第20話 壁は壊すもの


「ふぅ……ラスト、行くよ」


 ロードの間、千早さんは二度の深呼吸で気を引き締める。僕も背筋を正し、彼女のプレイ画面に意識を集中した。


 全てのステージをクリアした後、プレイヤーは再び第一ステージの王城に戻り、最奥にて待ち構えるモノと相対することになる。

 その道中を護る敵の攻撃は苛烈で、配置も数も本気で城を防衛する構えだ。RTAでまともにそれらの相手をすることは無いが一瞬の油断が命取りになるのは変わらない。


「いける」


 無意識に僕の口からは勝利への確信が漏れた。だがおそらく千早さんには聞こえていない。それだけ今の彼女は極限の集中状態に入っているというのが、敵の隙間を走り抜けるコントローラー捌きからも伝わってくる。

 全ての敵を躱して最短最速でボスの下へ。こいつは僕が初めて彼女のデビソを見たときに戦っていた大剣使いの騎士——彼女が得意な真っ向勝負なボスだ。


「——よし、大丈夫。大丈夫!」


 そのボスも難なく倒し、さらなる深部へ。

 そこにはこの国を統べる身でありながら悪魔を解き放った元凶、つまりラスボスが居る。


 モーションが速く、剣士のくせに斬撃を飛ばしてくるし、ボス部屋ほぼ全域を覆う全体攻撃まで使ってくる間違いなく本作最強のボスだ。


 と同時に、千早さんが一番得意なボスでもある。


 曰く『最新ソフトやってるとこれくらいのスピード感の方が戦いやすい』と。

 などと思い返している間にもう敵の体力は半分を切っている。

 相手が大技の溜めに入れば打つのが早い魔法で妨害、突進攻撃は最小限の動きで避けてこちらの大技を当てる——全ての動きに解答が用意されていて、今の彼女がそれをミスするわけがなかった。


「よしっ!」


 ものの二分程でボスは力なく消滅していく。あとはエンディングまで殆どウィニングランだ。半分イベント戦のような戦いが一つあるがそれもアッサリと済ませ、エンディングのムービーが始まった瞬間——。


「タイマーストップ! タイムは!?」


 タイマーを止めると同時に、千早さんがコントローラーを半ば投げるようにソファへ置き、こちらに歩み寄ってくる。


「タイムは……えっ」


「なになに? 私的には結構いい感じだったと思ってたけどもしかして全然——え」


 僕らは画面端に映ったタイマーを見て思わず硬直してしまった。

 確かに目立ったミスも殆ど無く、苦手だったステージも克服した。色々変更をしていく中で少しチャートになっていたとも思う。


「【51:33】って、かなり……え、何位ですか」


 しかしこの結果はあまりにも、良すぎた。


「や、やったー!!」


 まだ頭が整理できず混乱する僕の横で千早さんが両手を天に突き上げたと思ったら、僕の身体に思い切り抱きついてきた。


「ちょ、千早さん!?」


 気持ちが昂って抑えられないのか、彼女は頭をぐりぐりと押し付けるように全力で抱きしめて離れない。

 今日まで同じ部屋で長い時間を共有しながらも保っていた彼女との距離、というか壁が一瞬で壊されてしまった。


 そして困ったことにじわじわと記録更新の喜びが湧いてきていることもあって、彼女を強く拒絶できない自分も居る。


「だって私、何週間も停滞してたんだよ。短縮できても一桁秒ずつとかで。それなのに五十三分の壁どころかさらにもう一分も短縮出来ちゃった! これって本当に凄い事なんだよ!?」


「分かりますけど! 興奮抑えて、あと離れて……!」


「無理無理! 今脳汁ヤバいから。あ、なんか涙も出てきた。もー、ほんとに悠生くんのおかげだよー!」


 涙まで流して喜んでいるのに水を差すのは気が引けるが、しかし病気のこともあるし、でもこっちだってハグじゃなければ一緒にはしゃげるくらには嬉しいし——というか、別にお互い下心がないのだからハグくらいいいのではないだろうか? この二週間、僕らは二人三脚で頑張ってきたのだ。そこには確かに絆が芽生えたし、努力は実を結んだ。むしろ僕の方がおかしいのかもしれない。


 色々な種類の感情が押し寄せて頭が完全にパニック状態だ。僕の両腕は今の精神状態を反映したように彼女の背中の上で宙ぶらりんになっている。

 彼女は依然として高揚のままに僕の胸におでこを擦り続けている。


 どうしたら——と、そのときゲーム部屋の扉が勢いよく開いた。


「シロちゃんただいまー! なんとパパ早帰りできたから一緒にゲームでも……って誰だ貴様!? 何を抱きしめようとしている!」


「あらあらあら、今晩はお赤飯かしらー?」


 あ、終わった。


 鬼の形相でこちらに向かってくる千早さんの父親と、対極に何故か嬉しそうな母親の姿を見て、僕の頭は完全にショートした。

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