返った。このルーミは、僕の名をどこで知ったのだろう


ガディオスは名乗っていたが、僕の自己紹介は阻まれた。有名とは言われたが、原則、姓で呼び合う騎士、しかも見習い生のフルネームを、彼が知っているだろうか。知っていたとしても、さっき知り合いになったばかりの人間を、いきなり名で呼ぶだろうか。


彼がガスの効果にかかっていた時の事を思い出す。気がついた彼は「ネレディウスさん」と呼んでいた。


「アイカバー、取って。」


彼の声は震えていた。


「取って、顔を見せて。」


僕の手も震えた。留め金が上手く外せない。もどかしく思ったのか、彼が僕の手をのけて、やや乱暴に外した。


視界が闇に閉ざされた。外気が少し目に染みる。暖かいものが頬に触れた。彼の手だ。目に、鼻に、額に、顔をなぞって、口元に。


「ルーミ。」


僕は彼の名を呼ぶのがやっとだった。彼は、 お前だったのか、と言ったようだった。僕は夢じゃないことを確かめようとしたが、意識が溶けるように消えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る