人を殺して食う飯は

とりたろう

人を殺して食う飯は






「ねえ……どうしてこんなことになったの…………オレの何がいけなかったの……」

「お前は……何一つ悪くないよ……」

「じゃあ、誰が悪いの……誰がこんな……誰のせいでこんな事になっでる"の"……なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……ッ!!!!オレは!!!!こんなに!!!!努力してぎだのに!!!!」


興奮して声を荒らげるのを諌めてやるように体を摩る。やり場のない怒りをぶつけるように、どうしようもない悲しみを昇華させるようにその顔を肩に押し付ける彼の姿は、未だに忘れられない。

 

 「それが一瞬で……こんな……ッ……」

 

そんな様を見て恨む相手もいないなんて酷な事、言えるはずなかった。

 酷い現実を突きつけられるはずがない。それに、勇気もなかった。

本当のことを言ってしまえば、この子はきっと、二度と立ち直ることは叶わないのが目に見えた。


だから。


「……酷いのはあの弁護士だ」


そうやって、敵を作ってあげて。


「俺達のこと、ここの皆のことをなにもしらないアイツが、全部ぶち壊したんだ。本当にひでぇ話だ……傲慢な正義感を振りかざして、あの子たちから幸福な未来を奪って……お前が積み重ねてきた夢と努力を踏みにじった……アイツがいけない。きっとそうだ」


嘘は何一つ言っていない。実際、こんなやり方はあんまりだ。そこまでここを蹴散らす理由が俺にはよくわからなかったし、前任者がいったい何をしたのか、皆目見当もつかなかった。

それでも、何か後ろめたいことがあることだけはわかった。ここを管理している人達にあった出来事は、何となく知っていた。


だから、俺はここから逃げたんだ。

あのときまで、自分は刃向かえるほどに強いと、愚かにも思っていたんだ。


形容しがたい背徳感と罪悪感が腹の中でぐるぐると渦巻いていた。




「殺したい」




沈黙を破った彼の言葉はこの上ないほど鋭かった。


「殺したい……あいつの肉ぐちゃぐちゃにして、原型が無くなるまで踏んで、晒し首にしてやりたい……」


なにもかけてやる言葉が無かった。

肯定してやりたくてでかかった言葉を抑える。

きっと、そんなことをしたらこの子は本当に殺しに行ってしまう。犯罪者になってしまう。そんなのだけは、見たくなかった。人を殺してやったやったと叫ぶこの子の顔は、みたくなかった。


「だめだ……それは……そんなことしたら……」

「じゃあどうしたらいいの!!!オレにどうしろって言うの!?」

 「……それは……」

 「この気持ちをどうしたらいいんだ!!!!あんな悪いヤツが英雄気取りなんて腸がなんべん煮えくり返るかわかんねェよッ!!!!!!」



耳元で怨嗟を叫ぶ顔が見てられなくて。

愛しい子達があの弁護士のせいで毎日酷い目にあっているのは、俺だって見ていられなくて。

そんな思いが、血も涙もない、

惨たらしくおぞましい言葉を俺に吐かせた。




「───死ぬより辛い目に合わせてやるんだ」

「……」

「死にたいと思っても、死ねないようにしてやろう」

「死んでも死にきれない、罪悪を感じないのなら植え付けることもすればいい、くたくたにして自ら命を経つまでおいつめたとてそれを俺たちは……許さなければいい………………」




そう考えることくらいは許されると思った。

惨たらしい仕打ちをしてくるのだから。

何事も許されると。

冷静じゃなかったと思う。

誰でも、悪魔でも鬼でも化け物にもなれるとどこか他人事に思っていた。



どこか、ひとつ落ち着いた雰囲気を感じたから、それで収まると哀れにも思っていた。








「ねえ、きいて」




「オレ、人殺した」




「人を殴って殺したよ」







疲れきった顔して無邪気に笑うそいつはもう別人のような気がした。

その日から、もう日常になんて戻れなかった。

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