第6話 なんで急いでいるんですか?
なぜ急ぐのか。
その疑問には言葉にし難い様々な意味がこもっている。
それを聞いた千早さんは一瞬キョトンと眼を見開いた後、口元を押さえて肩を揺らした。
「クククッ、急ぐ理由か。答えは無限にあるけども、言葉を尽くしても言い表せられない問でもあるね。——ちなみに、私の走りを実際見てみて悠生くんはどう思った?」
「どうって……正直、色々と凄いとは思いましたよ。千早さんがRTAに本気で挑んでいることも伝わりました。でもだからこそ、ゲーム一つにそこまでする意味が分からなくて、混乱しています」
「ぷははっ! 本当に君は素直だね!」
僕の答えを聞いて千早さんはむせるくらいの勢いで吹き出した。
何か変なことを言ってしまったか羞恥心がじわじわと胸に込み上げてくるのが自分でも分かる。
「えっと、すみません」
「いやいやむしろ好印象だよ。でも、反応を見てたから知ってるぞー。意味は分からずとも、
全てを見透かすような目でこちらを覗き込みながら、彼女は分かりきったことを聞く。
色々とズルい人だ。
「そう、ですね。興味深かったです」
「でしょう? 強いて言うならそれが一番の理由だよ。小さい頃から一緒にゲームをする相手も居なかったから、一人黙々とクリアタイムを短縮していく遊びは性に合っていて……楽しくて仕方なかった。もちろんRTAという言葉を知ったのはしばらく経ってからだけどね。インターネット様々だよ。“早くクリアする事”に面白さを見出したのは自分だけじゃないと知ったときは飛び跳ねて喜んだなぁ」
感慨深くそう言う彼女の言葉は妙に胸に刺さった。
僕も、千早さんのRTAを見て、確かに面白かったし心が揺さぶられた。なにより、一つの事にあれだけ心血を注ぐことができる千早シロという人間に興味が湧いた。
自分でも驚くほど彼女の最初の申し出——相棒とやらについても前向きに考えている。しかし生来の性分か、未知の世界に飛び込む勇気を振り絞るには最低限解消しないと気が済まない懸念と疑問が多かった。
「——それじゃあ、なぜ今になって相棒なんて? 遊びにしては十分すぎるくらい千早さんのRTAは洗練されていたと思うんですが」
先ほどの話に洗練されたプレイング、そしてこの部屋……どれも彼女のRTAに費やした時間も費用も何もかも一朝一夕ではないと明示している。
それに、ただの遊びならば協力者なんて必要なのか、ということも疑問だ。
さっきの様に冷静な返答が来ると思っていたが、彼女はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにニヤリと笑って、勢いよく立ち上がった。
「遊びだったのは以前まで! 今は一つ大きな目標があるんだ。その為には私一人では厳しいものがあると判断したのだよ」
「目標、ですか? タイムを短縮するだけではなく?」
「そう!」と高らかな声が響いて、次いで彼女はスマホに素早く何かを打ち込んで、出てきた画面をこちらに見せつけながら更に声を張り上げて語り出した。
「四か月後に“
彼女の言葉の通りの文言がスマホの画面にも記されている。トップ画面には前回のものと思われる写真があり、嬉しそうにコントローラーを掲げる男性と、その後ろで拍手する観客が映っている。
なるほどこういう催し事があるのか。そういうことなら色々なことに合点がいく。
部活動をする生徒が大会に向けて練習するように、千早さんはRTAFesに向けてゲームをしているのだ。
それは、目指す先も見えないまま只管タイム短縮に勤しむ、という修行僧のような行為よりはよっぽど感覚として理解できる。
熱中する趣味もなく、部活にも入らず、勉強くらいしかやりがいを感じられるものがない今の生活とは比べ物にならない刺激と、青春の香りに心が惹きつけられるのが自分でも分かる。
「それは本当に素敵ですが、四か月後ですか……そんな短期間だと尚更、現時点でRTAを全く知らない僕が力になれるとは思えないのですが」
ただ一つ、期間だけが懸念だった。
彼女のRTAを見て興味は持ったのは確かだが、同時に“自分が介在する意義はあるのか”という疑問はまだ拭えていない。
僕の弱気な発言に対して、千早さん自慢気に「ふふん」と鼻を鳴らした。
「RTAを嗜む人間が易々と見つからないのは分かり切っているから、そこは最初から争点じゃないのさ」
「か、悲しい自覚ですね。では手伝いの内容は、ゲームと関係ない……スケジュール管理とかですか?」
「それも有難いね! 一応、想定していた内容としては“チャート”という進行表のようなものを作る補助と、技やパターンの検証——つまり必要なのは人手と頭脳、特に後者だ。もちろん君も走れるようになったら嬉しいけどね。ライバルがいるとモチベも上がるし」
チャート、は覚えるのが大変だというものだったか。数時間分の計画書ともなれば納得だ。こちらはなんとなく勉強で培ってきたものが活きそうである。
もう一つの検証というのはゲームスキルが必要な気もするが、千早さんも色々考えているようだし、きっと初心者でも問題ない作業なのだろう。
走るのは論外として、手伝い自体は彼女の言う通り不可能ではないように思えた。
「なるほど。内容については理解しました。最後に確認なんですが、それは高校卒業してからではダメなんですか? 一応来年受験生ですし」
四か月間、つまり高校二年生の二学期ほぼすべてをRTAに使おうというのは、いささか向こう見ずに思える。
いやそもそも、千早さんにどんな事情があるか分からないが、少なくとも二年生になってからは夏期講習で初めて同じクラスということを知った程、授業を受けていないはずだ。まず出席日数が心配だ。
それならば、そこまで急がずとも——イベントが継続しているという希望的観測にはなるが——参加するのはもっと余裕のある時期に、と思っての提言だったが彼女はわざとらしいくらいに腕を胸元で交差させて首を横に振った。
「困ったことにそれはダメ。四か月後のフェスが私にとって最後のチャンスなんだ」
「それは、一体なぜです……?」
彼女はこれまでの答えと同じか、それ以上にアッサリと、軽い口調で答えた。
「私、余命半年だから」
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