1 .再会 (5) (ガディオス)
ネレディウスたちと別れ、転送装置で戻った時、今回の責任者であるなんとかいう貴族の元騎士はなりを潜め、場をしきっていたのは、クラディンス先生とメイディングス教官、ダストン医師だった。至急、ヘイヤント市から駆けつけたようだ。メイディングス教官は神官を引き連れて浄化の指揮、ダストン医師は負傷者の治療。騎士のクラディンス先生は、他の事を全部だ。この他、なんとか領主の姉という人と、地元の採掘業者のボスがいた。追っ付けギルドからも人が来ると誰か言っていたが、まあはっきり言ってどうでもいい。
俺はクラディンス先生に報告、ロテオンはカイルの様子を見に行った。入れ違いに戻ったアリョンシャが、クレバス(みたいなもの)を踏みぬいて、怪我をした連中の報告を終えた時だった。
平民組なのにタルコースの取り巻きをしているカントバーデが、いい気味なくらい真っ青な顔で駆け込み、「ネレディウスが意識不明で担ぎ込まれた」と言った。当然、いい気味な気分は消し飛んだ。
医療班の使用している区域に駆けつけると、金色の頭が、閉じた治療室の前で泣きわめいていた。
「ホプラス!ホプラス!」
傍らにロテオンの、刈り上げた白っぽい金髪の、特徴的な頭が見える。さらに、彼らより、頭二つぶん大きい、成人男子が二人いた。三人がかりで、荒ぶる金髪を、なだめている。それを外側から輪に入ろうとしていた、栗毛の少年が、俺たちを見て、
「アリョンシャさん。」
と言って近づいてきた。
「カイル君。」
アリョンシャは、まだしんどそうな少年に、声をかけた。
「君はもう大丈夫なのか?」
「はい。有り難うございます。でも、ネレディウスさんが。」
ネレディウスの名に反応してか、喚いている少年が、こちらを見た。
状況を忘れて、息をのんだ。まず目を奪ったのは、涙をたたえて泡ガラスのようになった、透き通ったオリーブグリーンの両眼。緑の瞳は蠱惑の色と言われるが、この色だけは例外で、聖女コーデリアの瞳の色とされている。その瞳から涙の伝う頬はほんのり桜色に染まって白く、小さめだか通った鼻筋、紅梅のような口元と、合わせてあどけなさの残る、可愛らしい「美少女」の顔を作っていた。止めは、その顔を縁取る、緩やかな波のゴールデンブロンド。コーデラ美人の色とされているが、コーデラ人がこのタイプの髪を持つと、茶色が勝ってしまってダークブロンドになりがちだ。図像学上は、聖女コーデリアのプラチナブロンドと対比して、男性を誘惑する森の精霊の色として表現されるため、あまり高級な意味はないが、茶色と金髪の狭間の髪を持つ女性たちが、なんとか工夫してこの色にしようと、躍起になって求める色でもある。
「…俺が顔が見たいから、アイカバー外してなんて言ったから!」
「落ち着け、ルーミ。」
「だって、ホプラスが死んじゃう!やっと見つけたのに。やっと会えたのに!」
ホプラス?ああ、ネレディウスの名前だ。騎士は姓しか使わないので忘れかけていた。
「知り合いだったんだね。」
とアリョンシャが小声でいった。しかし、別れる前の彼らに、そんな素振りはなかった。ネレディウスは、なんとなく、セレニスを気にしているようだったが、責任感や義務感によるものだと思っていた。だが、俺たちと別れて、たった数時間の間に、こんなテンションになるほど、親しくなれるだろうか。よほどネレディウスが、「手慣れた」男でもないかぎり。
セレニスはそれから、「置いていくな。」「俺も死ぬ。」と、とめどなく繰り返した。カントバーデが
「レディ・ダストンは何をしてるんだ。医学にはこういう時のために、鎮静剤というものがあるのに。」
と、珍しく建設的な意見を言った。
「私、無駄はしない主義なの。」
病室から、ダストン医師が出てきた。
「盛り上がってる所、水指すようで悪いけど、遅まきながら、ガスがきいて、眠ってただけよ。耐性があるからって、どいつもこいつも、水魔法使いってのは!このパターンなんだから。」
アリョンシャが「じゃあ、助かるんですね。」と言った。
「助かってるわよ。会う?」
俺とアリョンシャは、真っ赤になっているセレニスを差し置いて、病室に飛びこんだ。
ネレディウスは寝台から、半分身を起こしていた。外傷はないようだ。何故かついて入ったカントバーデが簡単に事情を説明した。
ここの領主はつい2ヶ月前に代替わりしたが、遺言で全財産を後妻の息子に残した。そのため先妻の娘は一応領地を出て、母方の実家に身を寄せつつ訴訟を起こしていた。コーデラの法律では、爵位とそれに伴う領地をのぞき、財産は配偶者と子供で等分となっているからだ。
「俺もさっき聴いたばかりだが、今回の鉱石の採掘をはじめとして、領地の管理は、令嬢が全部、見てたんだよ。前のご領主は、軽はずみをなさったね。」
俺はカントバーデの言葉に、まったくだ、と相槌をうった。彼と意見が一致するとは思わなかった。
「まあ、取り敢えずゆっくり休め。」
と俺はネレディウスに言った。
「そうもいかないよ。怪我をしたわけじゃないし。」
いつもながら、三つ下とは思えないしっかりものだ。俺は、休まないとレディ・ダストンが怖いぞと言おうとしたが、彼が
「確かめたいこともあるし。なるべく早く。」
と言ったので、病室前の騒動を思い出した。
その時、アダマントが「服を取ってきたぞ。」と、元気良く入ってきた。防護服と専用下着を着るために、衣服と剣、装飾品などはみんな預けていた。ネレディウスは服を受取り、一番最初に、上に乗っているペンダント、小さな蒼いガラス玉を、少し意味ありげに見つめて、身に付けた。
その時、背後でカタンと音がした。ドアの所に、セレニスがいた。カイルとロテオン、先程、セレニスを止めてた、青年二人もいる。
「ルーミ。」
ネレディウスは、セレニスに気づいて、動きを止めた。セレニスは、微動だにしない。
「それ、持ってたんだ…。」
「お前がくれた物だからね。」
「…俺は無くした。お前に貰ったやつ。」
「…それより、ルーミ。」
ネレディウスは、なんとも言えない柔らかい表情で、
「もっとこっちに来てくれ。僕の近くに。近くで、お前の顔を見たい。」
と、セレニスを招いた。
セレニスは、ゆっくり近寄り、寝台の横に立った。ネレディウスの手が伸び、セレニスの頬と髪に触れる。
「泣いてたのか。」
「だって、お前が…。」
セレニスの声はつまっていた。ネレディウスは、彼の目を、そっと拭う。
「ホプラス…ホプラス!」
セレニスはネレディウスに飛び付いた。ネレディウスは、セレニスを抱きしめながら、優しく髪を撫でる。
アダマントが小声で、
「俺達、外したほうがいい。これ以上いると…」
と言った。それは最もだ。騎士同士でないなら規律には触れないし、報告の義務もないが、キーシェインズの件で問題になったことの一つに、奴が19で、セレニスが13だった事がある。18以上の成人と、飲酒可能年齢の15歳に満たない少年少女との交際には、コーデラでは、厳しい制限がある。ネレディウスはまだ15なので、法的にはクリアだが、騎士は高いモラルで意義を保っている。目撃してしまえば、程度によっては報告の義務が発生してしまう。
個人的にも、モラリストと信じていた、同性の友人の、そういう所は見たくない。
二人を残して、そっと病室から出る。背後で、「もう離れない」という台詞が聞こえた。
カントバーデは自分のチームの報告がまだだからと、さっさと消えた。ロテオンとカイルは、二人の青年のうち、ややほっそりした方が先に連れていった。彼らも細かい報告はまだだそうだ。もう一人の、南方系の青年も行きかけたが、アリョンシャの
「彼が探してた幼馴染みだったんだ。生きてたんだ。偶然ってあるんだね。」
と言ったので、俺と同時に「あ」と言って、立ち止まった。
一時、確かに熱心に人探しをしていた。だが「弟」と言ってたような。
ギルドの青年が、
「そう言えば、そんなことを言ってた。実の弟は金持ちに引き取られて音信不通、自分は一人、教会に引き取られたけど、そこの息子と兄弟みたいに一緒に育ったから、寂しくなかった、とか。…その養父も『兄貴』もみんな死んだ、といっていたけど。港町ラズーパーリの事件だ。」
と言った。
「ネレディウスもラズーパーリだし、教会の養子だと言ってたな。…良かった、きちんと辻褄があってる。」
とアダマント。
俺も良かったと思ったが、何が良かったのかは、お互い確認しなかった。飄々としたアリョンシャ以外は、みな同じ気持ちだっただろう。
「それにしても驚いたね。アイカバーの下に、あんな顔が隠れていたなんて。」
ギルドの青年が去った後で、アリョンシャが感想を漏らした。
「アイカバーがなければ、もっと早く気付いたろうにね。」
事情を知らないアダマントがアリョンシャに説明を求めた。俺は俺で、カントバーデの誤解も解いておかないとな、とのんびり考えていた。
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