第46話 忍び寄る影、ある狩猟者の苦難

(別視点)

その日、狩猟者のジスタは日が暮れる前に木の上に張ったテントに戻ってきていた。


獲物の痕跡を追跡して行動習慣を把握し、いよいよ明日から獲物と対峙たいじするというときであった。


(うまくいけば寝込みを襲えるかもしれないな。いつもより楽な狩りになるといいが)


木の上に板を張り、その上にテントを設営している。中で簡単な調理が出来るようにしており、夕食を作り始める。


燃えにくい板を敷き上に簡易コンロを設置して一人用の小さめの鍋を置く。まな板を敷いてその上で食材を切っていく。捜索中に採取した山菜やきのこを適当な大きさに切って鍋に入れる。


持ち込んだ芋の皮をむいて一口大に切って鍋に入れる。干し肉を取りだし、細かく千切って鍋の中に入れるとコンロを点火する。


水が沸騰する前にボウルを取り出し、小麦粉を水で練って薄く丸く伸ばし、まな板の上に広げていく。


布を水で濡らすと使用しない器具を拭いていく。水で濡らしただけの布だが面白いようにきれいになっていく。水魔術により可能にしたことだ。ジスタはこのために水魔術を習得している。


ある程度拭き終わると布をテントの外に出して布に水魔術を用いる。すると布に含まれた水分が繊維の汚れをき出して洗浄する。汚水は布からひとりでに離れていき地面に向かって落ちていく。


布がきれいになると再び水を含ませて作業を続ける。最後に手を拭いて布を洗浄する。


その洗浄力と利便性に満足したのか笑みがこぼれる。


(恥を忍んでこの魔術を習得した甲斐があったな )


主婦とか飲食店の従業員が通うような魔術教室にいき習得したが、男性の受講者は少ない。その男性の受講者もたいていは飲食関係の人間であり、ジスタのような狩猟者は男性の中でも浮いていた。


ひとよりも習得までの期間が短かったのは狩猟生活で鍛えられているだけではなく、居心地が悪くなるべく早く状況から抜け出したかったからであった。


お湯が煮立ってくると紙で包まれた固形のスープの素を鍋に入れてかき混ぜる。スープの素が溶けて再び煮立ってくるとしばらく置いて芋の堅さを確認する。火が通っているようだ。塩と胡椒を入れて味を整えると小麦を練ったものを入れる。十分に火が通ったところで鍋から直接食べ始めた。


食事を終えるとまた水魔術で使用した器具をきれいにしていく。大抵の狩猟者は狩猟中は食事を干し肉などの携帯食で済ませることが多いがジスタは食にこだわりがあった。狩猟中でもできる限りしっかりした食事をすることにしている。


(きのこはもう少し浅く煮るべきだったか。だが狭いテントの中では贅沢は言えないか )


オイルランプの明かりを消して眠りに就こうとする。狩猟中は寝付きがいいわけではないがしばらくするとうとうとし始める。そのとき急に不安感に襲われて完全に覚醒かくせいする。


(、、、なんだ? 胸騒ぎがする )


目を閉じて神経を研ぎ澄ませて違和感の元凶を探ろうとする。


(、、、静かすぎる )


鳥の声も虫の音も聞こえないことに気づき危機の到来とうらいであると判断する。枕にしていた背嚢はいのうを背負い身構える。するとテントの周囲に張り巡らせていた鳴子なるこかすかに音を立てる。


(-ッ! 左っ!)


普通ではない音の鳴り方に敵の攻撃を確信し回避を判断する。右足に取り付けたナイフを取るとテントを切り裂く。切れ目から外に脱出しようとするとテントを突き破って鋭いものが襲いかかってくる。


「ぐぁっ!」


脱出するより速く左の脇腹になにかが突き刺さる。襲いかかってきた何かはテントごとジスタを落下させる。


テントは落下の途中でロープに吊られて止まり、ナイフで付けた切れ目からテントのぬしは飛び出して落下していく。


手に持ったナイフを投げ捨てながら魔力で脇腹の出血を止め、地面との激突に備えて防御の魔力を練っていく。


地面に背中から落下するとその反動を利用して転がりながら立ち上がり駆ける。傷の影響かいつもより鈍い体に鞭打ち、必死に駆けていく。


(上から狙われている、、、 )


気配は感じないが体にねっとりと絡みつくような視線と圧を感じている。出血で呼吸が乱れるが生き残るために苦痛を押しやり足を動かす。


ジスタは闇雲やみくもに走っていたわけではなかった。狩り場の地形は熟知している。


目的の場所の手前に来ると足に特段の魔力を込めて跳躍ちょうやくする。できるだけ低く跳び生い茂る灌木かんぼくの上ぎりぎりに向けて滑空かっくうしていく。


何かが足をかすめるがなんとか交わすことができた。灌木の絨毯じゅうたんの上を滑るように転がっていく。


その先にある地面に入った亀裂のようなくぼみに文字通り転がり込むと息を殺して周辺の気配を探る。


まだ相手は諦めていないようだ。視線も圧も消えてはいない。


ジスタは仰向けの姿勢から首に掛けた信号笛を胸元から取り出すと、全力で危険信号を鳴らす。


範囲内に他の狩人がいれば連鎖的に信号を鳴らして全員避難することができるだろう。そうすればギルドが捜索に動くはずだ。他人の安全を確保することが自分の安全につながる。


冷静に考えて行動すると気分が落ち着いてくる。脇腹の傷が熱を持って痛み出す。


先ほどの攻撃は避け切れていなかったようだ。左足をやや深めに切られていることに気づく。出血はもう収まっているようだが痛みはまだある。


敵からの追撃はまだない。こちらの大体の位置はわかっているのかもしれないが特定はされていないようだ。


(傷を回復したいところだがそれをやれば相手に位置を特定されるだろうな、、、)


特定されればおそらくすべもなくやられるだろう。こちらは主力の武器も持っていない。テントの近くに置いたままだ。回復も間に合わない。正体のわからない敵だが完璧に近い不意打ちをされた以上格上の相手だと考えるべきだ。


(あまり考えている時間はなさそうだ。もうアレを使うしかないか、、、 )


背嚢を最小の動きで外して腹側に持ってくると中から厳重に紙のような帯でくるまれた球体を取り出す。そこから短いひもが伸び、末端に金属の輪がついている。右手で球体を持ち、左手の人差し指を輪に掛ける。


(これが効いてくれる相手だといいが )


数瞬、躊躇ちゅうちょをするが意を決してひもを引く。直後には何も起こらなかった。


シュウゥゥ、、、


球体から微かに空気が吹き出すような音がしてくる。徐々に内側から膨れ上がっていくと圧力に耐えきれなくなったのかやがて爆発する。


周囲に液体がまき散らされあたりに異様な臭気が立ちこめる。


魔物除けのにおだまである。化学反応で発生したガスによりにおい成分を活性化させるとともに爆発力に変えて周囲に素早く魔物が苦手なにおいを発散させて近づかせないようにするための道具だ。


これを使用すると大抵の魔物は逃げていくが場合によっては行動範囲が数ヶ月に渡って変化してしまい狩りに支障が出る。


それゆえに狩人は危なくなってもこれを使うことに躊躇ちゅうちょするものだ。人間にとっても不快なにおいで青臭い草の汁を煮詰めて濃縮したような化学的なにおいがする。


ジスタはこれを使用するのは初めてだった。うわさぐらいにはにおいについて聞いていたがまさかこれほどとは思っていなかった。


出血と痛みでふらつく意識に悪臭が襲いかかり徐々に意識を手放していく。薄れゆく意識の中で生きて意識を取り戻せることを祈っていた。


目蓋まぶたに光を感じて目を覚ますと昨日と同じ鋭角な窪地くぼちの中で仰向あおむけに横たわっている自分を感じる。


(賭けには勝てたみたいだな、、、 )


空腹を感じて腹の上にのせた背嚢から非常食を探して取り出すが魔物除けのにおいをぶり返して感じると食欲が失せてしまう。食べることを諦めて窪地から出ることにする。


(人体に影響ないって話だが本当か? )


端に行くにつれて浅くなる地形をしている。出るのは容易だ。歩きながら昨日襲ってきた魔物について考える。


(襲ってきたのは夜、午後10時ぐらいか。今は気配を感じない。夜行性の生き物だとは思うが、、、。日が出ているうち、臭いが消えないうちに拠点まで戻ることができればいいが )


気絶していただけでは体力の回復が心許ない。それでもジスタは疲労を無視して進んでいく。生還を目指すその足取りは重くとも弱さを感じさせるものではなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次の日、いつも通りに修練場に来るといつもと異なりオードさんはすでにそこにいた。


先にいるのは珍しいな。ちょうどいい任務があったのかな


「同行するにはいい任務が昨日舞い込んできたんでな。今からすぐに向かうことになる。詳しい話は現地でするが、軽く説明すると王都から西にいくぶんか行ったところに狩猟ギルドが管轄する魔境があるんだがそこで異変が起こった。そこの調査に行くことになったってわけだ 」


予想通りか。なんにせよ早いにこしたことはない。


「着替えは持ってきているみたいだな 」


俺の背負っている背嚢を見て判断する。


「それじゃあ早速行くとしよう。ついてきてくれ 」


オードさんはギルドの外に出ると通りを走り出す。俺はその後について走って行く。


この世界ではこういうふうに移動するのが普通なのかね。

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機鋼神エイジャックス ー石に転生して異世界に行った俺、わからないことだらけだが何とかやっていくー 井上 斐呂 @mach-penny

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