第4話 四人でマルチなソロプレイ


「RTA? 相棒? 何を言っているんですか?」


 千早さんが意を決して伝えてくれた事は、驚くほど何も理解できなかった。


「うん、予想通りの反応。RTAっていうのはゲームの遊び方の一つなんだけど——やっぱり実際に見てもらった方が早いな」


 彼女はそう言って棚に並ぶゲームソフトの背を吟味するように撫でる。

 それから、再びあの不遜な微笑み顔で振り返るとゆっくり、そしてハッキリとした口調で続けた。


「だから“頼み事”は『これから実際に私がRTAをしているところを見て貰う事』、だ。もちろんやりながら説明もする。相棒云々の方は諸々見聞きしてから君の自由意思で結論を出して欲しい」


「分かりました。とにかくアナタのすることを見ればいいんですね」


 間髪を入れずに返事をすると、千早さんは驚きながらも嬉しそうに眼を見開いた。


「おや、もう一押し二押し必要かと思っていたけど、結構乗り気で嬉しいな!」


「どんな無茶難題を吹っ掛けられるかと身構えていたので、ゲームを見るくらいなら全然。それと、相棒というのが務まりそうな内容なら前向きに考えるので——代わりに勝手に集めた個人情報は破棄してください。他の人の分もあるならそれも全部」


 正直、僕はもう千早さんを悪人だとは思っていない——間違いなく変人ではあるが。しかし、ここだけはやはり許容できない。

 たとえ彼女本人に情報を悪用する気が無かったとしても、自分の知らないところに個人情報があるというのは恐ろしいことだ。


 衝突する覚悟を持って出した交換条件だったが、彼女はそれを聞いてあっけらかんと頷いた。


「それはもちろん……と言いたい所だけど、廃棄は難しい。なんせ脳内ここにしかないんだ」


 そう言って彼女は自分の頭を指で軽く叩いた。


「す、凄まじい記憶力ですね」


「チャートに比べれば大したことじゃないし。それにデータは一人分だよ。君にしか声掛ける気はなかったからね。だからさっき言ったように、変に背負わずに自己判断で決めてくれたまえ」


 知らない単語が混ざったが、とにかく彼女が集めた個人情報は僕の分だけで、それも実物がないから消しようもないということらしい。

 それよりも彼女の口ぶりからして、因縁を吹っ掛けられたのは偶然ではなかったのかというところにも引っ掛かった。どこからかテスト結果のことを知って、予め目を付けられていたようだ。


「いや……なんかカッコイイ風に言ってますけど、一人分でもダメですからね。かなり怖かったですよ……本当に」


「イヒヒ、誤魔化しきれなかった。でも大丈夫! お詫びに絶対面白いもの魅せるから! そこに座って待ってて」


 無邪気に笑う千早さんに誘導されるままソファの隅に腰を下ろし、棚のゲームをなにかブツブツ呟きながら吟味する背中を見て、改めて思う——この人は何なのだろう。

 不遜な態度で恐ろしいことをしたかと思えば、子どものようにゲームではしゃぐ。強引かと思えば最後の決断はこちらに委ねる。

 RTAというものを知れば、千早シロを知ることも出来るのだろうか。


「妹さんに付き合わされて、ということはこの辺りかな——ねぇ、この中に既プレイのゲームはあるかな? 知っているのだと分かりやすいんだけど」


 そんなことを考えていると、選定を終わらせた彼女が両手に持った三つのパッケージを見せてきた。

 それは世界で一番有名なゲーム制作会社、仕天道が十年ほど前に発売した据え置き機“Wilウィル”のソフトパッケージだった。僕がゲームをしていたであろう時期のものに合わせてくれたのだろうか。その外装だけでも懐かしい気持ちが湧いてくる。

 しかし、我が家のゲームは妹が記念日におねだりを成功させたら買ってもらう程度のもので、そう簡単に彼女のコレクションと合致するとは思えない——が、一つ見覚えのあるキャラクターのイラストが目に付いた。


「これはやったことあります。小学生の頃、妹に手伝えって泣きつかれました。たしか可愛い見た目の割に難しくて苦戦したような」


 それは仕天堂の中でも人気が高いピンクで丸いキャラクターが冒険するゲームだった。バリエーション豊富な敵を吸い込み、吐き出して攻撃したり、その能力をコピーしたりしてステージを攻略していく横スクロールアクション。もうゲームはあまりやらなくなった穂香もこのキャラクターのグッズはたまに買っていたはずだ。


「『惑星のカーミィ』か。いいね、妹ちゃんと私は好みが合いそうだ。これにしよう!」


 千早さんはそれ以外のゲームを仕舞うと、慣れた手付きでゲームを起動しながら朗々と語り出した。


「改めて、私がこれからやるのは“RTA”。略さずに言うと“Real Time Attack”だね」


「タイムアタック……ゲームで時間を競うんですか?」


「その通り。スタートしてからクリアするまでのタイムを計測して競う。単純だけど、それ故に奥が深いのさ。ちなみにRTAをすることを“走る”。プレイヤーのことを“走者”って言ったりもする。まさに競走だね」


「なるほど、千早さんもその走者であると」


「走者——えへへ、照れるなー」


「いや、なんでですか」

 

 自分で言っていたのになぜ照れるのか分からない。

 少しして、セッティングが終わったのか千早さんが隣に腰を下ろした。と言っても三人掛けソファの端と端で緊張するような距離ではなくて助かった。

 

 ——それにしても、了承したからには、これからただゲームしているところを見るのか。正直しんどいな。


 そんなことを考えながらWilの懐かしい起動画面を見ていると、視界の端に何かが映った。


「あの、それは一体」


「うん? コントローラーだけど。Wil持ってるなら知って——あっ! そっか気になっちゃうよね。結構レアなモデルだし」


「いやあのそこじゃなくて、なんでコントローラーがその、しているんですか?」


 Wil最大の特徴である縦長のリモコン型コントローラー。それは今までに無いほどスマートで持ちやすいデザイン……のはずだったのだが。

 彼女がおもむろに取り出したそれは、四つのリモコンが横並びの状態で無理矢理合体させられていて、長所の一つである持ちやすさをかなぐり捨てた異常な存在感を放っている。


「ああ、これは四人ソロプレイの為にリモコンを四つ操作する必要があるんだけど、これが一番操作しやすくて早かったんだ。バンドで固定してるだけだけどね」


「よ、四人ソロプレイ?」


 何か可笑しなことを言っている。

 ここで僕は考え改めた。千早シロはただのゲーマーの枠から外れたRTA走者という特殊な存在なのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る