第5話 これがRTA
「まさか、一人でその四人分のコントローラー操作を?」
「面白いでしょ! 細かいことは終わってからまとめて話すとして、始めたらノンストップだけどトイレとか大丈夫?」
こちらはまだ飲み込みきれていないのに千早さんは次の話に移行している。もう既に説明が足りていない。
とにかく今は合わせるしかないか。
「今は大丈夫ですけど……本当に最初から最後までやるんですか。急ぐとはいえ、何時間もかかりますよね」
「そうだね、一番早い“
「えにぃ? えっ、二時間!?」
穂香が大半を僕と協力して——子どものゲームスキルとはいえ——およそ一か月以上かけてクリアしたゲームを二時間以内にクリアするのは、あまり現実的に聞こえなかった。
しかし彼女の自信満々な様子を見ると冗談の類ではないと分かる。現状、any%という単語が何か速さの肝になるということしか分からない。
「人前で走るのは初めてだから緊張しちゃうな! でもイベントでは観客の前でやるんだから——」
「ちょっ、あの」
千早さんは、僕がコントローラーに気を取られている間に掛けていたらしい黒縁メガネの位置を正して、 何かブツブツ呟いている。
「あっ、ごめんごめん! さっさと始めろって話だよね。じゃあ三カウントで始めるよ。さん、にー、いち……はい、スタート!」
口を挟む隙も無く彼女は新規セーブデータを選択してゲームが始まってしまった。同時にもう一方の手でソファの真ん中に置かれたスマホのストップウォッチを開始させる。
ずっと勝手な人だがRTAのことになると更に拍車がかかるらしい。
だが悔しいことに、ここまで彼女を熱中させる『RTA』というものに興味が湧いてきている自分も居る。
ひとまずは口を挟まず僕も画面に意識を向けることにした。
——あ、オープニングのムービー飛ばした。って当たり前か。
一つ目のステージが始まって、彼女はまず当然のように二つ目のコントローラーを操作してもう一体のキャラクターを出現させた。主人公と同じ体型に仮面を付け、背中に蝙蝠のような羽が生えた剣士のキャラクターだ。子ども心にカッコよく見えていつも使っていたので覚えている。
そして彼女は剣士のキャラで主人公を“おんぶ”したかと思えば、次の瞬間にはステージの上空を
——それにしても全然地面に落ちない! 十字キーを上下に動かして飛び続けてるのか。道中の敵は当然全て無視して、無駄な動きが全くないな。
僕は早くも彼女のゲームに、いやRTAに集中していた。時折彼女の手元を見て、その変な操作に目を奪われた。
早く進むためだけにキャラクターの一挙手一投足が考えられていて、そのために必要な精密な操作の裏には相当な練習量が伺える。
「次の中ボス戦! 見どころだから、見ててね!」
「あ、はい。もう中ボスですか」
まだゲーム開始から三分程度だが、すでに千早さんは僕と妹が三十分以上かかって到達した場所にいる。『知っているのだと分かりやすいんだけど』という彼女の言葉の通り、過去の自分達と比べて彼女の凄さ——異常さがよく理解できる。
画面には彼女の言う通り主人公達の行く手を阻むボスが出現し、そして——。
「あの、ボスが一瞬で消し飛びましたけど、一体何が」
「凄いでしょ! 今のは中ボスの高いHPを最速で削るために火力は高い代わりに隙の大きい火だるま攻撃を使うんだけど、安全に当てるためにボスとオブジェクトの隙間にある僅かな安地に——」
千早さん、とんでもなく饒舌になっている。思わず聞いた一が百になって返ってくる。
その弾んだ声と緻密なプレイングから、彼女が本当にRTAが好きで真剣に取り組んでいるのが大いに伝わってくる。
その後も要所要所でほとんど理解できない解説を聞きながら彼女の走りを見た。
異次元の動きで四つのコントローラーを操作したり、恐らくバグを利用してステージギミックを無視したり、ひたすらタックルを繰り返してボスを文字通り一瞬で溶かしたり……見所は次から次へ現われては過ぎ去っていって、その度に僕は新鮮に驚き、感嘆の声を漏らしていた。
——面白い!
とにかく早さの為ならなんでもあり、洗練されて無駄のない動きはある種の美しさすら感じる。僕の知らない世界がここに広がっている。
気が付けば一時間があっという間に過ぎていた。
「あぅ、ミスった……リカバリーは……」
ゲームも後半に差し掛かって、それまで機械の様に正確無比に見えた彼女の操作に初めてミスが出た。と言っても致命的なミスではなく、少し足が止まる程度のものだが。
その後も、言われなければ分からない程度のミスが何度かあったようで、彼女はその度に悔しそうに顔を歪めて首をかしげた。それでも操作が止まることは一度もなかった。
そして——。
「これで、撃破! そしてタイマーストップ!」
「ラスボスも早っ……お疲れ様です」
ラスボスも本来四人で協力しないと出せない大技を一人で出して消し飛ばし、RTAが終わった。最後の最後まで規格外だった。
“とにかく何か凄いものを見た”という感覚のままに拍手をすると、彼女は「えへへ」と照れくさそうにしながらスマホを手元に寄せて画面を確認する。
「タイムは……“1:55:26”! 完走した感想は、まぁまぁだったね」
「なんで今寒いギャグを?」
「お決まりなのー。私が考えたんじゃないからね。——あー、もっとリカバリーをスムーズにできればもうちょっといい記録でたかな」
目標よりも五分早くクリアしたというのに彼女は全く満足していないようだった。
細かなミスこそあれ、僕からすれば十分凄まじかったが、彼女の理想はまだ先にあるらしい。
「さて、今のがRTAなわけだけど。何か質問とかあるかな?」
額に眩しい汗を浮かべて達成感に満ちた笑顔の千早さんがこちらに向き直ってそう聞いてきた。
質問は当然ある。ずっと聞きたくて、それでも聞ける雰囲気ではなかったからこの二時間胸に秘め続けた疑問。これを確認しないことには他の細かい質問も意味がない。そんな根本的な疑問だ。
「すみません、まず……なんで急ぐんですか?」
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