フラワー

@llaavveennddeerr

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 好きな人がいるんだけど、相談してもいい?

 私は二つ返事でうなずいた。恋バナに餓える乙女だったから。

 

 三組の人でね、小学校一緒だったんだけど……―――。

 その子と私は別に親友ってわけでもない、ペアを作るときにはなんとなく、まずその子に視線でお伺いを立てるくらいの関係だった。それにはやっぱり一学期に席が隣だったのが大きかった。

 ああでも、二人だけで遊びに行ったこと、そういえば一回もなかったな。

 昼休みの図書室の、隅っこの大きなソファに二人してくっついて座って、小さな声で秘密の話をした。あのとき私はどんな顔で笑っていたんだろう。

 

 「告らないの?」

 言い慣れた問い。

 「うえぇ、でも、中学入ってから全然喋ってないし、向こうは私のこと、絶対そーいう風に好きじゃないしー」

 「そーいう風に」じゃなければ、好かれてる自信はあるんだ、と思ったけど、もちろん口には出さない。

 「大丈夫だって、あんためっちゃかわいいんだから」

 「やだぁ、そんなことないー」

 そう照れる顔がまんざらでもなさそうだったのを、私は知っている。

 「告っちゃいなよ」

 「んんー。振られちゃうよ」

 「いけるってー」

 時間をいくらでも忘れた。

 そして最後はお決まりのあの言葉で終わるのだ。

 「絶対誰にもいわないでね」

 んふふ、と笑った声がとてもまろかった。

 あの告白、結局どうなったんだろう。


 告白の言葉、けっこうまじめに考えたんだよね。

 「やっぱまずはストレートに『好きです』じゃないかなあ? うわ、考えただけで緊張する」

 「ずっと前から、って言った方がいいかもよ。好感度的に」

 「あっ! あざといやつだー」

 やだあー、あはははっ。

 笑いながらの帰り道は、いつも美しい夕日がさしていたように思う。なにも傷つけない、やさしい光にお祝いされていたんだ、きっと。

 

 練りに練った言葉は、三分超のスピーチになってしまって、私たちにこんな文才があったのかとまず驚いて、削るのがまた大変で、でも楽しかった。

 あの子も私もいつもきゃらきゃら笑っていた。一体なにがそんなに楽しかったんだろう。いま同じことを繰り返せるとして、私はまた同じように笑えるものなんだろうか。

 文字に起こしたその言葉を、私たちは眺めていた。

 「あー、ははっ。なんでこんなに長くなったの。こんなに覚えられないって」

 「もうラブレターに書いちゃいなよー」

 そんな話をしたのが、多分夏休みに入る前の七月。あんまり暑くなかったな。プールの後だったのかもしれない。セミがしゃわしゃわ鳴いていた。

 「えー、うちのげた箱フタとかないじゃん。無理だよ~」

 

 どうにかまとめた告白の言葉。宝物の言葉。言葉があんなにキラキラしているように思ったのは、あのときだけだった。

 あの言葉たち、使われる日はあったんだろうか。



「好きだよ」

 テレビ越しに聞く声は、昔と変わらないけど、やっぱり昔とは別物なんだと感じる。

 テレビ越しだからだと、思っておきたいけど。

 ひとことお願いします、と差し出されたマイクを、白い指が握っている。

 「みんな、大好きだよ。いつも応援ほんとにありがとう。この間の、……――――」

 いつか二人で考えたのよりも、よっぽどよく考えられた、わかりやすい、美しい言葉が並べられる。

 好きです、の言葉に精いっぱいになっていた姿は、もう過去になっていた。

 わあ、きれいな笑顔。

 瞼を閉じる。一面のオレンジ色。

 万人への愛の告白をききながら、外では夕日が沈んでいた。

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