第19話 葛藤

 

 デビソのステージはまず“病谷”や“王城”といった大きな区分があり、その中でそれぞれ三段階の深度がある。


 谷①は足場の不安定な上層。朽ちた建物や頼りない桟橋を渡るプレイヤーを奈落の底へ突き落とそうと敵が動いてくる。

 前までの千早さんはここでの事故が非常に多かった。


『私本当に運悪くて悉く悪いパターン引くんだよねー』


 敵の動きは完璧にパターン化することが難しく、悉く道を塞がれたり敵の予想外の挙動に操作が乱れたり……彼女の言葉通り不運由来の失敗が目立っていた。

 だが、それも過去の話。


「残滓タイミング取ります。さん、にー、いち、ハイ」


「おっ……けぃ、ナイスコール!」


 運が悪いなら極限までその要素を排除する。

 投げた先に敵を誘導するアイテム、“ソウルの残滓”によって明後日の方を向いた敵は千早さんに道を譲る。

 コントローラー操作に集中を割くため、僕が残滓のタイミングを指示するのも区間練習で何度もやった事だが、いざ本番となると声が震えそうになった。

 

 ——考えたことが上手くハマるのってこんなに嬉しいのか!


 自分でプレイしているわけでもないし、まだ道中の難所を一つ越えただけだ。それなのに僕の口角はどうしようもなく上がってしまう。


「痛ぁい! 君普段は大人しいじゃん!」


「えぇ……運が収束した」

 

 練習のときには一切邪魔をしてこなかった敵が変なところから出て、千早さんを突き飛ばした。どうやら僕は彼女の不運を軽く見ていたらしい。

 谷底に落とされたり袋叩きにされていないのは不幸中の幸いか。


「一撃分、窮鼠調整の手間が減ったと考えましょう。大丈夫です。普段通りに喰らわないように注意を」


 元々ボス戦では“窮鼠の指輪”という体力が三割を下回ると攻撃力が上がる装備を使うために体力を削る必要がある。それもあって本当に問題ない一撃なのだが、彼女の集中が乱されていないかだけが心配だ。


「ふぅぅ。そうだね。ありがと」


 返答もゲームの操作も大きな動揺は見られない。

 その後のボスは操作ミスさえしなければ安全地帯から魔法を打ち続けるだけで、集中状態の千早さんにとっては障壁にならなかった。もう大丈夫だと示すような完璧なボス戦だった。


 そのまま彼女は谷②へ突き進む。ここは辺り一帯広大な毒沼が広がり、毒の状態異常は必至でさらに移動も制限される。沼を横断してもまた①と同じ敵が道を塞いでくる。

 毒は上手く利用すれば窮鼠状態に手軽に入れることができるし、沼の移動制限は武器交換をし続けると減速がマシになる仕様でなんとかなる。敵に関してもまた残滓を投げれば問題はない。


「ここのボスほんとに弱くて助かるねぇ」


 ステージ自体が長い上に対策が無いと厳しいからか、ここのボスは彼女が思わず和やかな声を出すくらい弱い。

 対策を万全にしていれば問題はない。


 そして、全ての毒と穢れが淀む最深部である谷③。

 各ステージの最奥にはその土地を象徴するようなボスが待ち受けている。だが、この病谷は少し特殊だ。


〈私はアナタの道行を害しません。だからどうか、ここから立ち去ってください〉


 谷底に不釣り合いな神殿に入ると、可憐な少女の声が聞こえ始める。RTAだから当然飛ばすが。

 ムービーでは猛毒を一身に受けてなお美しいブロンド髪の聖女アストラと、イカした鎧に身を包んだ守護騎士のヴィルムガルドが姿を現す。当然スキップ。


 聖女は病谷の毒や穢れをその身に請負い、打ち捨てられた者達のために祈りを捧げ続ける。守護騎士はその行動に呆れながらも自らの責務を全うすべく彼女を護る。

 彼女らはこれまでの悪魔達とは毛色の違う相手だ。本来プレイヤー達は彼女らを倒すことが本当に正しい事なのか、少なからず葛藤することだろう。


「いやー、この裏道を見つけ出した人にノーベル賞をあげたいね」


 だがしかし、RTAにそんな葛藤が発生する余地はない。

 千早さんはヴィルムガルドが守る道を無視し、アストラに直接慈悲も感慨もない一撃を喰らわせてこのステージは終わる。


 僕はデビソの設定を見たときにこの聖女と千早さんは少し似ているな……なんてことを思っていた。

 だが最初にこの光景を見たとき、「千早さんは祈る暇があったら世界に反旗を翻すくらいするだろうな」と考えを改めた。千早シロかくあるべし、だ。

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