暑さの“おかげ”? 暑さの“せい”?~水風呂に入ることになった凪佐とユイ~
ふと思う。窓の外からセミの鳴き声が聞こえてこないなと。
「暑いからな」
ここ最近は暑くなるばかりだと顔をしかめながら、氷いっぱいの麦茶をあおる。カランと涼し気な音がしたが、エアコンのグオングオンと唸る駆動音にかき消えた。
「……ユイのヤツは大丈夫だろうか」
ふと、恋人になってしばらく経った少女を思う。小柄で、しかし体力だけはあり余っているヤツだが、この暑さで体調を崩していないだろうか。
スマホで話すついでに確認を……ふんっ。
「女が脳裏にこびりついて離れない。少し前の自分に言っても信じないだろうな」
妙なことを考えるのは暑さのせいだ……“ピクリ”。無意識のうちにまぶたが震えた。
この反応は、やはり。壁の向こうに意識を向けてみれば、我が家に人の気配が近づいてくるのを感じ取る。間違えるわけがない、ユイのものだ。
「何だって、こんなクソ暑い日に」
恋人の奇行を疑問に思いつつも立ち上がり、食器棚からガラスのコップを取る。
ジュースでもと思ったが、糖分が入っているから逆に喉が乾くのだったか。緑茶やコーヒーもカフェインが入っているから同様。麦茶にするか。
氷をぎっしり入れて、紙パックの麦茶を注ぐ。あとは物入れからタオルを取り出せば、迎え入れる準備は完了だ。
「これでよし」
そうつぶやくと同時に、ピンポーンとチャイムがリビングに響く。ついたようだ。さっそく扉を開けに――ガチャガチャ、バン! ……そういえば、ユイのヤツには合鍵を渡していたな。
にしてもだ。返事もなく入ってきたのは百歩譲ってもいいとして。
「大丈夫だろうか」
いつも周りを振り回すヤツだが、扉をふくめて人や物を粗雑に扱ったりはしない。しかし、荒々しく扉を開いたのを見るに、どうやら、この暑さでだいぶ参っているらしい。
『――ぎさ、さ……』
ゾンビがうめくような声が聞こえてくる。それから弱々しい足音がリビングに近づいてきて――バタン!
やはりというか、少し乱暴に扉を開き、恋人である少女ユイが姿を見せた。
「アタシが、来たよぉ……あぁ、すじゅしぃ……」
「とりあえず飲め」
「うぅ、ありがとぉ」
「おっと」
麦茶を差し出せば、ユイはコップを取り落としそうになった。とっさに支えてやれば、俺の手を取ったまま麦茶をあおりだす。
「んくっ、んくっ、んんっ、んくっ……」
息継ぎもせず、必死に冷たい飲み物をあおるユイ。まるで、親鳥にエサをねだるひな鳥のよう。
実際、親鳥やらひな鳥という表現が当てはまるのだ。コイツの身長は148センチ、体重もスリーサイズも相応に小さい。まさにひな鳥だ。
で、俺は身長180センチ。細身だが、筋肉質。二人並ぶと、身長だけは親子だとよく言われたものだ。
「ぷはぁ! ふはー、生き返ったぁ」
「体力があれば、回復力も人一倍だな」
麦茶を一杯飲むだけで元気を取り戻した。いつものことながら、思わず恋人の身体能力に驚いてしまう。
とりあえず2杯目の麦茶をくれてやろう。
「ほら、コップ寄越せ」
「うん」
「……ほら」
「ありがと凪佐さん! んくっ、んくっ……んぅぅ、美味しい!」
分かる。夏は、冷たいというだけでごちそうだ。
さて、だ。リビングに置いてあるキレイなタオルを手に取り、一息ついているユイにかぶせる。
「わぷっ」
「汗拭くぞ」
「むごむごむご……」
わしわしと拭いていくが、あっという間にタオルは濡れタオルへと成り果てた。
「もごもごもご、ぷは! もぉ凪佐さん、女の子の髪は大事に扱ってよ」
「む、悪いな」
「もー、まったくぅ」
「……悪いと言えばだ。お前も、合鍵を渡したとはいえ返事をする前に入ってくるな」
「えー? 合鍵をくれたのって、遠慮せず入ってきていいよってことじゃないの?」
そういう意図もある。まぁ、たしかにそうだが……むぅ。
「親しき仲にも礼儀あり、という言葉を知らないようだな」
「えと、ごめんなさい……」
あぁ、しまった。口答えをしたうえ、吐いたツバを飲みたくないからと口にした言葉が、コイツをシュンと落ち込ませた。
「すまん」
「うぅん。返事もなく入ってきたり、扉を乱暴に開けたりして、ごめんなさい……」
頭を下げたユイを見たくなくて、思わず窓の外へ振り向く。あいかわらずセミの鳴き声は聞こえない。それほど、暑いのだ。
「この暑さだ……あぁ、そう、暑いな。だからしかたない?」
「…………」
「あー。その、だな」
「……ぷふっ」
「む?」
俺の勘違いか? 今、ユイのヤツ笑った気がしたが――
「ぷっは、あはは! 凪佐さん真面目すぎっ」
「っコイツ、この!」
「きゃぁ!」
「そんなに笑いたいんだったら笑わせてやる、たっぷりとな」
「あっひ、あははっ、くすぐっ、止め、ん、そこっは、んぁっ」
「っ」
ユイの艷やかなうめきを聞き、とっさに手を引っ込める。まずい、健全にじゃれあうつもりが変なところに手が滑ったせいでっ。
「あ、い、今のはなし! なしだから、イイネ?」
「あ、あぁ」
うつむいているせいで顔が見えないユイ。しかし、髪から覗く耳は赤くなっていて……はぁ。
すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。ヨシ、お互いのために切り替えねば。
「それにしてもだ。外、暑かったんじゃないか?」
「え、うん、だね」
「あー、そうだな。この炎天下の中、なぜに俺の家に来たんだ」
「それは……うん、そう。お家のクーラー、壊れちゃったからだね」
「それはまた、災難だったな」
そう言いながら真新しいタオルを手渡すと、ユイはふわふわのそれに顔を埋めた。赤い顔を隠すように。
「うぅん、ふわふわ、いい匂い……冷たい麦茶も飲めたし、やっぱり凪佐さん家に来て正解だったなぁ」
「そう言ってくれるのなら助かる……そういえば。お前は俺の家に来たが、ご両親はどこに避難したんだ」
「お父さんはお父さんの、お母さんはお母さんの実家に帰ったよ」
「おい……お前は、父親か母親のどちらかについていかなかったのか?」
おそるおそる聞けば、ユイのヤツは素直に「うん」とうなずいた。
いろいろと問いただしたいことが出てきたが、まず聞くべきはだ。
「俺は恋人じゃないのか?」
「恋人っていう、友達以上の関係だね」
「……そうか」
「ふふっ、安心した?」
「うるさい。でだ、俺の家に行くと言ったんだよな?」
「言ってないけど」
っはぁぁ……。
一人娘が健全な男子の、それも恋人の家に泊まるなどとご両親が知ったら、いろいろと心配するし、俺に色々とネチネチ問いただしてくるだろうな。
面倒だ。あぁ、面倒事は明日の自分に任せよう。
「ったく。なぜ俺の家に来たんだか」
「むぅ。恋人が来てうれしくないの?」
「それ、は」
その、だな。嬉しい、が、素直にそう返すのはナンというか、小っ恥ずかしいな……。
「むぅ、しかと? 言っておくけど、今から他の家に行けとかはなしだからね~」
「おい、待て、待て」
待てと言っている、あぁくそ。コイツ、エアコンの温度をガンガン下げていやがる。あ、風量を増すな!
「扇風機に当たれ。電気代がかかるだろうが」
「ふぅ、すずしい!」
「ったく、言うことを聞かない悪い子は――」
“ガッ、ガガッ”
「む?」
「え、何の音――」
“ガガガッ、ガガガガガガガガ!!”
「チッ。ユイ、離れていろ」
顔をかばいながらエアコンに迫り、コンセントを引っこ抜く。途端、電気の供給が絶たれたエアコンは動きを止めた。異音もまた、しなくなる。
「はぁ。大丈夫かユイ……ユイ?」
背中のユイに声をかけるが返事がない。
どうしたのかと振り返れば、なぜだかうつむいていた。こころなしか怯えているように見える。
「ユイ、大丈夫か?」
「……たの」
「なに?」
「壊れ、ちゃったの?」
「そうらしいな」
返事をしてから、言い方がストレートに過ぎたなと後悔する。
上目遣いにこちらの様子をうかがうユイの目からは、罪悪感と怯えがあふれていた
「う、うぅ……ごめんなさい凪佐さん、エアコン、壊し、ちゃって……」
壊れたぐらいでそんなに怯えるな。そう言いかけたが、この暑さの中、生命線であるエアコンを壊すのはかなりの重罪。それが分かっているからこその態度だろう。
俺は「ふぅ」と一つ息をついてから首を横に振る。
「温度を下げただけで壊れるとしたら、今日の夜にでも壊れていたんだろうさ。気にするな」
「だけどぉ……」
ったく。
ただでさえ小柄なのに、余計に縮こまっているユイの頭にポンッと手を置き。汗でベタベタしているのを気にせずになでてやる。
「気にすることはない、安心しろ」
そう声をかけながら、しばらく。次第にユイは目をつむり、うっとりとしだす。なでられるだけで気が紛れるとは、我が恋人ながら単純すぎないだろうか。
「……コレを使えば、もしかしたら凪佐さんは……」
「どうした、ユイ?」
「えっ、な、なんでもないよ。ありがとう、凪佐さん。それと、ごめんなさい」
「さっきもいった通り、壊れる運命だったんだ。ほら、暑くなる前に図書館かどこかに行くぞ」
「あ、うん、そうだね……でも、そういうことはお家で……」
「どうした?」
涼みに行くぞと提案すれば、ユイは何やら考え出した。他に妙案があるのだろうか。
あぁ、なるほど。
「汗で濡れた服で人前に出るのはイヤか?」
「え? そういうわけじゃないけど」
「そうなのか? まぁ、汗をかいたんだ。この前置いていった服に着替えてこい」
「いや、そうじゃ、なくてね?」
そうじゃなくて、何なんだ。もじもじするヒマがあるなら答えろ、こうしている間にも冷気が逃げているのだから。
「……ぇに」
「なに?」
「家に、いたい。だめ?」
「ダメだ。クーラーが壊れた家に引っ込んでいたら熱中症で死ぬぞ。これはマジの話だ」
強く念を押す。これで慌てて動き出すだろう。さて、出かける準備を――
「……水風呂」
「む?」
「水風呂に入ろうよ! うん、これなら外に出ず涼めるね」
「はぁ?」
こいつ、いきなり何を言い出すんだ。水風呂……お風呂、だと?
「準備してくるから!」
「あ、おい!」
止めるよりも先に、ユイは部屋を出ていってしまった。
それからすぐに、給湯温度を下げただの、給湯しだしたとの音声がリビングに響いた。
ったく、個人宅の風呂には一人で入るものだろうに。暑さで頭がやられているのか……まさか。
「二人で入るつもりなのか?」
そんなわけ……いや、ユイはそのつもりなのだろう。
「…………」
ふいに、ユイの小さな体を思い出し。
「傷つけ、たくは……」
自分の巨躯を見下ろした。
◆
「はい、はい……分かりました。ではそのように」
汗で画面が汚れたスマホをソファに放り投げ、「はぁぁぁあ……」と深く深くため息をつく。汗でシャツが張り付いて気持ち悪い
「修理が来れるのは月をまたいでからか」
もはや部屋はサウナのよう。この状態で日常生活を送っていればまず熱中症で死ぬ。避難先を見つけねば、はぁ。
「ふんっ、エアコンが必要になる前に点検しなかった俺の末路か」
などと悪態をついてみるが、部屋の温度が下がることはない。
「暑い……」
「凪佐さん準備できたよ! うわっ、さっきまでエアコンついていたのにもう暑い」
あぁ? あー、そうだ。ユイが水風呂の準備をしていたな。
というか、やはり二人で入るのか。さすがにお互い裸のわけないよな。
「水着はあるのか?」
「え、ないよ。だから、バスタオル巻こうかなって」
は、は? こいつは本気で言っているのか? ただでさえ健全な男子と同じ風呂に入るくせに、身にまとうのは薄っぺらいバスタオルだけだと?
「はぁぁ……」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「ふぅん。ほら、暑いんでしょ? 水風呂入ろっ」
あぁ、分かったわかった。だから引っ張るな。
二人でリビングを出て、むわっとした熱気をたたえる廊下を歩き、風呂場へ。
「服脱ぐから、入ってこないでね?」
「はいはい、分かったからとっととしろ」
洗い場に入っていくユイ。少ししてスルスルと服を脱ぐ音が扉越しに聞こえてくる。
「むぅ」
恋人が板きれの向こうで裸になっていると思うと、こう、来るな。
「むぅ……」
これは、誘われているのではないか? いや、だがもしユイが、そう、そういう気分でなかったら、しかし……
『はい、次いいよ!』
「あ、あぁ」
雑念を振り払い扉を開ける。ユイはおらず、半透明の浴室ドアの向こうでシャワーを浴びていた。
少し残念に思いつつ服を脱ごうとして、とっさにソコから視界をそらした。視界の端に入った洗濯かご。そこにはユイがさっきまで着ていた服があり……なぜか、一番上に下着が置かれていた。
…………。クソッ。隠しておけよ。苛立ったせいで剥ぎ取るように服を脱ぎ、バスタオルを腰に巻いて風呂場へ入る。
「っ……」
思わず体が固まってしまう。半透明の浴室ドア越しに、ユイがシャワーを浴びていると分かっていたはずなのに。
ユイのヤツは風呂場でもバスタオルを巻いていた。そのバスタオルは、水気のせいでぴっちりと肌に張り付いている。
布地は若干透けており、日に焼けた素肌がうっすらと見えて……。
「凪佐さん? ……ふぅん」
「なんだ、その目は」
「ふふんっ、目が血走ってるよ。そんなにアタシってセクシー? あはんっ」
「とっととシャワー変われ」
「っ、うん」
おっと。苛立ちを抑えたつもりだが、少し漏れてしまったらしい。肩をふるりと震わせたユイはシャワーヘッドを押し付けてくると、慌てて浴槽につかった。
「あ、あー、んん、ちょうどいい湯加減! いや水加減? だね!」
何かをごまかすようにバシャバシャしているユイを横目にしつつ、俺もシャワーを浴びる。あぁ、ベトベトした汗が流れていくし、火照った表皮も冷えていく。心地、いい。
「凪佐さん、メインは水風呂なんだよ。早く、早く!」
「あぁ」
そういえばそうだった。シャワーを止めてから浴槽へと振り向く。
「もう少し端よれ」
「はいはい」
ユイが端によったのを見てから、俺は空いたスペースにつかった。
「ふむ……」
思わず感心してしまうほどのちょうど良さ。熱中症にならない程度の冷たさで、しかし腹を壊すほどじゃない温かさだ。
「水だけを入れたわけじゃないのか。いい判断だ」
「でしょ?」
「あぁ」
ぱしゃりと顔に水をかぶる。クーラーとも違った夏の風物詩だ。
「凪佐さんのお家、お風呂はやけに大きいよね。こうして横に並んでもいくらか足を伸ばせるし」
「ふぅ……」
「凪佐さん?」
「あ? あぁ。風呂は心の洗濯だからな。布団と合わせて気にかけている」
そう答えれば、ユイは感心したように何度もうんうんうなずく。
「たしかに、凪佐さんのベッドってふかふかで肌触りも良かったなぁ。ちょっと横になるつもりが、つい寝ちゃったのを思い出したよ」
「あぁ、あの時は枕によだれを垂らしやがったな。意外と臭くなるんだぞ」
「ぶーぶー。乙女心をまた傷つけた」
「なら、よだれを垂らすな」
「はーい……お休みに力を入れるのって、大変なお仕事してるからだよね」
ユイはそう言うと、ピタリと肌をつけてくる。しっとりとした髪と肌が触れて、香水やら石けんやらユイ自身の匂いやらが、鼻の奥をくすぐってくる。
むずむずと、下腹部に血が集まってくる……小さく細い肩を見下ろして、俺は頭を振った。意識を集中させて、煩悩を――
「お疲れさま、凪佐さん」
「…………すぅ、はぁ……」
落ち着け、俺。落ち着け、落ち着くんだっ。
「凪佐さん?」
「なんだ」
「あぁ、いや、その」
なんだ、なにを戸惑っている。
ユイのヤツはしばらく目線をしどろもどろさせていたが、一呼吸すると、出窓に置いていたものを手に取った。
「ほら、ジュースやお菓子買ってきたんだ、食べよ?」
「あぁ」
風呂で飲み食いか。下手するとお湯が汚れるからやったことはないが、何事も試しだ。
「まずは甘じょっぱいものをー。うわ、塩チョコ溶けちゃってる」
チョコが印刷された袋を開けたユイだが、中を見てうめいた。
ふんっ、腹に入れれば関係ないだろう。横から袋の中に指を入れて、むぅ。
「ふふっ、ベチャってしたでしょ?」
「ふんっ。む、その黒こしょうのポテチ、開けてくれ」
「はぁい、ジュースはなに飲む?」
「ジンジャーエール」
「やっぱり。はい、いつもの」
氷をコップに入れ、ジュースを注ぐユイ。手際いい所作に、手料理を配膳するのも慣れたものだったなと思い出す。
コイツは、いいお嫁さんになるだろうな。
「ん、どうしたの見つめて。あ、なるほど……見惚れちゃった?」
「あぁ、惚れ直した」
「っ……もうっ」
「ユイ?」
「ほ、ほら、凪佐さんがキネマで見たかったって言ってたの! 一緒に見よ」
何やら慌てだしたユイは、ごまかすようにタブレットの用意をしだした。
……我ながらキザなセリフだが、コイツには効くらしい。
◆
ユイが選んだ映画はロボットもの。去年、俺が見たいと思っていた作品だ。
「凪佐さん、お仕事が忙しくて見れなかったでしょ?」
「だから選んだのか」
「うんっ」
「そうか、感謝する」
「えへへ、どういたしまして」
ユイとやり取りしているうちに映画は始まり、早速目玉となるロボの戦闘が流れ出す。
「このロボット、格好いいな」
「アタシは丸っこくて可愛いと思うけど」
「なるほど、そういう感想もあるのか」
ロボの動きと、主人公の緊迫した雰囲気で可愛いなどという感想は浮かばなかった。
戦闘は終始主人公の劣勢で進んでいき――
「わわっ!?」
「っ……」
主人公が凶弾に倒れたところで、ユイが悲鳴を上げて腕に抱きついてきた……やわらかい、いい匂い。
下腹部が、うずく。
「あ、その、ごめんなさい」
「いや。はしゃぎすぎて、タブレットに水をかけるなよ」
「うん……あ、この俳優さんカッコいい!」
気を取り直すようにユイがタブレットを指差す。主人公の同僚となる男のようだが、少々、軽薄過ぎないか?
「…………」
「どうしたの?」
「いいや」
「ふぅん。って、画面見えないよ!」
言われて、ユイの眼前に肘をついていたことに気づく。
はぁ。画面の男に嫉妬するとか、さすがに見境がなさすぎるぞ俺。
「もぉ。あ、そういうこと。ふふっ」
「なんだ」
「凪佐さんが一番だよ」
っ、くそっ。
「映画に集中しろ」
「うんっ」
それからも映画は続く。主人公は死ぬたびにループし、そのたびに失敗を補って成功していく。気づけば英雄扱いだ。
そんな彼に言い寄る女は星の数ほどあれど、彼は一人の女性しか愛さなかった。
で、だ。健全な成人男女の付き合いといえば……。
「わ、わ」
今、画面にはベッドシーンが流れている。ユイは口元に手を当て何やらうめいていた。
……おい。やけに生々しいし、長いぞ。この映画監督はAVでも撮っているつもりなのか?
「ねぇ……」
そっ、と。ユイが俺の体に手を伸ばしてくる。
ゴクリと、俺はその所作に生つばを飲み込み――ユイの小さな体を見下ろして、とっさにその手を弾いた。
「っ、なんで」
「そう、だな。そういう気分になれば、俺はお前に手を出す」
考えろ、考えるんだ。年の割には小さく幼気なコイツを傷つけない言い訳を。
「そうだ。エアコンを壊した謝罪のために肉体を差し出す、そういう発想は嫌いだ」
「…………バカ」
「なに?」
唐突に人を罵倒したユイ。どうしたのか怪訝に思っていると、彼女はタブレットの電源を消して黙り込む。
「…………」
「…………」
お互い、何も言えずにいる。いや、ユイのヤツ、モゾモゾと何やら動いてっ、っ!?
「お、おい!」
「いいからっ」
なにがいいんだ! なにを、俺の腰の上に乗ってくるんだ!
「だから、肉体を差し出す必要は」
「……バ、……」
「なに?」
「っ、バカ! 散々誘ったのに、何で襲ってくれないのさ! 言い訳までっ、してさぁ!」
「ぐふっ」
ボスッ! ユイが胸元に後頭部をぶつけてきた。肺から空気が叩き出され、視界が一瞬黒ずむ。
「もおぉ……どうせ、コイツはそういう気分じゃないとか決めつけて襲わなかったんでしょ?」
「っ、なんで分かるんだ?」
「分かるよ。凪佐さんが優しいことも、アタシを傷つけたくないって、いつもいつも考えていることも」
……俺の身長は180センチで、ユイは148センチ。体格差がありすぎて、情事に及べばユイのことを苦しめてしまうばかりか、最悪体を傷つけてしまう。
だからこそ、“ユイがそういう気分じゃないから”やら“エアコンを壊したが、気にすることはない”とか言い訳して獣欲を抑え込んできたというのに……!
「ユイ、あのなっ」
「今日、凪佐さんとシたいから来たんだよ」
「っ」
「それに……」
「なん、だ?」
恐る恐る聞いてみれば、ユイは俺の目をじっと見つめてくる。その琥珀色の瞳はうるみきり、熱に浮かされていた。
「凪佐さん、アタシを傷つけないように優しくシてくれるけど、それだともどかしいんでしょ?」
「っ……」
「だからね。エアコンを壊しちゃった時は、ごめんなさいって思ったのと同時にしめたって思ったの」
「……なぜ」
「おしおきと称して本気になってくれたらなって。そう、期待したから」
「」
あー、コイツ、コイツ……いいんだな。いいんだよな? お前を傷つけないように欲求を抑える、そんなもどかしい情事におよばなくても、いいんだよな?
「なぁ、ユイ」
「うん、なにっんぅ!?」
その小さい唇に噛みつく。
柔らかくて、チョコレートの味がした。
「んむっ、む、ぅう……」
「…………」
「ん、んんぅ、んん!?」
「…………」
「んんん~~! ぷはっ。はぁ、はぁ、はー……凪佐さん、がっつきすぎ……」
「ユイ」
ガシッと、その細い肩を掴み、見下ろす。決して逃さないよう、その琥珀色の瞳を睨みつけた。
ユイは全身をふるりと震わせた。顔は熱にうなされたのか、真っ赤に染まっていく。
再び、その口を塞いだ。
◆
グオンとエアコンがうなれば、部屋を心地よい涼しさにしてくれる。
「エアコン、直って良かったね」
「一時的なものだろうがな」
二人、裸体に1枚のシーツをかけて。夜明けを眺めながらカフェオレをすする。
「凪佐さん、結局優しくしてくれたよね。本気でシても良いって言ったのに」
「それをしたら物理的に傷つけてしまうだろう。衝動を完全に解放することは絶対にない」
「……うん。凪佐さんに食べられる、貪られる? のは幸せなんだけど。アチコチ痛いから、やっぱり遠慮します」
「それでいい」
「……凪佐さん」
「なんだ」
「涼しくなったら、どこか行こ」
「あぁ」
身長180cmクーデレ溺愛青年×身長148cm天真爛漫少女のイチャイチャ日和 尾道カケル=ジャン @OKJ_SYOSETU
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