エピローグ

 ゲイバーの周年パーティとはいえ日曜日の夜、終電の時間が近づくと少しずつ客がはけてきた。常連さんの相手に大忙しだったマスターが、やっとカウンターの端に座っている僕の前にきてくれた。

「放置しててごめーん!ほんまに懐かし過ぎて、すぐには涼二君って分からんかったわぁ。何年ぶりやろ⁇」

「うーん、仁さんがこの店を出して、たしか1年くらい経って何度か来ただけやから、18年ぶりくらちゃいます?」

正直、あまりに昔のことすぎてお互い記憶が曖昧だ。

「そやなぁ。今いくつやっけ?50くらい⁇」

「うん、もうすぐ50になるとこ。仁さんに祝ってもらったのがちょうど30年前ですよ」

「あの頃はお互いまだ学生やったもんなぁ。てかなんで今さら来てくれたん?18年も経ってさぁ」

30年前のことには触れられず上手く受け流されてしまった。

「うーん、35歳くらいで堂山からは隠居して、40歳を過ぎて熊本に帰りましてん。今日は久しぶりに大阪に遊びに来てたんですけど、SNSでここが周年パーティやってるって情報を見つけて、懐かしくなって来ちゃいました」

「そーなん?偶然でも嬉しいわ。熊本では何してんの?音楽関係やったっけ?」

当時の僕が音大生だったことは覚えてくれていたようだ。

「いや、今は児童養護施設で働いてます。大阪ではずっとサラリーマンしてたけど、熊本に帰ってから勉強して資格を取って、全くの異業種に転職したんですよ」

「へぇ!凄いやん‼でもなんでまたそんな大変な仕事に?」

「今はどうか知らんけど、ほら、俺らが若い頃って堂山界隈には苦労してる若い子が多かったでしょ?家庭が崩壊して10代で売り専してるような子とか」

「あぁ、居たねぇ。」

昔を思い出すように、仁さんがしんみりと言う。

「今はもっとカジュアルに体を売ってる子が多いけど、昔は売り専で家族を養ってる子とか普通やったもんな」

「ですよね。大学生の頃に堂山でバイトして、そんな子らとたくさん出会って色んなことがあって。あの頃は自分がまだ子供で何もできなかったけど、いずれはそんな子たちを支援するような仕事がしたいってずっと思ってたんですよ」

「なるほどね。今でも苦労してる若い子はおるわ。そんな子らは確かに子供の頃から複雑な家庭環境やったりすることが多いみたい。極端な話、20代でアル中になったり覚醒剤で捕まったり、中には自殺しちゃった子もいるし。ゲイってやっぱりメンタルに問題ある子が多いんちゃうかな」

20年も堂山でゲイバーをやってきたのだから、仁さんも色々な人間模様を観てきたに違いない。

「あの頃の僕らの居場所だった店はとうになくなってるけど、この町は今も昔も変わってないのかもですね」

「あぁ、ヘブンズとかボギーとかやったっけ?」

「そうそう。初めて仁さんと会った日に行ったのがそこですよ。覚えてます?」

「そうそう!あの時はまだスマホとかネットとか便利なもんがなったから、出会いを見つけるのが大変やったよな!」

ちゃんと出会ったあの日のサークルのことも覚えてくれていたようだ。


 「でもな、ほら、あの奥の子たちを見てみ?」

仁さんに促されカウンター席の反対の端に座っている二人に目をやった。

「手前の年上の子はうちの常連さんやねんけど、奥の若い子は今日この店が堂山デビューやねんて!」

なるほど、従業員と楽しそうに話している手前の子にくらべ、奥の子は少しまだおどおどしているように見える。

「10年経とうが20年経とうが、出会いの始まり方は一緒なんやと思うで」

仁さんのその言葉で、奥の二人があの時の僕と仁さんのように思えた。この少しまだおどおどした子が、今後この町で様々な出会いと別れを繰り返していくことになるのだろう。


 「さ、パーティが佳境を迎える時間やで!じゃんじゃん飲んで楽しんでや!」

マスターの一声で客が一斉に盛り上がり、また呆れるような笑いがあちこちから聞こえだす。何十年ぶりかのこのゲイバーの雰囲気に、僕はあの頃の『居場所』に戻ってきた気がする。ゲイバーという居場所でしか自分をさらけ出すことができなかったあの頃の僕。きっとあの頃の僕みたいな若者たちが、今もこの町のどこかでバカ騒ぎして、恋愛してセックスして、別れて、そんな刹那的な出会いを繰り返しているに違いない。


 6色の虹の下で繰り返されるたくさんの報われぬ想いが、いずれその虹のふもとに想い出として葬られますように。

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アンダー・ザ・レインボー 岡田カズキ @Kyoku_sei

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