ナナシ

「長い時間、話してたらもう夜になっちゃったね。話の続きはまた明日か次の機会キカイにしよう! 君はまだ怪我ケガをしてるし、今はしっかりと休まないとね」


 ナナシは椅子イスに座った状態でびをすると立ち上がってヒザ屈伸クッシンをする。


「ムウゥ……」


 アクロはほっぺをフクらませ、下唇シタクチビルき出しナナシを見た。


「小さな家だから僕は隣のおじさんの家に移るよ。ベッドも一つしかないし君は女の子だからこっちを使って」


 アクロは何かまだナナシと話したい事がある様だ。


「何かあったらそこの小窓コマドから声をけてね。すぐトナリだからけつけるよ!」


 ナナシはそう言って扉へと向かう。


「ムウゥ……。黒猫さんっておいくつなの?」


 アクロはまだ行かせまいと適当な質問を投げかける。

 

「十七だよ」


 ナナシは立ち止まり背中越セナカゴしに答える。


「一緒よ!」


 アクロはついテンションが上がって声が大きくなってしまう。


「え? そっか……それじゃあ、おやすみ」


 一瞬、振り返りナナシは微笑ホホエんでそう言った。


「ねぇ、黒猫さん!」 


 アクロはナナシを呼び止めた。


「私は好きよ貴方アナタの身体。黒くてツヤやかで美しいわ。私ね、日の当たる時間より暗い夜の方が好きなの。静かで優しくて、なんだかとても落ち着くから」


 ナナシはアクロの方を向き目を見開ミヒラいて言葉を聞いている。

 

「私、優しい黒猫さんに助けてもらえて、とても幸せ! あなたと出会えてとても嬉しいの!」


 アクロは真剣シンケン眼差マナザしで、ナナシに心のカギりを伝えた。


「それに……」


 最後に何かを言いかけてアクロはやめる。


「また明日……おやすみなさい……」


 顔を赤くしてアクロは毛布に顔をウズめた。


「ありがとう……おやすみなさい……」


 ナナシは優しくそう返すと、家を出て隣家リンカの中へと消えていく。


「ありがとう……うれしい……ありがとう……ありがとう……」


 隣家に移り扉を閉めたその裏で、ナナシは涙を流しながら繰り返す。


 ナナシはアクロの掛けてくれた優しい言葉に、嬉しくて涙が止まらなかった。


(黒猫さん……あなたと私が出会えたのはきっと運命よ……)


 アクロは強くそう感じる。


(あなたは私を救ってくれた……身体だけでなく心までも……私も力になりたい……)


 アクロは強くそう誓った。





 翌朝、目覚ましわりに鶏の鳴き声が響く。


 ベッドで眠るアクロの顔に窓から小さく明かりが射し込む。


「ムウゥ……」


 アクロが目をコスりながら目を覚ます。


 アクロは朝が弱くいつもはすぐに起きられないのだが、今回はずっと眠っていたのですぐに起きられた。


 思いきりあくびをして伸びをする。


 毛布を取ると少し肌寒ハダザムい、森の奥だからかあまり日が強く射し込まない様だ。


 頭を軽く叩いて、首を回して、肩も回す。


 頭の痛みは消えて、熱も下がったみたいだ。


 身体はまだ少し痛みがあるが、立ち上がる位なら出来そうだと思った。


「おはよう……アクロ……」


 ナナシの優しい声が聞こえる。


 こちらに椅子を向けてナナシが座っていた。


 膝の上に何かを畳んで置いている。


 机の上に大きめの桶と白い綺麗な布が畳んでおいてあった。


 ナナシは先に起きて何かを準備し、アクロの事を見守っていたようだ。


「おはよう。ナナ……黒猫さん」


 アクロはホホを少しアカくし、恥ずかしそうに小さく返した。


 一瞬、言葉に迷った。できれば名前で呼びたい、名無しそんな呼び方はやっぱり嫌だった。


「黒猫さん! 私、本当はあなたの事をちゃんと名前で呼びたい! でもナナシなんて呼び方したくない! だから、今は黒猫さんって呼ぶけど許してくれる?」


 アクロは二本の人差し指でモジモジしながら、横目でナナシを気にする。


「大丈夫だよ。僕の事をアクロが真剣に考えてくれてる事、伝わってるから」


 ナナシはそう言って微笑ホホエみ、アクロも微笑ホホエみを返した。


「アクロ、これ僕の母さんの……少し大きくて他にもいくつかあるんだけど、とりあえず君が着ている服と形が似ているのがあったから」


 アクロはドキドキしながら食い入るように見つめている。


「少し君より背が高かったから脚がカクれちゃうかもしれないけど」


 そう言ってナナシはヒザの上に畳んで置いていた、母の着ていた肩の開いた黒いワンピースを、アクロに手渡す。


「まだ何着ナンチャクか、そこの箱に入ってるから……他のも使っていいからね……」


 例の錠付ジョウツきの箱の中には、ナナシのお母さんの使っていた物が、大切にオサめられていたようで、鍵は外してあった……。


「あと……君を家に運んで治療チリョウしたとき、顔や手足は綺麗にしたんだけど、身体には……服は破れてたけど、傷はなさそうだったから……触れてないからね……」


 ナナシはそう言って立ち上がり机の方を指さす。


「僕は外で朝食の準備をしているから、君はこれで身体を綺麗にして服を着替えると良いよ!」


 アクロは何故かナナシが顔を赤くしてアセっているように思えた。


「あとゴミはそこに、トイレは家の裏に……って靴も無いし歩けないよね。何か困ったことがあればまた僕を呼んでね!」


 ひと通り説明を終えるとナナシは家を出て扉をめた。


 アクロは立ち上がりボロボロで真っ黒の服を脱いだ。


(これはもう着られない……)


 よろけずまっすぐ立つことが出来た。


 手足の傷に薬がられ、軽いものはもう乾いている。


「痛っ……」


 足には布が巻いてあり歩くと少し痛む。


 ベッドからは見えなかったが、桶にたっぷりと水が張られていた。


 アクロの身体は、手足以外はとても綺麗だ。


 捕まっていた頃は夜になるといつも濡れた布を与えられた。毎日それで身体を拭いていた。


 身体が病気になると奴隷ドレイの価値が下がるので、清潔にする為にそうしろと言われていたのだ。


「ムウゥ……」


 アクロは身体を拭いて満足すると、ナナシの母の黒いワンピースを着た。


 ナナシの話だと家が貧しかった為、母の服は全て手作りなのだそうだ。


 アクロより背が高かったと聞いていたが、サイズはピッタリフィットした。


 猫人ネコノヒトの女性は身長の割に細身の様だ。


 本来、膝丈ヒザタケのワンピースが、アクロが着るとアシが見えない長さになった。


 だがそれが脚の傷を隠してくれる。


 室内に壁鏡があり確かめてみた。


「素敵」


 アクロは一瞬で気に入り、他の服も着てみたいと思い箱を開ける。


「……」 


 突然、アクロの目から涙がコボれた。


 箱のフタの裏に折り畳まれた紙がハサんであり、ヒラいて確かめると白い美しい猫人ネコノヒトの女性がエガかれ、アクロと同じ黒いワンピースを着ている。


 箱の中の様々な形の服は全て黒一色で統一トウイツされていた。


『本当に、愛してくれていたんだ……』


 あの瞬間の確信カクシンした眼差マナザしの理由をアクロは理解し、その言葉に心が共鳴キョウメイした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る