『バツ3の看取り夫人と呼ばれていますので捨て置いてくださいませ』コミック発売感謝SS ~アーク編~

夢見るライオン

バツ3SS アーク編


 ルーベリア宮廷学院は王都の貴族子女が通う学校だった。


 王家の子供達のために作られた学校なので、王宮の一角に建てられている。


 入学資格を持つのは、王族と重臣の子供、それから秀でた才能を持つ貴族子女だ。


 つまり将来の妃候補となる令嬢や、王子側近となる令息ばかりが通っている。


 宮廷学院出身というだけで、誰もが羨望のまなざしで見るような学校だった。


 スペンサー公爵家のアークもまた、王子の側近の最有力候補と言われている。


「あ! アーク様よ! 今日も可愛い~」

「宮廷学院の制服がお似合いですわね」


 颯爽さっそうと歩くアークを見て、王宮のメイド達がこそこそと噂している。

 薄茶色の髪と藍色の瞳が愛らしい少年は、いつも注目の的だった。


 スペンサー公爵という高位の家柄に加えて、秀でた容姿が王宮で働く女性達に人気なのだ。

 さらに、腰に子供用のサーベルを差して、いっぱしの騎士ぶっている様がなんとも母性本能をくすぐる。


「立派な騎士になるようにと、お父上様に買っていただいたとか」

「自慢げに話しておられる様子がまた愛らしいですわね」


 最近になって、アークは父にねだってサーベルを買ってもらっていた。


 なぜなら、アークには絶対必要なアイテムだからだ。



 アークはいつも馬車で宮廷学院に到着すると、真っ先に宮殿につながる渡り廊下で待機する。


 そこにはアークと同じように腰にサーベルを差した学友が十人ばかり並んでいた。


 仲良しの学友達だが、誰も言葉を発することもなく神妙な面持ちだ。


 やがて渡り廊下の向こうから、多くの護衛を連れた少年が歩いて来た。


 すると全員が一斉に、そちらに体を向けて右手を胸に当て頭を少し下げる。


 長い銀髪を風になびかせた美しい少年が、その様子を満足げに見渡していた。


「出迎えご苦労である」


 仰々しく告げる様は幼いながらも王者の風格があり、その一言だけでアークは心がしびれた。


(今日のジェシーもかっこいい……)


 十歳のアークが今もっとも尊敬してやまないのは、ルーベリア国の第一王子ジェシーだった。


 学院内では敬称をつけるなというジェシーの命令に従い、友人のように呼ばせてもらっているが、将来の王となる彼の王者たる風格に憧れまくっていた。


 ここに集まっているのは、アークと同じくジェシーに憧れる未来の側近男子達だった。


(いつか、このジェシー王子を守る立派な側近騎士になるんだ!)


 アークの夢はすでに定まっていた。


 スペンサー公爵家は長男のイリスがすでに家督を継ぐことが決まっている。

 次男のアークは継ぐべき家督もなく、騎士として立身出世を目指すつもりだった。


「さて、今日は誰に騎士隊長を命じようか」


 ジェシーが告げると、アーク達は緊張した。


 このところ男子の間では、この騎士隊長ごっこが流行っていた。


 ジェシーの選んだ一人が隊長となって、その日一日のジェシーの護衛を率いるのだ。


 ジェシーは幼い騎士達を見回して、アークに目を止めた。


「アーク、ついにサーベルを手に入れたようだな」


 アークは弾かれたように顔を上げ、満面の笑顔で答えた。


「はい! ずっと兄上に反対されて買ってもらえなかったのですが、王子様をお守りするためには絶対必要なのだと説得して、父に買っていただきました!」


 アークのしつけに厳しい兄ではだめだと、病床の父に直談判じかだんぱんした。


 ようやく手に入れたアイテムに気付いてもらえただけで天に昇るほど嬉しい。


「うむ。では、今日はアークに隊長を命じよう」


「はいっ! お任せください!」


 アークは晴れやかな気持ちで右手を胸に当てて快活に答えた。


 前年に母を亡くし、父まで病床にあるアークだったが、ジェシーと過ごす学院生活は、こんな風におおむね楽しく良好なものだった。



 そんな日々に暗雲が立ち込めたのは、看取り夫人と呼ばれるクロネリアが嫁いでくると聞いてからだ。


 

「どうした、アーク? なんだか元気がないようだが」


 ジェシーが、珍しく口数の少ないアークに尋ねた。


「実は……父のところに看取り夫人が嫁いでくることになったのです」


 アークはしょんぼりと答えた。


「看取り夫人?」


 ジェシーは驚いたように聞き返した。


「看取り夫人だから……もう……お父様は長くないのかもしれません」


 もちろん兄は看取り夫人とは言っていない。

 けれどメイド達の噂話で、それが看取り夫人と呼ばれている人だと知ったのだ。


「看取り夫人の噂なら、私も聞いたことがある」


 ジェシーは少し考え込むように答えた。


「本当ですか? どんな人なのですか? 魔女のような恐ろしい老婆ですか?」


 アークは尋ねた。


「年齢は分からぬが、社交界で話題になっているようだ。ご婦人達が話しているのを聞いただけだが、看取り夫人が嫁いでくると、その主人はすぐに亡くなるそうだ。怪しい技を使って、屋敷の主人を言いなりにして、遺言を書き換え、遺産を奪う悪しき者だと話していた」


 ジェシーがたまたま耳にしたのは、クロネリアが最初に嫁いだバリトン伯爵の第一夫人の噂話だった。


 クロネリアの献身的な介護によって二年も長生きし、まったく世話をしようとしなかった夫人達よりもクロネリアに遺産を渡したいという遺言書に書き換えられたことを、深く根に持つ夫人だった。


 第二夫人達と共謀して、その遺言書は握りつぶしたくせに、あることないこと吹聴ふいちょうし、危うく看取り夫人に遺産を奪われるところだったと周りに言いふらしていたのだ。


 ジェシーは偶然にも、その話を耳にしていたのだ。


 そして大切な腹心の臣下となるアークのことを心配した。


「アーク。その者は卑しき死神だ。決して家に入れてはならない。お父上に近付けてはならないぞ。なんとしても阻止するのだ」


「ジェシー……。やっぱりそんな恐ろしい人なの?」


 ジェシーを崇拝するアークは、すっかり信じ込んだ。


「すぐに追い出さないと、お父上の命が危ない」


「そんな……」


「私も協力する。その悪しき女を必ず追い出すのだ」


「うん。分かったよ。僕が必ず追い出してやる! で、でも……、どうやって?」


 良家で大切に育てられたアークは、人に意地悪をすることに慣れていない。

 それは王子であるジェシーも同じだった。


「う、うむ。分かった。私がメイド達に女性が嫌がって逃げ出したくなる方法を聞いてみよう。大切な未来の臣下のためだ。私に任せるがいい、アーク」


「ありがとう! ジェシー」


 さすがはジェシーだとアークはますます尊敬の念を深めた。


 こうして、二人の少年は『看取り夫人を追い出す』という慣れないミッションをクリアするために話し合いを重ねたのだった。


 話し合うたびに『看取り夫人』への恐怖は増幅し、長い鼻の折れ曲がった恐ろしい死神老婆のイメージに固められ、二人は命がけでやっつけなければという決意をするのだった。


 だから……。


 やってきたのが、まだ十八歳だという若い女性で、しかもどこか慈悲深さすら感じさせる優しい雰囲気の女性だったことにアークは面食らってしまった。


(なんだか綺麗でいい人っぽい)


 けれどそんな第一印象を持った自分を心の中で叱り飛ばし、アークはジェシーと決めたミッションをクリアするべく意地悪作戦を始めるのだった。


 その数日後には、大いに反省して後悔することも知らず……。


 その数十日後には、クロネリア大好きっ子になるなんて思いもせずに……。


 アークは心の隅に罪悪感を持ちつつ、今日もクロネリアを追い出すべくいたずらの準備を進めるのだった。



                       END


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