インターバル

第23話 良くはない

 

 千早家から帰宅後、晩夏の夜風では余韻がまだ抜けきらなかった。

 だが、両親からは「今度ちゃんと手土産とか持ってってね」と言われた程度で特に言及もなく、道中考えていた誤魔化し文句の出番は無かった。

 やはり我が家の放任主義の方が落ち着く自分がいる。


 一日の疲労と熱をシャワーで洗い流し、今日の走りをまとめようと自室へ向かう途中で妹の穂香と鉢合わせた。いや、待ち伏せされていたという方が正しいか。なにせ僕の部屋の扉に寄り掛かって退屈そうにスマホをいじっている。


「ねぇおにい、明日って高校も午前で学校終わりだよね?」


 穂香は顔を上げることもなく、忙しなくフリック入力をしながらぶっきらぼうに聞いてくる。中一の頃にテストの成績が良かったから買って貰ったスマホはこの一年ですっかり彼女の身体の一部と化している。


「そうだけど、どうかしたか?」


「別に。アタシも部活休みだし、お昼ご飯一緒にどっか食べに行ってあげてもいいかなーって。ほら、こことか」


 言いながらずいと見せてくる画面には、いかにも若い子が好きそうな洒落た外観のカフェの写真が表示されている。妹同伴と言えど自分がこの空間に居る光景は想像し難い。

 それに、ちょうどさっき千早さんから明日も家に来るように、という趣旨のメッセージが来ていた。


「すまん。学校終わりでそのまま友達ん家行く予定なんだ……小遣いやるから友達と行っておいで」


「友達の家……ここ二週間くらい毎日のように行ってるよね。たしか勉強教えてるんだっけ?」


 勉強それは、流石にRTAがーとか、余命半年の子のーとか、そういう込み入った話が出来ず、渋々作ったカバーストーリーだ。

 家族を騙しているのは罪悪感があるし、最近自分が嘘下手という事実を突きつけられたばかりだし、そろそろボロが出てもおかしくは——。


「それ、ほんとは彼女でしょ」


 どうやらもう出ていたらしい、ボロが。


「ゲホッ! なんだ急に……彼女ではないぞ?」


「“では”? その感じ、女子ではあるんだ。ふーん、あのお兄がね。アタシは別に良いけど、ママが知ったら結構面倒になりそうだね。女子と毎日遊び歩いてたなんて知ったら。別に良いと思うけどね?」


 穂香はこちらを追い詰めるように、淡々と続ける。尋問をする刑事のような雰囲気だ。

 小学生の頃はもっと素直で可愛げがあったのに、すっかり生意気になってしまった。そういう時期にしては大人しい方なのかもしれないが。


「あの、穂香さん……何がお望みで?」


「えー? 急にどうしたのー? でもそうだなぁ、アイスとか食べたい気分かもなぁ。ちょっと良いやつ」


 とりあえずご機嫌とりでもしておこうと思ったが、想像以上にノッてきた。語尾にハートが付いてそうなわざとらしい猫なで声だ。

 穂香はその声のままさらに一歩こちらに詰め寄って続ける。


「でもそれ以上にお相手のこと知りたいなー。お兄って他人に興味ないと思ってたし、陥落させたのがどんな人か知りたい。写真とか無いの」


「写真はないかな。それに別に普通の人……ではないけど、いい人……なのか?」


「え、お兄それ大丈夫? 実在してる?」


「してるわ。確かに全体的に現実味は無い人だけど。千早さんっていう、とにかく尊敬できる人だよ」


 そこまで話して、“穂香には全部話してもいいんじゃないか?”という考えが浮かんだ。

 ゲームやらRTAについても両親よりは理解してくれるだろうし、そもそも別に悪事を働いているわけでもないのだから絶対に秘密にしなきゃいけない訳でもない。


「千早さんは——」


「ま、別にいいけどさ。アイスは明日の帰りにでもよろしく!」


 こちらの声を遮ってそれだけ言うと穂香は自分の部屋に入っていってしまった。まぁ兄の人間関係なんてさほど興味もないだろう。


「別にいいけど、って口癖になったのかな」


 ただ、やけに連発していたその文言だけが少し引っ掛かった。

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