第2話 ナナと本当は勇敢なネコ

虫さんが苦手。

虫さんの体は硬い殻に守られている。

でもネコの体はふにゃふにゃで守られていない。

体温を調節してくれる毛も、ふかふかで大きな衝撃は防げない。

虫さんは仲間が大勢いる。

でもこっちは5匹とひとり。

しかも今は、飼い主のナナちゃんとボクのふたりぼっちだ。

「ボクらは圧倒的に不利だ」かっこよく判断を下したつもりだったけど、玄関の柱に体半分隠れたままのボクに威厳はないらしい。


「リン、出てきなよ。大丈夫だよ」

玄関の目と鼻の先。

小さな庭にできた、ひだまりの中でナナちゃんが笑う。

ネコの形の小さなじょうろを持って。


今年はトマトを育てるんだって、ナナちゃんの小さい体には少し大きめの苗を買ってきた。

それを植えるんだって。


「わしは昼ごはんを作らねば」

鍋に向かったコットンはこっちも振り返らず、そう言った。

だけど、コットンはコンロの奥に立てかけた鍋の蓋でこっそりボクたちを見てる。

本当はみんなを見守っている優しいネコだって知ってる。

だから何も答えられなかった。


「あたしゃ宿題の準備があるんだよ」

賢いあずきはナナちゃんがため込んだ宿題を今日こそ終わらせられるように、机の上に次々と教科書を積んでいた。「ナナに、早く戻っておいでって言っておくれ」

あずきは賢いけど、本当は誰よりも心配性だから。

ボクはまた何も答えられなかった。


そんな感じで本当は見た目とは少し違うネコのきょうだいたちに、ボクは苗を植える仕事を押し付けられた。でも、知ってるでしょ?


ボクは弱虫なネコなんだ。弱虫に見えて本当に弱虫なネコ。

見た目通りのできないネコのボクは、庭にたくさんいる虫さんが怖くて、玄関から出られないでいた。

「リーンー!」

すでに手を泥だらけにしたナナちゃんが、しびれを切らしたのかこちらにかけ寄ってきた。「見てみて」とこちらに手を伸ばす。

「……ミミズ?」

ななちゃんの小さな手のひらの上で、ピンクのひも状の虫さんがくねくねとダンスをしていた。大声を出したボクが喜んでいると思ったのか、ナナちゃんはボクによく見えるようにぐいぐいと手のひらを押し付けてくる。

「う、う、うわあああ」

限界が来て叫んだ。と同時に、ナナちゃんがびっくりして手を引っ込める。丁寧に持ち上げられていたミミズさんは地面に向かって落ちていった。


反射的に体が動いて、手を出していた。それは、動物の本能なのかもしれないけど。

地面に落ちる寸前の短い時間で、ボクは両手でミミズの体をつかまえていた。


ふたり、恐る恐るゆっくり開いた手の中を確認する。

そこには、動かなくなったミミズさん。

「生きてるかな?」ナナちゃんに訊いてみたけど、返事はなかった。黙ったまま、その体を自分の手に移すとまた庭に戻っていった。


気になる。


丸まったその背中の向こうで泣いてない?

ボクはその場でしばらくソワソワ体を動かしていたけど、ナナちゃんの足元が水滴で濡れるのを見つけて飛び出した。

「泣かないで!」

「え?」

「ミミズさん、手のひらでつぶしてしまってごめんなさい」

「……」

「ボクは弱虫だから、この弱い心のせいで虫さんを傷つけちゃったんだね」

一生懸命謝ったけど、ナナちゃんはきょとんとしていた。

もう怒ったりする元気もないのかもしれない。

ボクのせいで失ってしまった尊い命に祈りをささげよう。

ひざを折って、胸の前で手を組んだ。前足だけど。

「ミミズさん」つぶやくと、地面が急に盛り上がってぴょこんとピンクの頭が飛び出した。

「ミミズさん、生きてるよ」

「…え?」

「手の中で死んだふりしてたから、土に戻してあげたの」

「なっ」

「水もたっぷりあげたし」

そういえば!と、振り向いてじょうろが空になっているのを見つける。泣いてるんじゃなかったんだ。

今度は、ボクが泣きたい気持ちになった。

今にも湯気が出そうな蒸し暑い昼下がりの土の上。ボクはまんまと、虫さんたちのいる庭へ誘い出された。

「さぁ、トマトを植えよう。リン!」

それから、2匹3匹と増える虫さんたちから逃げずにトマトを植えたボク。本当は勇敢なネコ…というには、まだ弱かった。

そう、たぶん。虫さんだったら、弱虫という名前をつけられたはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナナと5匹のできるネコ 木端みの @kihashimino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ