第13話 死にゲー、かくあるべし


 『Devil's Soulsデビルズソウル』、十年近く前に発売したアクションRPGの金字塔。通称はデビソ。千早さんがRTAFesで披露する予定のゲームだ。


 人気の理由はダークな中世ファンタジー風なビジュアルに自分の分身を自由に操る没入感。オリジナリティ溢れるストーリーやキャラクター、そして特筆すべきはその難しさだ。

 道中もボスも、とにかくプレイヤーへの殺意に溢れており、何度もゲームオーバーになること前提な難易度から多くのプレイヤーの心を折り、“死にゲー”という言葉まで作ってしまった……らしい。

 これは昨日少し調べた程度の情報で僕はまだその実態は知らない。


『悪魔たちは人々からソウルを奪い、奪われ飢えた者達は正気を失った——そして今、最後の希望が現れた』


 千早さんの指示に従ってゲームを起動し、オープニングを観終わった。かなり前のゲームとは思えないほどクオリティの高いムービーで、既に期待感が高まっている。


「——で、バツボタンがややこしくて、単押しでバックステップ回避。同時に移動スティック入れるとローリングに、長押し中移動でダッシュだよ。大まかな操作方法は以上だね、それじゃあ初見プレイ行ってみよう!」


「お、おー。えーっと、わっ早速敵兵士みたいなのが……攻撃は、R1か。よっ! あれ、届いてない」


 ムービーを見ながら千早さんが操作方法をレクチャーしてくれたこともあって何とかキャラクターを動かすことはできるが、まだ操作が覚束ない。昨日見た千早さんの操るキャラクターとは比べ物にならないほど頼りない動きだ。チュートリアル用の練習台の敵相手ですら手こずってしまう。


「いひひ、いいねー初見プレイらしい動き。最初は雑魚敵一体にもビビッて逃げ腰になっちゃうんだよね」


「ニヤニヤしてないでアドバイスの一つでもくれると嬉しいんですが……! 痛っ」


 まごまごしている間に敵の攻撃を喰らってしまった。体力に余裕があるとはいえ、このままでは今日中に最初のボスに辿り着かないのではないか、という不安が湧いてくる。

 千早さんは相変わらず寝転がったまま片腕だけをマッスルポーズのように持ち上げた。


「このゲームの攻略法はただ一つだよ、“攻撃は最大の防御なり”。死を恐れずガンガンいこうぜ、だ」


 筋肉どころか脂肪もろくにない腕とは裏腹に、その声はとても頼もしかった。


「ガンガン、ガンガン……たしかに攻撃が当たると相手の動きは止まりますし、理に適ってますね」


「うんうん、やはり素直は君の美徳だね。その調子だー」


 彼女のアドバイスを意識して周囲に居た兵士風の敵は全て倒すことができた。そこから地下水道を通ったり、ワープギミックで違うステージに飛んだりはあったが、基本は同じ要領でしばらくは順調だった。


「あの青い目の敵は、遠目でも雰囲気が違いますね。全身金属鎧に盾まで持って、アレもちゃんと怯みますか?」


 チュートリアルも終盤と思われる場所にひと味違いそうな敵が現れた。


「んー、そういうのも死んで覚えていくゲームではあるんだけど、まぁいっか。盾構えながらロックオンして敵の周りを時計回りにグルグルしてみな」


「はい。ロックオンは、スティック押し込みでしたよね……なんか変な絵面ですね」


「人型の敵相手なら立派な正攻法だぞー。それで敵の背後に回れたらR1、すると“バクスタ”ができる」


 彼女の言葉が終わるところでちょうど完全に相手の背中が露わになる。今だ! と攻撃ボタンを押すと特別な攻撃モーションや効果音の演出と共に大ダメージが入った。


「おお! これは気持ちいいですね」


「盾でパリィしても良いんだけど最初は難しいからね。等身が同じくらいの人型なら大抵これが有効だよ。公式名称は致命の一撃だから“致命”とかバックスタブの略でバクスタって呼ぶから、覚えといてね。RTAではこれを活かしたバグ常用するから」


「常用するバグがあるんですか」


「うん、致命と同時に他のアクション入力するとモーション上書きできるんだよね。回復アイテム使いながらの“草食い致命”とか、ダッシュ攻撃しながらの“ダッシュ致命”辺りは特に有用だね」


 想像すると、草をむしゃむしゃ食べるのを見て相手が大ダメージを受けるのは相当シュールだ。そういうのは誰が最初に見つけるのか、不思議なものだ。


 話を聞きながらもう一度青目の騎士にバクスタを決めて倒し、倒し慣れた雑魚敵を処理しながら少し進むと、怪しいほど真っ直ぐな階段とその先に道を塞ぐ白い霧が現れた。


「あれ、さっきもありましたけど何か雰囲気違いますね」


 オープニングでも確か霧について言及があった気がする。悪魔達と共に現れてこの国を覆ったとかなんとか。

 そんな事を考えながら恐る恐る霧に近づいて行くと、突然隣の千早さんが身体を起こした。


「いやー、私の助けがあるとはいえここまでノーデスは本当にセンスあるよ! 私としても教える時間が短縮できそうで非常に助かる」


 突然褒められて思わず操作の手を止めて彼女の方を向いてしまった。喜びや自惚れより先に“なにが狙いだ”という疑念が浮かぶのは、先ほどからずっと僕の拙いプレイを楽しそうに大人しく観戦していた姿も含めて——何かを隠しているような不気味な優しさのせいだ。


「ちょいとコントローラー貸してねー」


「あっ、もう……勝手な」


 彼女は僕の手からするりとコントローラーを奪うと、ホーム画面に戻って何か操作し始めた。


「いったい何を?」


「セーブ。これでおっけー。はい、どうぞ」


 素早い操作で再びゲーム画面に戻して、彼女はコントローラーを差し出してくる。すごくいい笑顔だ。

 碌なことを考えていないのは間違いないが、後に引くわけにもいかない。

 僕はコントローラーを受け取って、霧をくぐった。


〈散開の尖兵〉


 画面中央に名前付きの体力ゲージと共に現れるは三つ目の巨躯。人型ながら体格は成人男性の主人公が見上げるほど、右手に握られた巨大な斧からはただ邪魔者を叩き潰すという明瞭な殺意だけが立ち昇る。

 これまでの敵と比べ物にならない存在感と、心を逸らせるBGMに驚いている隙に振り下ろされた斧の迫力に僕の指は竦んだ。回避行動も取れず、混乱の中反射的に剣を振るうも、リーチが違いすぎる。こちらの直剣は哀れにも空を切り、直後哀れな悲鳴と共に僕の分身たるキャラクターは霧散した。


「えっ、あ——あの、一撃で、死んじゃいましたけど」


「そうだね。何もできなかったね。ふふっ、可愛い」


 千早さんは茫然とする僕を見つめながら目を細めて笑った。なるほど、全てこの瞬間の為の布石だったのだ。

 彼女は僕の手からもう一度コントローラーを奪い取り、アレコレ操作する。

 すると、僕はまたあの霧の前に立たされていた。


「じゃあ、勝てるまでやろっか!」


 不覚にも僕はそこでようやく思い知った。

 千早シロを手伝うということは、彼女に合わせた感覚でもってゲームに向き合うというだ。それは、僕にも相応の苦行が待っているということ。


「大丈夫。モーションは単純だし、何十回か死ねば覚えられるよ」


「は、はは……それで済めばいいんですが」

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