1 .再会 (3) (ルーミ)
ホプラスの夢を見ていた。手を繋いで、崖に向かって逃げていた。崖にはぼろぼろの吊り橋があって、いつもなら渡るなんて考えもしない。だが、その時は違った。振り切ったものの、背後にモンスターが迫っているし、ここを越えたら、たぶん早く街道に早く出られる。
ホプラスが、試しに最初に一歩踏み出したが、10歳の子供の体重は支えきれず、橋は容赦なく落ちた。
俺は彼の手を引っ張り、滑り落ちるのを必死で止めた。だが、切れた綱や外れた木片がぶつかり、俺は手をはなしてしまった。ホプラスは吸い込まれるように、崖下に落ちていく。
いつもはそこで終わった。だが、今は何故かホプラスがいた。目元はアイカバーで見えない。
「ホプラス…」
声をかけると、微笑んだ。カバーで見えなかったが、確かに笑った。
「ごめんね…離してごめんね…」
ホプラスは優しく俺の頭を撫でながら、
「そばにいるから、ゆっくりお休み。」
といってくれた。ホプラスが生きている。生きて、俺を許してくれている。俺はホプラスに抱きついたが、その途端、重力が逆転したようになって、気が付くと、俺は床に横たわり、脚の間には、黒づくめの男がいた。
俺は条件反射で、その男の胸をけとばした。だが、それで意識がはっきりした。
「ネレディウスさん!」
まだ少しくらっとくるが、俺は慌てて、とにかくありったけの言葉で謝罪した。ネレディウスは、かなり苦しそうだったが、
「その様子じゃ、足は大丈夫だね。」
と努めて明るく答えてくれた。
最初は、脚がもつれて歩けないのだと思った。負担がかかって、それで息が苦しい。だが、空気が少なくなっているせいだと気付き、マスクをとった。反動で濃い霧を一気に吸い込んだ。
ネレディウスはその話を聞いてから、俺の空気タンクが、空になっていた事を教えてくれた。そう言えば、俺より体格のよいカイルが「結構重い」と言っていたのに、俺は「結構軽い」と思った。
「君達三人の防護服、修理か廃棄予定だったのが、手違いで支給されたのかな?地図も古かったよね。通信機もないようだし。解毒剤は持ってる?」
「通信機は三人で一つ、カイルが持ってたから…解毒剤は確かロテオンが預かってたかな…。」
うろ覚えだった。俺が持ってないし、通信機はカイルだから、たぶんロテオンが持っているだろう、程度だ。…解毒剤がないのに、俺はなんで直ぐに意識を回復したのだろう。
思い出してみる。倒れて意識がなくなる前、ネレディウスが自分のマスクを俺につけてくれたのをなんとなく覚えている。口の中が甘苦い。薬の味だとしたら、彼は俺に、自分の分を使ってしまったのではないか。
尋ねると「僕は水魔法使いで、耐性があるから、ある程度までは平気だ。それにもうじき聖魔法使いもくるから。」と返事が帰ってきた。
「心配してくれてありがとう。」
と頭を撫でようとした手を、
「あ、ごめん。」
と引っ込めた。
「その、さっき、死んだ友人の話をしたよね。生きてれば、君と同じくらいの年だったから、つい。」
ひょっとして、口説かれているんだろうか。死んだ友人や身内に似てる、なんていうのは定番だ。そこそこ純粋だった頃は、引っ掛かりかけた事もある。ただ、そういう連中が、ごまかしきれない、妙にぎらぎらした嫌らしさが、この人にはない。うちの団長や副団長みたいな、子供好きなんだろうか。ロテオンみたいな世話焼きとか。いや、どっちかというと…。
「本当に、色々すいません!」
いたたまれなくて、改めて頭を下げた。
「防護服は頑丈だから、対して響いてないから、気にしなくていいよ。」
「それだけじゃなくて、さっきから、突き飛ばしたり、八つ当たりしたり…挙げ句にけとばして。」
「カイル君は、君の大事な仲間だったんだろ。それに三人一組はわかってたから、確認しなかった僕達も問題あった。…さっきの事も…あの状況じゃ、誤解されても仕方ないと思う。僕こそ、謝らないと。…もともとは、騎士仲間が、君に失礼な真似をしたのが原因だったんだろう。色々、ごめんね。」
ネレディウスは微笑むと、話題を変えて、
「ところで、アルコス隊は、団長も副団長も、王都の、『戦災孤児の人権会議』に出席中で、留守だよね。今回のクエスト、どういうルートで受けたの?」
と言った。
責任者不在の隊で、団体部門の少年兵に、クエストが来ることはまずないが、今回は、ギルドマスターの要請で、「簡単な採取の仕事だから、とにかく人数を」という話だった。ここにくる前日に決まった。先にギルドの個人部門と、騎士団にも募集をかけたが、思うように集まらなかった、と聞いている。
なのに、来てみたら採取じゃなくて威嚇。同じ隊からは他に六人きていたが、銃を使った事がある先輩が二人、ここの出身の先輩が一人いたはずだった。彼等は一日早く応じたので先に来ていたはずだが、合流する予定でいたが、ばたばたしてその機会はなかった。仲が良いから、自然カイルとロテオンと組んだが、九人で三チーム作るなら、先輩達と混ぜるのが普通だと思う。
俺は事実と自分の考えをネレディウスに話した。彼は少し考えてから、
「ギルドマスターと依頼主の間で、何か入れ違いがあったのかな。採取時期が過ぎてたから、慌ててただけかもしれないけど、それにしても…」
いい加減な、と続けたかったのだと思うが、そこで連絡が入り、後は通信機との会話にのっとられた。
俺は通話する彼の横顔を見ていた。顔色からすると、東方とコーデラのハーフのようだが、背が高いところを見ると、ラッシル系かもしれない。質問していた時、後ろ姿を見たが、髪は黒かった。確かカイルと同じ年と言っていた。ということは、ホプラスとも同じか。
ああ、そうか、この人、ホプラスに似てるんだ。あいつもラッシル系で、少し東方の血が混じっていた。だけど、顔立ちじゃない。もっと別のところで。だから、あんな夢をみたのか。
「ということだから、出発しよう。」
彼が通信を切って、笑顔で俺を見た。いきなりで、少し焦った。
「あれ、聞いてなかったのか。派遣された神官が、浄化装置も持ってきてくれたから、このあたりの霧が晴れたらしい。今なら、マスクなしで転送装置まで行けるよ。ただ外は日暮れだから、アイカバーは外さない方がいいって。」
ということで、連れだって外に出た。霧はなくなっていたが、夕方を少し過ぎて、かなり暗くなっていた。ただアイカバーのスコープは、霧の中よりも、闇の中の方が本領を発揮するらしく、不自由はなかった。
行きは主に下り坂だったが、帰りは上り坂になるので、少し歩みが遅い。
最初はネレディウスが俺の前を歩き、念のためにと銃を構えていた。だが、いつの間にか彼があとになった。
少し急な坂を上りきったところで、背後でネレディウスが短く叫んだ。続いて何か崩れるような音。振り替えると、彼の姿はない。
彼は崖下に落ちていた。とは言っても、人の背丈の二倍程だった、俺が通った時には急な坂道だったのが、彼が続けて通ったら、崩れてしまったらしい。
「大丈夫、滑っただけだから。手を貸して。」
俺は腹這いになり、右手を出来るだけ長く伸ばした。ネレディウスは多少固めの部分を足がかりにして少し上り、右手で俺の手を掴み、左手で土の出っ張った所を捕え、足で反動をつけて上ろうとした。
途端、彼の背後、俺の正面で霧が濃くなり、その中から、触手が数本現れた。うち一本は短い。
撃たなきゃ。だが、彼を支えたまま、左手で、背中の銃は取れなかった。
触手の動きは鈍かったが、復讐のためか、下方から濃くなる霧と共に、ネレディウスを狙ってくる。
離すもんか。今度は、絶対に。腕が抜けたって。
ネレディウスは左手で銃を取ろうとしたが、崖を上るために、背負っていたので、思うようにとれない。
「俺ので撃って!」
俺はなんとか、左手で止め具だけを外した。滑り落ちる銃を、彼がタイミングよく左手で受けとる。安全装置を素早く倒すと、体をねじるようにして、撃った。
触手の集団は、霧を残して逃げていった。
ネレディウスは敵が逃げたあと、触手がいい具合に崩した土を蹴り、上がってきた。俺は彼が上がりきり、「もう大丈夫だから、離してもいいよ。」と言うまで、彼の右手を掴んだままだった。慌てて離した。俺は崖の上にいたから霧は吸わなかったが、彼は吸ってしまった様で、耐性があるのに、しんどそうだった。木に持たれて、座っている。ガスには属性魔法の回復は効かない。何も出来なくて、ただそばにいる俺に、
「必死で助けようとしてくれたんだね。ありがとう。…ルーミ。無事で良かった…。」
と、微笑む。その話し方、その笑顔、思わず
「ホプラス…」
と呟いた。
言ってから、慌てた。もともとラッシル語で「最後の希望」という意味があるが、聖典や物語詩以外では、まず使わない。
質問されたら、四の五の言わず、正直に言おう。俺にも、名前は違うけど、貴方によく似た幼馴染みがいた。俺が手を離したせいで、彼は死んでしまった。だから、俺も、貴方が無事で良かった。
だが、俺の耳に入ってきたのは、
「何だい?」
と、くるはずのない「返事」だった。
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