SEREN ─IS A EX-NAMELESS BLACK CAT─［黒猫のセレン〜約束の旅〜］

フォルン

「ミレーニア……懐（ナツ）かしいな……ナナシ……」

　セレンの心臓（シンゾウ）の鼓動（コドウ）が、二人の静寂（セイジャク）を叩（タタ）く。

　その拍子（ヒョウシ）はとても速い……。

　役人は、一度大きく息を吸って、呼吸（コキュウ）を整えてから、過去の記憶を語り始める……。

「私は、ミレーニアの事をよく理解していたし、認めていた。心に一本、芯（シン）の通（トオ）った、生き方のしっかりした女だった……。うだつの上がらない息子には、これぐらい気持ちが強い女の方が良いと思ってな……私の紹介だったからかミレーニアは息子の元へ来てくれたよ。良く出来た義娘（ムスメ）だった……」

　セレンは余（アマ）りに突然（トツゼン）の、役人による衝撃的（ショウゲキテキ）な告白に、頭の整理が追いつかない……。

「お前が生まれた時、私を含め一族の皆がお前の事を怖（オソ）れた。ミレーニアを除いてな……ナナシと関わりが深（フカ）かったミレーニアは、以前（イゼン）から、一族の掟（オキテ）に疑問（ギモン）を持っていた。確かに長年一緒に仕事をしていれば、良く分かる。ナナシと言われる者達は真面目（マジメ）で、実際（ジッサイ）は良い者ばかりだった。お前もそうであるように……」

　そう、セレンに語る役人の表情はとても優しく、誇（ホコ）らしげだった……。

「父娘（オヤコ）として接するうち、私もミレーニアと同じ考え方をする様になっていった。とは言え長く続いた掟（オキテ）だ、我々には何も変えられなかった……」

　役人は俯（ウツム）き、目を閉じて続ける……。

「お前が生まれて五年が経（タ）ち、遂（ツイ）にお前を森へ送るとなった時、ミレーニアは、お前に付いていくと言い出した。私は夫婦に、ならば国を出て何処（ドコ）かで三人で暮らせと言った。母親一人では難しいかもしれないが、夫婦二人で支え合えば、他所（ヨソ）でもどうにかやっていけるだろうと思った。ミレーニアはそれに賛同（サンドウ）していた……」

　役人は少し会話を止め、眉間（ミケン）にシワを寄（ヨ）せて、椅子（イス）の肘掛（ヒジカ）けを強く握（ニギ）り締（シ）めた……。

「だが、ある日……息子がミレーニアと別れたと言って来た……。自分は国を離れる気はない、外の世界で生きて、家族を養う自信がない、お前を森へ置いて行こう……となって、ミレーニアと揉（モ）めた末（スエ）の話だったそうだ……。後日、私はミレーニアを尋（タズ）ねたが、その時には既（スデ）に、覚悟（カクゴ）は決まっていた。森にはナナシの友人もいるし、町に私がいれば、仕事の方も心配ないと……」

　淡々（タンタン）とした役人の話を聞いている内に、段々（ダンダン）とセレンは理解し始める。

「ミレーニアは、身体に不調（フチョウ）をきたした頃から、自分の身に何かあれば、お前の事を見守ってくれと、私に頼んでいた。しかし、私はずっと罪（ツミ）の意識（イシキ）から、その、後（ウシ）ろめたさから……お前に関係を打ち明けられなかった……。お前の父親がしたことを考えればな……」

　役人はセレンの両手に、自らの手を優しく被（カブ）せ強く握（ニギ）りしめた……。

「先日、お前が森の入口で倒れているのを見た時、やっと私も決心（ケッシン）したのだ。お前を失う訳にはいかない、これからはちゃんと寄り添い合って行こうと、ナナシ、今日まで済まなかったな……」

　役人は真っすぐセレンに目を合わせる……。

「私はお前の祖父だ、名をフォルンという……。お前の最後の家族だ……」

　セレンの瞳孔（ドウコウ）が開く……

「あなたが僕のおじいちゃん……」

　フォルンの手の甲（コウ）に、セレンの温（アタタ）かい大粒の涙がボタボタと落ちた……。

「フォルンおじいちゃん……ありがとう……嬉しいよ……。僕……フォルンを家族として認めるよ……」

　フォルンはセレンを……柔らかく包むように抱きしめる……。

「ナナシよ……とにかく今は休みなさい……」

　セレンはその後……フォルンの胸の中で泣き続けた……。

　セレンは遂（ツイ）に、本物の家族を手に入れた。

　今迄（イママデ）、何の後ろ盾も無かったセレンに、心強い味方が出来たのだ……。

　セレンはフォルンの助言（ジョゲン）を受け入れ、一晩（ヒトバン）しっかりと眠り、精神の落ち着きを取り戻していた……。

　そもそも、冷静（レイセイ）になって考えれば、ガウェインやアクロの居場所（イバショ）が分からないのだから、今すぐには出来る事など無い……。

　だが、セレンには一つの考えが浮（ウ）かぶ……。

「フォルンに、聞いて欲（ホ）しい話があるんだ……」

　セレンはアクロと出会ってからの暮らしと出来事をフォルンに全て打ち明ける

「セレンか、良い名前だな……そうか、お前の事をそんなに大切に想ってくれる女性が……」

　フォルンは当初（トウショ）、絶対（ゼッタイ）にセレンに危険（キケン）な事はさせないつもりでいた。

　だがセレンから、アクロと過ごした日々の話を聞いているうちに、フォルンもアクロに感謝の気持ちを抱くようになる……。

「お前はアクロの事が本当に大切なんだな……」

　フォルンはもう一度、セレンの気持ちを確かめた。

「はい、止めても、無駄（ムダ）です……」

　セレンの決意（ケツイ）は変わらない……。

「お前に危険（キケン）な事をしては欲（ホ）しくない……。だが……どうやらお前の覚悟（カクゴ）も本気のようだ……」

　本当にミレーニアに似て頑固（ガンコ）だなと思い、フォルンは笑う。

「僕はガウェインの所へいかなければいけないんだ……」

　役人であるフォルンの登場（トウジョウ）はセレンにとって渡（ワタ）りに船となった。

「猫人国（ネコノヒトノクニ）の役人であるフォルンになら、獅子人（シシノヒト）のガウェインの居場所（イバショ）を調べられるんじゃないかな……？」

　セレンは先程（サキホド）おもいついた考えを、フォルンに伝える……。

「分かった……。どのみちもうすぐ、お前も大人になるしな、協力しよう……」

　フォルンは腕を組んで目を閉じ、少し考えた後、徐（オモム）ろに口を開き了承（リョウショウ）した。

　その言葉を聞いて、セレンの表情が明るくなる。

「ただし！　今は体を休めなさい……そして私がガウェインの居場所を掴（ツカ）むまでは……決して勝手（カッテ）に動かない事を約束して貰（モラ）う……」

　フォルンの説得（セットク）は、とても理（リ）に適（カナ）っていた……。

「無闇（ムヤミ）に捜（サガ）し回るより、多少（タショウ）の時間が掛（カ）かったとしても、それが一番確実（イチバンカクジツ）だ……。お前はその間、できる限（カギ）りの準備（ジュンビ）をしなさい」

　セレンは焦（アセ）る気持ちを抑（オサ）え、その提案（テイアン）に従（シタガ）うことにする。

「待っててね、アクロ……。待っていろ！　ガウェイン……！」

　心の奥（オク）で闘志（トウシ）を燃（モ）やしながら……。