幽霊少女と遥かな旅

第1話:幽霊少女と旅の始め

 目が覚めると、私は廃墟の中にいた。

 建物は崩れ元の面影を感じさせない。

 私はここがどこなのか分からず、とりあえず動いてみることにした。

 廃墟を出て、道路と思しき場所に出ると所々焼けた跡があり、綺麗に生えていたのであろう街路樹は燃え、道路の石材も黒く焦げていた。

 周囲を見渡すとどこも似たように廃墟になっていた。


 かつては、輝かしい街並みだったのであろう。

 それが今は、見る影もなく酷く廃れていた。

 私は、廃墟の街を歩くことにした。

 不思議とこの街を探検するのは楽しかった。

 崩れた建物、焦げた跡のある街灯、一つも生えていない草木、人が一人もいなく閑静な街。どこか寂しさを覚える。

 街並みを見て、ここがかつてどのような街だったのか想像して練り歩く。


 廃墟ばかりのどことなく暗く廃れた街は寂しさのイメージしか与えないのに比べ、街を照らす空は暗い街と対比したように空がどこまでも澄み渡るような青で頭上を輝いていた。

 しばらく街を歩いていると、先ほどまで歩いていたような廃墟群……住宅街だったのだろうか、等間隔に建物があったり時折商業施設やお店と見せる建物たちはなくなり、広々としたスペースがあった。

 壊れてもう座ることのできない木製のベンチに沢山の街路樹が生えていた形跡から、ここがかつてはこの街の広場だったのだろうと推測する。

 私が広場を見渡した時、この廃墟と争いの跡しかないこの街にとてもじゃないが似つかわしくないものがあった。


 それは、広場の中央に大きくそびえ立ち、今なお鮮やかに咲き誇る一本の木だった。

 周りの街路樹が燃え、幹や切り株状態でしか残っていないのに対しこの大木は幹だけではなく、幾つにも別れた枝や花までもが綺麗に残っていた。

 まるでこの木だけは、街中巻き込んだ争いの火種を浴びなかったように。

 この木だけが別のところに隔離されていたかのように、この廃墟ばかりの街と違って見惚れるほど美しかった。

 好奇心に負け、私は大木に近づいた。

 花に手を伸ばした。もっと近くでみるために。


「なんだろう、この木……この咲いてる濃い紫のお花、私はこれをどこかで見たことがあるような気がする……懐かしい……懐かしい?」

 ふと、自分の意思とは反対に咄嗟に出た言葉に違和感を感じ、復唱するが何故出てきたのか理由も分からないし、何故そう思うのかさえも分からない。

「ジャカランダ」

 その時、私の後ろから声がした。

「え?」

 私は咄嗟に自分の呆けた声と共に声のした背後へと目を向ける

 すると、そこには私と変わらないような年齢の少女が立っていた。

 いや、立っていたというのは少し語弊があるだろう。

 少し焼けたような茶色い栗色の髪に、深い海のような藍、それでいてサファイアのような明るい青を持ったまるで宝石のような瞳。

 まるで普通の町娘のような格好のその少女は驚いたことに、地面から浮いていた。


「ジャカランダ、それがこの木の名前。」

 浮いていることに驚き何も言えずにいた私にもう一度同じ言葉を放った少女に対して私は彼女に質問を問いかける。

「あなたは?」

 それは、私が精一杯出した言葉だった。

「あたしは、フォルティア。フォルティア・マリセリア」

 目の前の少女……フォルティアは、私の存在について問うのではなく、私の質問に答えてくれた。

「あなたの名前は?」

 フォルティアの口から出された疑問に答えようとするが、私は空いた口から声を発することができなかった。

 そう、私は自身の名前を問われた至極答えるのが簡単な質問に答えることができなかった。

 それは何故か、簡単な話だった。


「私の名前……?」

 私は自分の名前が言えなかった……否、自分の名前が分からなかった。

「私の名前ってなんだっけ……?いや、私って誰だっけ……?」

 そんな私の言動を見てフォルティアはなにも言わなかった。

 いや、無理に聞き出そうとはしなかった。

 彼女が私に言ったのは、心配の声だけだった。

「思い出せないのは名前だけ?生前の記憶とかは?」

 私は更に彼女の言葉に頭を抱えた。

「生前の記憶……?」

 そんな私の反応を見て今度は驚いた表情のフォルティア。

「あなた、気付いてないの?」

「え?」

 何が?何に気付く?分からない。私は誰?


 なにも分からないという私にフォルティアは躊躇ったようなどこか悲しそうな顔で私を見た。

「私、何に気付いていないの?教えてフォルティア」

 私の願いに応えるようにフォルティアは教えてくれた。

 私は、幽霊であることに。

 私は……もう既に死んでいることに。

 その事実を言われ私は、自分が死んだ時の記憶や生前の記憶を微かに思い出した。

 そして私の名前が思い出せないのは、恐らく死んだ時に稀に起こる部分的記憶喪失だと言うこと。

「でも……!私ちゃんと生きてた頃の記憶はあるの!生まれた国で病床に伏して家族に看取られながら死んだ!」

「その国の名前は?」

「アクティフォリア。」

 私の生まれ故郷、忘れるわけがない。


「……じゃあ今から言う言葉は更にあなたを傷付けるね」

「え?」

「あなた、この廃墟群を見てきたんでしょう?」

 私は、突然投げかけられた質問に黙って頷くことしかできなかった。

 そして次にかけられる言葉に恐怖を覚えながら次の言葉を待っていた。

「この廃墟群が、いやこの亡国がかつてのアクティフォリアの成れの果てだよ」

「え……?」

 信じたくない、知りたくもなかった真実に愕然となる。

 私の知ってるアクティフォリアは、繁栄していて明るくて、賑やかで街のみんな優しくて、いいところはあげ出したらキリがない。

 それなのに、どうしてこの国は滅んだのか。


 私は、理由を知っているのかそれとも真実を告げたことに対する気まずさなのか黙ってこちらを見つめているフォルティアに聞く。

「何を知っているの?どうしてこの国は滅んだの?教えてよフォルティア。」

 目の前で無言のまま佇むフォルティアに私は問いかける。

「あなたなら何が起こったのか知っているんじゃないの?私の知っているアクティフォリアは繁栄して周囲の国との貿易や連携もして、とても大きな国だった。あの国が滅ぶなんて信じれない!」

 私がその言葉を発した時、フォルティアは俯いたままだった顔を上げた。

 その時見えたフォルティアの顔は驚いたような、信じられないというような顔をしていた。


「アクティフォリアが繁栄?周囲の国と貿易?あなた、何を言っているの……?アクティフォリアは、貧しい国よ?それこそ、周囲の国と争いその成果で食べていくようなそんな国よ?」

「え……?」

 私の知っているアクティフォリアは周囲の人と人が手を取り合い笑顔溢れ、皆が優しくて、緑も生き生きとしている。

 明日の食べる物にも困らないような良い国だった。

 そんな国が滅ぶわけがない。

 そんな私を置いて、フォルティアは口を開く。

「……あたしの知ってるアクティフォリアはね、病が流行って人が沢山死んで、人の遺体が街のそこら中にごろごろ放置されて、そこから腐敗臭と菌が発生して、食べ物が腐って明日食べるものが無くなって、人がどんどんやせ細って明日自分が生きてるかさえ分からなくて、周囲の国との貿易も上手くいかなくなって、みんなボロボロな、そんな国だよ」


 私の知っているアクティフォリアと違う……

「私の知ってるアクティフォリアは、街の人と人が手を取り合って笑顔ばかりで皆が優しくて、緑も生き生きとしていて、鳥が自由に空を飛んで街のみんなも好きなように生きていて、賑やかで明るい国で、明日の食べる物も周囲の国との貿易で食べる物にも困らないようなそんな良い国だった。」

 咄嗟に出た言葉は、私の知るかつてのアクティフォリアの姿を表現する言葉だったけれど、私たちはお互いがお互いの話を信じることができなかった。

 怪訝な表情をしていたフォルティアが口をまた開いた。

「ねぇ……あなた、何年生まれ……?」

「私は、XXX年生まれだけど……。」

 自分の生まれ年を言った瞬間、フォルティアの顔は一瞬で驚いた顔になった。

「あたし……生まれたのXXX年よ?」

 その生まれ年はどう考えても同時期の数字では無くて、私とフォルティアの生きていた時代が違うことが判明する。


 その差なんと、およそ90年。

 フォルティアが驚くのも無理は無い。

「無いとは思うけど、あなた……あたしのご先祖さまだったりする……?」

 驚きに満ちたフォルティアが顔を歪ませ、疑心暗鬼になりながら私に問いかけた。

「私が!?いやいやいや、無いよ!」

 私は即座に否定した。

 私の記憶が正しければ私に子供なんていなかった。

「でも……じゃあなんで時代も違うあたし達が幽霊になるの?」

「……幽霊になるので定番ってやっぱり未練があるとか……そういう事なのかな……」

「未練……」

 未練、自分の名前は思い出せないけどかつてこの国に住んでいた時の記憶、家族や友達と話した記憶は確かに私の心にはあった。

 それでも、名前だけが思い出せなかった。

 人との会話の中で恐らく私の名前を呼ぶところだけノイズのような、霧のようになり思い出せなくなる。


 未練と言えば、かつての私はずっと家にいたような気がする。

 理由はなんだったか……。

 ……そうだ、病気だ。私は病気に苛まれていたんだった。

 それも、生まれつきでお医者さんにも治せないって言われて、心配性な両親が忙しいのにも関わらず家の使用人を私に付けたり、本や色んな所の絵画、標本をくれて、ベッドも大きくて部屋も大きくて……。

 病状が悪い時はずっとベッドで眠っていたけれど、病状が悪くない時は家の庭を歩いたり、部屋にある窓を開けて街の人と話したりして、色んな話を聞いて……。


 あぁ……そうだ、私の未練。それはきっと、私は自由に旅をしてみたかったんだ。

 ずっと家にいて暇な私にお父さんが話してくれた仕事で行った各国の風景の話、街の子供が話す今日あった出来事、街の大人が話す最近来た旅人の話、両親が1人で寂しくないようにと与えてくれた本に出てくる悪しき魔王を倒す勇者のお話。

 私はそれら全部に憧れたんだ。

 自分には出来ない事だったから。

 だから、きっと私の未練……夢は病気が治って色んな所に自由に旅をすることだった。


 でも、私の夢とは裏腹に私の病気は悪くなっていった。お父さんとお母さんが各地の色んなお医者さんから貰った病気によく効くお薬も何度も飲んだし、両親が迷信でも変な儀式をしようと言い出した時は……頭を疑ったけど。

 日に日に私は、歩くことすら出来なくなって動けなくなって、ベッドに伏すことしか出来なくなっていった。

 それからはしんどかった。

 体のあちこちが痛む、痛さを紛らわせようとすることは気持ち程度の痛み止めの薬を飲んで寝ることしかなくて、時折仕事から帰ってきた両親と話したり、家のメイドや執事と話して苦しくも皆が優しいおかげで楽しい時間を過ごしていた。

 でも、私は大人になる前にみんなに見守られながら死んでしまった。

 ……はずだった。


 次に目を覚ますと、この亡国となったこの国の廃墟の中だった。

 そうだ、なんでこんな大事なことをどうして忘れていたんだろう。

 でも、私が死んでから幽霊として目を覚ますまでは何故か思い出せない程深く長い夢を見ていたような気がする。

 その記憶も思い出せないけれど。

 恐らく、未練が無くなって成仏するのなら私は自由に色んなところに行ってみたい。

 考えがまとまったところで、私は再びフォルティアに目を向ける。

 その時のフォルティアは木を向いて静かに、遠くを見つめていた。

「フォルティアの未練はなんなの?」

 木を見つめるフォルティアに問いかける。


 私の声にハッとしたフォルティアがこちらを向いて微笑む。

「あたしの未練……あるとするなら、家族が無事に生きたのか気になることかな。」

 家族。

 それはこの世で溢れる程いる人の中でたった数人、血の繋がった人達のこと。

「私も家族が無事に生きてたか気になるなぁ。まぁ、私の場合はもう死んで90年は経ってるから確かめようがないけど。」

「……誰もあなたが死んでから90年後が今だとは言ってないよ。少なくともあなたが死んでから200年ぐらいは経ってるんじゃないかな。」

 200年???

 え、私とフォルティアの年の差が90年なんじゃないの……??

 私の反応を見てか、フォルティアは説明し始めた。


「確かにあなたとあたしの歳の差はおよそ90年だけど、私は死んで幽霊になるまで、幽霊になってから随分時間が経ちすぎた。」

 時間が経ちすぎた……?

「あたしはね、この場所から動けないの」

「動けない?動きたくないでもなく?」

「うん、動けない。ねぇ、この木綺麗でしょう?」

 そう言い、フォルティアは目の前の大きなジャカランダの木に向いた。

 唐突に言われたことを確かめるために私も木を見た。

「うん、綺麗。確かアクティフォリアの国花もジャカランダの花だったよね?」

 私は背中を向けたままの彼女にそう言った。

 見たままの感想を言ったけれど、この木と彼女の未練がどう関係あるんだろう。

「あたしはね、この国で生まれてこの国で死んだの。」

 突然、こちらの意見を聞かず話し出すフォルティアに困惑しながらも私は静かにその話を聞くことにした。


「あなたが生きていた時代はどうやらこの国は裕福だったみたいだけれど、あたしの時代では全然でさ、むしろ裕福の逆で困窮してた。」

 悲しそうな顔をしている彼女にかける言葉も見つからないまま話は進む。

「あたしの生きていた頃は、病が流行っちゃってさ、もう大変だったんだよね。また明日、って言い合って手を振り合った友達が次の日には死んでいた、みたいなね。それに、病が流行ったことで食べる物も無くなって、みんなガリガリになってさ。」

 私の時とは違う。

「あたし、兄弟がいたんだよね。弟と妹、あたしがお姉ちゃんでさ。」

 兄弟、もしもいたら私も寂しくはなかったのかな。

「ある日さ、弟妹達にまともなモン食わせようとした母さんがお店のもの盗っちゃってさ、まぁ当然バレてさ、その時に母さんはあたしに濡れ衣を被せたんだよ。」

「フォルティア……。」

 それは、信じていた親に裏切られるなんてことは想像を絶する絶望だったろうに。

 どうして彼女は、懐かしいというような顔をしているの??


「してもいない罪で、しかも親から擦り付けられて、当時のお偉い様は母さんの話を信じてあたしを冷たい牢獄の中に入れたんだよ。」

 私はもう何も言えなくなり、ずっと黙ることしか出来なかった。

「まぁ、運悪く牢獄の中が衛生が最悪だったみたいで、可哀想なフォルティアちゃんは冷たくて暗い牢獄の中で流行病にかかって呆気なく死んだ……。」

「………。」

「はずだったんだけどね、気が付いたら幽霊になってるし、この木の傍から動けないし。」

「それって、つまり地縛霊……??」

「大方そういう事なんだろうね、あたしも気が付いた時びっくりしたけど、木に触れたらこの木の記憶を見れてさ」

「この木の記憶?」

「うん、きっとこの木が見た?聞いた?事なんだろうね。折角あたしが、否定もせず大人しく捕まったのにあたしが死んで数日後に窃盗が母さんの仕業だってバレたみたいで」


 折角あたしが、大人しく捕まった?

 それじゃ、まるで自ら捕まったような言いぶり。

「あたしの事疑わなかったお偉い様が、実の親から罪をなすりつけられ捕まって死んだあたしを哀れに思ったみたいで、特別な埋葬してくれたんだ。」

「特別な埋葬?」

「うん。ねぇ、あなたはこんな言葉を聞いたことある?もしくは、綺麗な木の下には死体が埋まってるって言葉」

 まさか、でも国の偉い人が埋葬にそんなことするはず……。

「言い方変えようか、あなたは、樹木葬という言葉を知ってる?」

「確か……死んだ人の遺骨を砕いて木に埋葬したりとかするやつだっけ……?」

「そうそう!本来はそうなんだけど、何を血迷ったか当時のお偉い様はね、綺麗なままのあたしの死体を埋めてその上からこの木の苗木を植えたみたいなんだよね」

「国の権力者がそんなことしていいの!?」

「勿論良くないよ、でも当時の国民は病で減りすぎて異を唱える人も少なかったし何より、一々死んだ人を土葬して埋めて墓を作ったりするよりも樹木葬の方が死後も綺麗な木として咲く、それが墓代わりとか考えたのかな。」

「なによ……それ……。」

 私は絶句して何も言えなかった。

 でも、そんな私とは違いケラケラと笑うかのように明るく話し続けるフォルティア。


「まぁ、なんやかんやあたしの遺体は冷たい地中に埋められたんだけどね。あたしが幽霊として目が覚めたのは小さかった苗木が大きな木になるぐらい年が経った頃だった。その頃にはもう、知ってる人はいなかったし、勿論家族もいなかった。」

 家族の無事が知りたかったけどね、と小さく呟いたフォルティアの顔は悲しみに染まっていた。


「でも、幽霊になっていいこともあったよ。毎日街の人が元気に過ごしてる姿を見れた。多分、流行病は無くなったんだろうね。皆明るく話してさ、その様子を見た時は本当に嬉しかった。でもね、あたしには行動の限界があった。」

「地縛霊だから?」

「それもあるけど多分あたし、この木と一体化してるんだろうね、この木から一定距離は離れられないし、それにこの木の花が全部散る頃には眠ったように消えるんだよね。」

「眠ったように消える?」

「うん、最後の花が散るとフッと意識がどんどん遠のいて深い眠りについてるみたいな、で次の春の最初の1輪が咲くと同時にまた目が覚める。その繰り返し。」

 意識がどんどん遠のいて深い眠りにつく…幽霊として目覚めるまでの私みたい。

「次の春までみんながどうなってるか楽しみながら眠るのがあたしの些細な楽しみだった。老若男女関係なくこの木の前で色んな話をして色んな遊びをして本当に、楽しかった……でも、ある年。」

 最後の言葉を言い放った時のフォルティアの顔は今までにないぐらい悲しみと怒りを含んだ表情をしていた。


「ある年、あたしが目を覚ますとそこには滅んだこの国があった。あたしはすぐにこの木の記憶を見た。そうしたら何があったと思う?この国に。」

「また流行病とか……?」

「病とかそんな優しいものじゃなかった。戦争だよ、それも国と国同士の。」

「まさかこの争いの跡は……。」

「そう、戦争の跡だよ。最初は国同士の国境でやってたみたいだったけれど、国境が突破されてどんどん街中でも争うようになったみたい。」

 それで、この国はこんなにも……。

「元の見る影もないよね……。」

「えぇ……。」

「……母さんになすりつけられた時はさ、あたしが大人しく捕まったらあたしの食べる分がなくなって、その分弟妹達が食べていけると思って大人しく死んだんだけどね、その後のつかの間の幸福に慣れちゃったんだろうね、唐突に来た戦争にびっくりしたよ。あたしの眠っていて何も出来ない冬の時だったみたい。まぁ、起きてる時に戦争が起こったとしてもあたしは幽霊だし、生身の人には何も出来ないんだけどね。」

 本当に私は、何も問題が無い時代でのうのうと生きていたんだ。最愛の家族から蔑ろにされてもそれを家族への愛として罪を背負った彼女は、街の人の様子を見て幸福を感じていたのに戦争が滅んだこの国の様子を見るのは、きっと絶望だったろう。


「まぁ!全部終わった話だからね、どうもないよ!」

 そうおちゃらけた様に笑う彼女の笑顔が無理に作ったものなことぐらいは、出会って短い私でも気付けた。

「さぁ、次はあなたの話を聞かせてよ。私達は幽霊なんだし、朝も夜も太陽も月も関係ないよ、毎日眠らずにだって話せるよ!」

 幾重の絶望と幸福を体験した彼女にとって、同じ幽霊として話せる人物は珍しく、人として話せるのは久しぶりなんだろう。

「うん、いいよ。私もフォルティアの家族の話聞きたいし、話してる間に昔の名前思い出せるかもだし。」

 それから私たちは昼も夜も関係なく話した。

 お互いの話、家族や生きていた頃流行った遊びをしたり、何を経験して何を見聞きしたのか、はたまた友達の話や、好きだった食べ物、昔読んだ童話に好きだった歌を二人で歌ったり、とにかく沢山話せることは全て話せるほど私たちには時間が余るほどあった。

 何度も朝と夜を繰り返し、だけども景色には目もくれず変わる変わる空を横目に……いや、上目に私たちは話した。


 既に死んでいるからか、喉が渇く、喉が枯れると言ったことはなく、本当に一日中話し続けた。

 結果的に私たちが、話し終えたのは出会ってから数日後のことだった。

 その頃には、私たちはお互いの人生のほぼ全てを語った人物同士仲良くなった。

 出会ったばかりの頃とは打って変わって、私たちは口調も話し方も砕けて喋るほどになっていた。

「はー、一気に喋った〜!!」

 そう言ったのは、フォルティアだった。

「結構沢山喋ったけど、あなた名前は?思い出せる?それとも相変わらず思い出せない?」

 一気に聞いてきた彼女に対して、私は横に首を振る。


「そっか〜、そういやさ、一個気になったこと聞いてもいい?」

「いいよ。」

 何が言われるのか待っていると、聞かれたのは家のことだった。

「あなたの家族の話の中で家の使用人さんの話とか出たけれど、あえてその時は深く聞かずにスルーしたけれど、家の使用人ってなに……?家に使用人がいるほどのお嬢様だったの?」

「あれ?詳しく話してないっけ?」

「うん、あなたのお父さんがしてくれたっていう話は沢山聞いてけれど、お父さんについての話や、家の深い話は聞いてないよ。」

 てっきり、話したと思っていた内容だったけれど、どうやら話していなかったようで、私は改めて自分の記憶を整理しながらフォルティアに話した。


「私の家は元々、それなりに裕福な家でね。周囲の国との貿易とか元々やってた商人も相待ってそれなりに家も豪華だったんだよね。」

 私はかつての記憶を呼び起こしながら、フォルティアに話していく。

「で、私のお父さんが貿易とか商売のために他国によく行ってて、その国の話をよく帰ってきてしてくれたんだよね。お土産とか持ってさ。」

 実際にもらったのは、貿易に行った国の風景を画家に描かせて持って帰ったりとか、その国特産の花とか。植物の標本だったり、その国の絵本から難しい本まで大小様々なものを持って帰ってきた。


 私のためにって買ったり用意させた本を暇つぶしに読んでいたらいつの間にか難しい話も少しずつではあったけれど、わかるようになったし。

 いろんな国の物語を読んで、本の中のお姫様に憧れたこともあった。

「お母さんは、国内での商売をやってたからお父さんよりは家にいて側にいてくれたな。それでも、お仕事中の昼間とかは家の使用人のメイドさんや執事さんとよくお話したり、手遊びしてたなぁ。」

 お母さんの作る料理、美味しかったなぁ。


「それからね、たまに病気の症状が軽い時があったから、部屋の窓を開けてそこから街のみんなとお話ししてたんだ。窓を開けてしばらく待つと、近所に住む子が会いにきてくれたり、最近会った出来事を話してくれたりして、勿論話すのは子供だけじゃなくて大人の人とも話したし。」

 みんな優しくて、私が病気だってこと分かってるから、部屋の窓が閉まってる時は無理に話しかけて来なかった。

 それでも、みんなと話せないのは寂しかったけれど。

「あと、しんどい時はベッドに横になりながら窓から外の景色を眺めたりとか、飛んでる蝶々や鳥を見たりとか、綺麗に咲いてる花を見たりとか!」

 本当に綺麗だったんだよと、付け足す私。

 感傷に浸っている私にフォルティアは、未練について聞いてきた。


「じゃあ、あなたの未練は家族が無事に生きたことを確かめること?」

 家族が無事に生きたかは確かめられるのであれば確かめたいけれど、私たちはもう幽霊で、死んでいて家族もとっくの昔に死んでしまっている。

「うーん。やっぱり、家族が私みたいに病気とかで死んだんじゃないかって不安になるけど、確かめる術もないから、今は別の未練かな。」

 別の未練?とフォルティアが首を横にかしげるので、私は続けて言う。

「私の今の未練というか、夢はお父さんがしたように私もいろんな国や街に行っていろんなものを見てみたいんだよね。」

「夢……こうやって幽霊としてこの世にとどまる未練を夢なんて可愛いもので言うんだね。もしかしたらあなたの未練がそんな可愛いものじゃなくて、誰かを呪い殺したいとかだったらどうするの?」

「うーん、私が誰かを殺すかぁ……考えたこともないけれど、多分この先もずっとないと思うな。」

 私は即座に否定した。

 否定したところで、自分の記憶さえ確かに思い出せないから、絶対と言い切ることはできないのかもしれない。


「だけど、もしも私が誰かを殺したりして、もう一度あの世に行って両親に会ったら、きっと怒られちゃうから、人を殺すなんてこと私はしないよ。きっと。」

 私の両親は、私に甘いけれど大人としての善悪の区別はついていて、怒る時は怖い人だったから。と懐かしむように言う。

 それは生前、私が危ないことをして二人に怒られたことのある前科があるからである。

 今の私には、確かに未練について絶対と言い切ることはできない。けれどきっと、と曖昧であやふやに言い切ることはできる。


 かつて、両親は私にこう言ってくれた「あなたのしたいことをしなさい。あなたの信じることを信じなさい。それがあなたなりの正義なら」と。

 今思えば、あの言葉は病気で思うように動けない私に自由に生きろと言ってくれたのだろう。

 でも、当時の私にはそれが薄っぺらい慰めにしか聞こえなかった。

 きっと、街1番の人格者で街のみんなから慕われていた両親だから言える言葉だったんだろう。

「人はみんな、遅かれ早かれ幸福を見つけ絶望に遭う。それでも諦めなければ夢は見るものではなく、掴むものになる。」

 母がよく、眠る前に私に言ってくれた言葉。

 幼い頃の私は、その言葉の意味がよく分からずにいたけれど、まさか死んで幽霊になってからこの言葉の意味をよくわかる日が来るとは思わなかった。


「じゃあ、あなたは旅に出たいの?」

 フォルティアが私に旅の目的について聞く。

「そうだね。いろんなところに行きたいと思っているからそうなるのかな!」

「旅の目的とか決まってるの?」

「旅の目的かぁ。」

 言われてみれば考えてみたことはなかった。

 いろんな国に行く……は、安直だし今の全ての国を回ったら終わってしまうし。

 全ての国を回ったら成仏するのかも。

「旅の目的はよく分からないけれど、自分探し……?とか?」

 ほら、私って自分が何者なのか分からないとこまだあるし!と明るく付け足すと「なら、平和や自由を謳歌する旅になりそうだね。」

 確かに、前世……というと違和感があるが、生前の頃にはできなかった自由を謳歌して旅に出たいと思っているからあながち間違ってはいない。


「じゃあ、お願いなんだけどさ。旅に出るなら探して欲しいことあってさ。」

 探して欲しいこと?私は意味がわからず首を傾げる。

「この世に本当に平和や自由ってものがあるのか確かめてきてよ。あたしはこの通り、地縛霊でこの木から離れられないし。それにそれに、あたしの知ってる限り平和や自由なんてものは、ずっと束の間の休息みたいなもんだった。ずっと続く平和があるならあたしの代わりに見て確かめてきてよ。あたしはまた、あなたの話を聞くことにするから。」

 突然のフォルティアからのお願い事に戸惑いながらも、より戸惑ったのはその内容の方だった。

 平和や自由って探して見つかるものなの……?

 疑問に思っても、私も同じ気持ちなのだからしょうがない。それに目的もない旅なんてつまらなそうだし。なにより友達からのお願いだから、答えるしかない。

「いいよ。」

 私はすぐに了承する。

 しかし、問題はあった。


「旅をすると言ってもどこから行こうかな。そもそも、私もフォルティアみたいに地縛霊ならここから動けないし……。」

「どこから、はともかく地縛霊って線はなきにしもあらず、だね。あたしはこの木の地縛霊だからこの木を離れすぎると動けないし。でも、あなたは一見住宅街の方から来たように見えたし……この亡国自体の地縛霊とかでもない限りはないと思うけど……。」

「なら、実際に確かめたほうが早いね!ちょっと、行ってくる!」

 そう言って、私は静止の声と驚きの声を漏らすフォルティアを置いてこのかつてのアクティフォリアの城壁のあった門まで行く。

 本来、歩いてなら少々時間はかかるだろう道のりを幽霊だからなのか、物理法則は無視されるのか遮蔽物があっても通り過ぎることができ、すぐに門までつくことができた。

 私は恐る恐る門をくぐる……ことが無事にできた。


 私は喜びのあまりすぐにフォルティアの元へと、蜻蛉返りをした。

 戻る時、少し違和感を感じたがそれよりも門をくぐることができた喜びの方が高く、違和感について何も気にも留めなかった。

 そして私は、いの一番にフォルティアに結果を言った。

「あのねフォルティア!聞いて!わ「どうせ、通れたってことでしょ?」

「なんで分かったのすごいね!」

「あんな喜んだ顔を見たら誰だってわかるよ。……おめでとう。」

「うん!」

 これで、旅に出ることができる。

 私は夢を叶えることができるんだ!


「あ、ねぇねぇフォルティア。フォルティアも一緒に旅に行こうよ!」

 そう言った私に、フォルティアは「何を言ってるんだこいつ」と言ったような顔をしていた。

「あたしのこれまでの話聞いてた?あたしはこの木の地縛霊でここから離れることができないんだよ?」

「うん、だから枝とかにして持ち歩いたら無理かなって……!」

 思いつきだったけれど、言ってみるのは間違ってないはず。

「小さな花とかならできたのかもだけど、あたしの場合は無理そうね。」

「そんな、試してもないのに……。」

 祝福の次の開口一言目から否定されてしまった。


 私は、できるかわからない状態で門に行って実際にできたのに。

「あたしの場合、この木の下にあたしの遺体が埋まってて、尚且つこの木全体の地縛霊になってて、あとあたしの遺体とこの木はもはや切っても切り離せないことになってる。無理に離そうものならきっと木にもあたしにも影響は出る。それに、あたしの遺体とこの木はもう、一つになってる。いわば一心同体。枝にしたところで、それは枝が木から離れたことになる。木から離れたものにどうこうはできない。」

 薄々は感じていたが旅を二人で行くことはできないようだ。

 一人しかいない旅は寂しいものかと思って誘ったんだけどなぁ。


「あたしは、自由に動けるあなたにお願いしたの、平和を見つけてって。あたしの人生は平和も自由も何もなかっただから、動けないあたしの代わりに見つけてきてね。」

「……うん。」

「それにしても、幽霊の旅人なんて聞いたことない!旅に出るなら今だけでも名前いるんじゃない?」

 名前……きっと、私の本当の名前はある。

 だけど、今はそれを思い出すことができない。

「だからの今のうちだけの、旅してる時だけの名前を作ったらいいんじゃない?」

 まるで私の心を読んだように言うフォルティアに内心驚きつつも、悩んでしまう自分がいる。

 自分の本当の名前は別にあるのに、別の名前を使っていいのかな。きっと、本当の名前は、私の両親がつけてくれた名前なのに。


「お父さんとお母さんに悪いことしてるみたい。」

「なら、本当の名前を思い出したら本当の名前を使えばいいじゃない。旅に出ると言うことはいろんな人に会うってこと。会った時に名乗る名前がなければ困るものも困るよ?」

 フォルティアの言うことは正しかった。

 いくら、幽霊としても旅先でいろんな人に出会うだろう。それこそ、同じ幽霊とかに。

「……じゃあ、思い出したら本当の名前使う。」

「よし、じゃああなたの名前を決めよ!あなたはこういう名前にしたいとかあるの?」

 急にワクワクしだしたフォルティアを横目に、名前について考えるが特に思い入れのある言葉もないし、どの名前にしたいかなんて選択肢が多すぎる。

「いや……特にはないかな。」

「えぇ〜?なんかないの?好きだった花とかでもいいんだよ〜?」

 人の名前をつけると言うことは子供を産むか、ペットを飼うでもしないとしないことだし、テンションが上がるのだろう。

 だからと言って、変な名前はやめて欲しいけど……。


「本当にないの?」

「うん。」

「このままじゃ、あたしが決めるよ?いいの?」

「いいよ。フォルティアのネーミングセンスを信じるから。」

「うわ、急に責任感するようなこと言わないでよ……。でも、実はちょっと前から考えてた名前があったんだよね〜」

「何?」

 ふふん。と、どこか誇らしげにフォルティアは足元の地面に指で文字を書く。

 なるほど、通常は幽霊は物理法則を無視するが、場所を集中すると多少は触ることが可能になるようだ。

 そこに書かれた名前と一緒にフォルティアが読み方と名前を発表する。

「これから、あなたの名前は、レムヴィア・トリベルよ!」

 レムヴィア・トリベル……わざわざファミリーネームまで考えているあたり、本当にしばらく前から考えていたことが伺える。

「どうどう?」

 反応を楽しみにしているフォルティアが私の顔を覗き込んでくる。

「うん、いい名前だね。それにフォルティアの最後とレムヴィアって最後がティアとヴィアで終わるのが少し似てる。」

「そこもこだわったのよ!いいでしょ?」と満足げのフォルティアの顔を見るとこの名前を受け取らずにはいられなかった。


「じゃあ、本当の名前を思い出すまで私の名前はレムヴィアだ。ありがとう、フォルティア。」

「どういたしまして、レムヴィア!」

 そう言って私たちはまた話し始めた。

 今度は、レムヴィアに至るまでの名前の候補や、その由来について喋っていた。(主にフォルティアが。)

 そして、私とフォルティアが出会ってからおよそ7回目の昼が来た。

 私たち幽霊には時間も食事も睡眠だって関係なかった。

 それでも、話疲れた時は二人で地面に座ったり、ジャカランダの木の幹を背中にして座ったり、はたまた話すことがなくなっても地面に寝転んで星を見た。

 そうすると、自然とどちらかが話し出すから、会話は終わることはなかった。

 それでも、7回目の昼の今日。


 どこか、フォルティアの様子がおかしかった。

 いや、何日か前から段々と様子がおかしくなっていた。

 以前よりも心上の空と言った感じで、ここではないどこかを見ているような、まるで放心状態のような感じになって行った。

 最初は気にも留めなかったけれど、段々とその回数や間隔が短くなるにつれ、心配になった。

「フォルティア、どうかしたの?なんかおかしいよ?」

 私の言葉にハッとしたフォルティアはすぐに「心配しないで!」と明るく振る舞った。

 まだ出会って短いけれど、フォルティアのその顔を見て何かあるんだろうなとは思った。

 でも、それがフォルティアが言いたくないことなら私の口から聞き出すようなことはしなかったし、したくなかった。

 フォルティアが隠していることを無理に暴くのは友達だと思えなかったから。

 それに言いたくないことなら無理して言わなくてもいいと思ったから。

 それでも、いつかは隠し事を言ってくれると信じて。


 そして、ようやくフォルティアが神妙な顔で口を開いた。

「あのね、レムヴィア。」

 その声は今までのフォルティアからは信じられないような、静かで落ち着いている声だった。

「どうしたのフォルティア?」

 出会って短い私たちだけれど、何があっても友達でいられる。そんな気持ちでいた。

「出会ってすぐの頃、話したの覚えてる?この木の花が全部散る頃には眠ったように消えるってこと。」

「覚えてるよ。」

 それは、かつてフォルティアが話した自らに課せられた縛りについての話だった。

「そろそろ、この木の花も今年の分が散る頃……いや、もう散り始めてる。本当は、散り始める頃に話し終えて、レムヴィアには旅に出てもらおうと思った。でも、そんな話をするよりもずっと楽しくレムヴィアと話してたいって思っちゃってさ。言い出せなかった。」

 フォルティアが言えなかった隠し事。


 それは、私たちの別れが近づいていること。

「前まではね、建物があったから風が吹いても遮蔽物としての機能を果たして、花が散るのはゆっくりだったんだ。でも、この国が滅んで、戦争で建物が見る影も無くなって、風が吹いた時この木を守るものが何もなくて、私の春だけの命は段々と短くなっていった。ほら、もう花そんなに咲いてないでしょう?このままだと、全部散ったり枯れるのも時間の問題、そうなったらまた私は寝てしまう。」

 言われた通り、頭上のジャカランダの木の枝に目をやると確かに、咲いている花の数は出会った時よりも明らかに少なくなっていた。

 フォルティアの話では最初の1輪が咲いて目を覚まし、最後の1輪が枯れて眠るという話だったけれど、花は当然だが咲くまでの時間が長い。

 しかし、散るまでの時間はあっという間だ。

 事実、私とフォルティアが出会ったのが丁度このジャカランダの花が満開の頃だった。

 私が門に確認しに行った日、微かに感じた違和感は花の咲いている量が減ったことによる違和感だった。

 満開の時に比べて減っているのだから、違和感を感じてもおかしくはなかった。

 もうそんなに時間が過ぎていたのか、と驚く私はフォルティアに問いかける。

「でも、眠るだけならまた次の春にこの国に戻ってフォルティアに会いに来るよ。それなら、フォルティアも話を聞きながら一緒に旅をしている気持ちにならないかな?」


 夏から冬の間に私は旅に出るから、春になったらまたフォルティアに会いにこの亡国に戻る、それが身動きできないフォルティアと一緒にできることなんじゃないかと思ったから。

 それに、私もまたフォルティアと話したい。

 旅に出て見聞きしたことをまた、フォルティアに話すから。

 期待を胸に目の前のフォルティアに問いかけ、目を合わせようとする。


 しかし、フォルティアはこちらに顔を向けながら、しかし依然として目線を合わせようとせず、それどころかまた私を脅かせる発言をする。

 その顔は、いつの日か私に話してくれた自身の過去の話、家族との思い出の話をした時のように悲しむ顔だった。

「よく聞いてレムヴィア。恐らくだけど、何百年も続いた春だけの命はこの春が最後だと思う。」


 それは、もう私たちが会えないという話だった。

 現実を受け止めきれない私は、餌を与えられる水槽の中の魚のように口をはくはくとさせることしかできなかった。

 まるで、時が止まったような衝撃でずっと喋っていたはずの口から声が出ない。

 信じることができなかった。

 いや、信じたくなかった。

 きっと、フォルティアがたまに話すイタズラだと思って。

「うそだよね……?フォルティア?そんな冗談流石に笑えないよ?」

 その言葉を受け、目の前のフォルティアは無言のまま首を横に振った。

 わかっていた。

 信じたくはなかった。

 だってこれまでフォルティアが言う冗談は、こんな笑えない冗談じゃなくてちゃんと笑える冗談だったから。


 きっと、今回もそうなんだって心のどこかで期待してた。

 でも、フォルティアの顔が悲しげでそれが現実だってことを知らせる。

 いや、顔だけじゃなかった声でさえも普段と違い、冷たい声だった。

 まるで冬の雪が降る日のように、空気までが凍りそうなほど冷たい声だった。

 死んで無くなったはずの心臓のあたりがギュウと誰かに掴まれたように痛む。

 これが終わりなんて信じたくない。

 せっかく出会えて、仲良くなれたのに、また友達と話せなくなるの……?

 一度目は、生前仲良くしてくれた子との別れ、その時はその子じゃなくて私から離れてしまったんだけど。

 こんな経験、二度も経験したくなかった。

 気づけば私の目尻には、涙が溜まっていた。


「いやだ……いやだよ私。まだフォルティアと話してたい。」

 あぁ、声が震えてる。

 目尻に涙を溜めながら、でもその水滴を落とさないように、きっと落としてしまえば心優しい彼女がさらに苦しんでしまうから。

 それでも嫌なものは嫌だった。

 わがままを言ってもどうにもならないのはわかってる。

 人は死んでしまう。それが死んでいても、人に永遠は訪れない。

 神様は酷だ。

 本来一度しかない人生に二度目をあげたくせに、その二度目の人生ぐらい好きなようにさせて欲しい。

 せっかくできた友達を手放したくなんてない。


 私とフォルティアとの沈黙に私の鼻を啜る音だけが鳴る。

 目の前にいるフォルティアは変わらず、悲しげな表情で私を見つめていた。

「あたしもだよ、レムヴィア。でもあたしに残された時間はそう長くないことは分かってたの。残された最後の時間に最高の友達、レムヴィアに出会えて話せて本当によかった。」

 会話の途中、ずっと目線を合わせなかったフォルティアがようやく目線を合わせた。

 私の目を見て出会えてよかったと言ったのだ。

 気づいた時には、もう涙は頬を流れていた。

 そんなことを言われて泣くことを耐えれるわけがない。

 流れてしまった涙を止めようと目を擦る手をフォルティアが止める。

 私とフォルティアとの間にあった約二歩の間隔は無くなっていた。

 フォルティアは、私の腕を掴んですぐに離したかと思えば今度はフォルティアの腕が私の両肩を通りすぎ、私の背中に回されていた。


 行く場所を無くした私の腕は自然と目の前にいるフォルティアの背中へと回っていた。

 私の背中に回されたフォルティアの手腕は、私の背中を等間隔に優しく叩いた。

 その優しく手慣れた手つきは、確かに彼女が生前二人の弟妹を持ったしっかり者の姉であったことが感じ取れた。

 誰よりも心優しい子。

 自分の命を顧みず自身の弟、妹、両親のために冤罪でも自ら捕まった優しい子。

 神様がもしもいるのなら、お願いです。


 この子の来世が、温かな家庭に恵まれた心優しい子でありますように。

 ぽんぽんと私の背中を叩く音と私の啜り泣く声が私たち、二人の沈黙の間に流れる。

 先に口を開いたのはフォルティアだった。

「ねぇレムヴィア、前に言ってたよね。あなたの夢の話。」

「うん……」

 フォルティアの普段の明るく活発な声とは違い、落ち着いた柔らかい声に反応して私の啜り泣く声が出る。

「あたしもね、生まれて死ぬまでこの国から出たことがなかった。だからと言ってはなんだけど、レムヴィアにはあたしの分まで見て欲しいの。あたしたちが見ることができなかった景色を見て欲しい。地縛霊のあたしにはできない。浮遊霊のレムヴィアだからできること。この木と一緒に生きるあたしにはできない。」

 友達に頼まれたら断ることなんてできないのに。ひどいよ。

 そうだ。と言って私に抱きついていたフォルティアは私から離れてジャカランダの花に手を伸ばす。


 すると、フォルティアの意思に呼応したのかジャカランダの花がフォルティアの手のひらにひらひらと何輪かが綺麗な状態で落ちてくる。

 落ちてきた花をフォルティアは両手で優しく包み込んだ。

 

 ________________________________________

 両手の手のひらで優しく包み込んだ花に願いを込める。

 優しく、でもどこか力強く意志を込めて。

 願うは、この花が永遠に散らないように、と永遠に腐らないように、と永遠に朽ちないように、と。

 どれも似た内容だけど、その分強く願いを花に込める。


 どうか……あたしの代わりにあの子のそばにいてあげてね。と願いを込めて。

 閉じていた両手を開けばそこには、綺麗に装飾された紫色のリボンがあった。

 リボンの両端には落ちてきた花がついていた。

 両手の上に乗ったリボンを目の前のレムヴィアに渡す。


「レムヴィア、これ受け取って?」

 あたしの言葉を聞き即座に目の前の可憐な少女が口を開く。

 目の前の腰まで届きそうなほど長い銀の髪は綺麗に手入れをされていて、レムヴィアが生前いいところのお嬢様だったのが本当だったことが分かる。

 旬の時期に収穫されたベリーのようなピンクを帯びた紫色の瞳があたしの双眼を見る。

「フォルティア!これ、花!こんなのに花を使ったら余計フォルティアの命が短くなるだけだよ!」

 あたしを心配する声を静止してあたしが言葉を紡ぐ。

「いいんだよ、レムヴィア。どうせそう長くない花だから、せめてあなたにつけて欲しいの。これをあたしだと思ってさ。」

「……どうか、あなたの旅路がいいものでありますように。」


 きっと寂しがり屋で優しいあなたは旅に出てたくさんの出来事にあうでしょう。

 その度にあたしを思い出すかも知れない。

 でも、花の色と同じ色のそのリボンがある限りあたしとあなたはずっと一緒だよ。

 先に天国に行ってるから、天国でまた会ったらその時は、あなたの長い旅の話を聞かせて欲しいな。

 一気に残っていた花の力を使ってリボンに込めたことで、まだ咲いていた花も次々に枯れていく。


 残された力を使ってあたしはレムヴィアをそばに呼ぶ。

 呼ばれて近づいたレムヴィアの長い髪を紫色のリボンで結う。

 腰にまで届きそうだった長い銀髪は三つ編みにされて前に持っていき、最後にリボンで綺麗に纏まった。

 レムヴィアの髪を結い終わると同時にあたしの体も消えていくのが分かる。

 目の前のレムヴィアはずっと泣いていた。

 ずっと泣いている涙を止めて、あたしの目を見て言う。


「私も……フォルティアに出会えて本当に良かった。話せてよかった。言いたいことは沢山あるけれど、出会ってくれて本当にありがとう。私に名前をつけてくれてありがとう。」

 そう言い終わると、また泣いてしまったレムヴィアの背中に片手を回し、もう片手を頭に回し、ぐずった弟たちをあやすように優しく触れる。

 ありがとう。さようなら、私の最後のお友達。

 一度は恨んだ二度目の人生だったけれど、あなたに出会えて楽しかった。出会えて本当によかった。

 何度春を数えただろう。

 春が終わるたびにあたしは眠りについて、春が来ると同時に目を覚す。その繰り返し。

 数えるのを辞めて何年か経った頃、あなたに出会えた。

 もうずっと春なんて来なくていいと一時は思った。もうずっと眠ってしまいたかった。


 眠っていたらいつか天国の家族に会えると思ったから。

 まだこの国が栄えていた時。

 毎年春が来るたびに多くの人がジャカランダの木を見に訪れて、そのたびに綺麗だと言って、そのたびに自分のことのように喜んだ。

 そんな日常も悪くなかった。

 でも、ある年、あたしが目を覚すとこの国は滅んでいた。

 荒れた大地。崩れた建物。人っ気一つない街並み。煩わしい程賑やかだったこの国は、私が眠っていた間に滅びていた。

 この国が滅びても、私が、この木が死ぬ訳じゃない。


 何度、何度、何度目を覚ましても、もうあの頃の景色はもう二度と帰ってこない。

 もう何回、死んでしまえと思っただろう。

 そんな絶望していた時にあなたに出会えた。

 感謝するのはこっちなんだよ、レムヴィア。

 絶望の底にいた私と話してくれて、友達になってくれてあたしの方こそありがとう。


 ________________________________________

 背中と頭にあった手の感覚が完全に消え、目の前で光となって消えていった友達見送り、フォルティアがいなくなったのを感じた私は、また泣いてしまった。

 もう、慰めてくれる人はいないのに。

 もう、目の前の大きなジャカランダの木に花は一輪も付いてなかった。

 ひとしきり泣いて、涙が枯れた頃。

 私は門に向かっていた。

 目的はただ一つ。

 旅をするため。

 旅をして先に天国に行った友達に話をして、本当の自分の名前を見つけるため。

 いつか、また会った友達に今度は私の本当の名前で名乗るため。

 銀髪の大きな三つ編みに友達からの贈り物の紫色のリボンを揺らして門に向い、履いている靴の音がこの廃墟の国に鳴る。

 

 さぁ、次は一体どんな人に出会うかな。

 そんな期待を、今はもう踊らない胸にのせて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊少女と遥かな旅 @Rin_0622

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ