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激しい騒音と振動で目が覚めると、天井の照明器具がぐるぐる回っていた。いや、照明器具が回っているのではなく、部屋全体が揺れている。それが地震だと認識するのには数十秒かかった。それくらいに異常な状況だったんだ。ベランダのカーテンの隙間から青白い光が射していたが、揺れが収まる頃には真っ暗になった。完全に目が覚めた僕は尋常ではない部屋の様子に恐怖した。
ベッドから降りようとするも床一面に物が散乱している。電気がつかなかったので懐中電灯を必死に探して部屋を照らした。寒いと思ったら、閉めていたはずのベランダが開いていて、端に設置していた洗濯機がなぜかベランダの真ん中にあるのが見えた。部屋の壁や天井が割れていて、中の鉄骨が見えている。部屋中がぐちゃぐちゃになっているのに、僕が眠っていたベッドの布団の上だけが普段通りの状態だった。
「これはヤバいで…」
僕は状況を確かめるべく外に出た。住宅の灯りどころか信号機も消えている。全ての光が消えた町。それは真の暗闇だった。人の声はするが何も見えない。懐中電灯がなければ道を探すことすらできなかった。たまに通る自転車のライトが太陽のように眩しく感じた。
マンションの他の住人も同じように外に出てきて、皆で状況を確認しあった。この時に初めて僕以外にもこのマンションに音大生が住んでいたことを知り、少しだけ安心した。
とりあえず、隣町で一人暮らしをしている女友達のことが心配になり行ってみることにした。普段なら20分も歩けば着く距離だが、懐中電灯の灯りだけではとても歩きづらく、かなり時間がかかってしまった。こんな信号の灯り一つない真の暗闇の街をさまようなんて今後二度とないだろうと思いながら歩き続けた。そして友達の無事が確認できると、ひとまず自分の部屋に戻って日が昇るのを待った。
今のようにスマホなどない時代だ。停電した状況では震源地がどこであるとか、被害がどのくらいであるかなどの詳細な情報を知る術がなく、まずはライフラインが駄目になった自分の部屋でどう過ごすかを考えた。自炊していたので食料は何とかなったが、一番困ったのがトイレだ。震災当日は公園のトイレを利用し、その後は近所の商店街の中のパチンコ屋のトイレを借りて過ごした。というのも僕の住んでいたマンションは震災当日の午後には電気が復旧したものの、壁や天井の中の水道管が割れていたらしく、通電と同時に天井から水が降ってきてしまった。そのためマンションの水栓を止められてしまい、何週間も水道が使えなかったんだ。
昼前になってやっと公衆電話から実家に電話がつながり、家族に無事を伝えることができた。そして震源地が淡路島辺りであることと、神戸が大変なことになっていることを聞かされた。僕はマサトさんのことが心配になり、すぐにでもポケベルを鳴らしたかったけど、まずは自分の部屋の電話が繋がるようになるのを待つしかない。実家暮らしの彼からは電話番号を教えてもらえていないことがとても悲しかった。
昼過ぎに電気が復旧してテレビをつけると、そこには目を疑う神戸の光景が映し出された。高速道路がちぎれて横倒しになり、ビルは縦にひしゃげ倒壊し、街はまるで空襲にあったかのように燃えている。マサトさんが住んでいるはずの芦宮市の様子が知りたくて、僕は食い入るように画面を観ていたが、映るのは神戸市の被災状況ばかりだった。
一週間が経ってもマサトさんからの電話はなかった。いち早く復旧した阪神電車で芦宮まで行くこともできたが、僕はマサトさんの家の住所どころか苗字すら知らない。そもそもマサトという名前も本名であるとは限らない。芦宮に住んでいること以外はなにも分からないことに絶望していた。いや、もし住所を知っていて行ったとしても、マサトさんの家族に僕らの関係をどのように説明したらいいのか?
ただただ彼の安否が知りたいだけなのに、なぜ僕らにはこんなにも大きな障壁があるんだろう。僕は、必ずマサトさんから電話が掛かってくるはずだと信じて、ずっと待ち続けるしかなかった。
大学も相当の被害を受けたが、それでも震災の翌々日には学生が集まりだし、すぐに友人らの無事を確認することができた。神戸から通う学生も多かったのだが、奇跡的にこの大学の学生に犠牲者は出ず、早々に授業が再開された。一応、後期試験も予定通り実施され、ほぼ全員が合格という異例の措置が取られた。僕にとっては心配だったソルフェージュの試験に合格できたことが唯一の救いとなった。
一月下旬、マンションの補修に相当な期間が掛かることを大家から伝えられた。いずれきっとマサトさんから連絡があるはず、もしも僕の電話番号が分からなくなっているとしても、このマンションに住んでいればいつか会いに来てくれるかもしれない、そう信じていた僕はここで彼を待つつもりでいた。でも大学で先生たちのとある会話を耳にしてしまった。
「芦宮市役所に就職した卒業生と連絡が取れてんけど、市役所が遺体安置所と化してるらしいわ。そない多くの人が亡くなってしまったんやなぁ…」
その日、僕はこのマンションから引っ越すことを決心した。
マサトさんと僕。たぶんお互い好きになっていて、次の神戸デートで「付き合おう」って言ってくれたかもしれない。でも堂山のサウナで出会った僕が知っているのは、本名かどうかも分からないマサトという名前とポケベル番号だけ。普通の男女なら、学校や職場やバイト先などで出会い恋が始まり、恋人と共通の友達もいたりしてのろけたり相談したりするんだろう。でも僕とマサトさんが出会い愛し合っていたことは誰も知らない。どちらからか連絡が途絶えてしまえば、それで終わりだ。
そういえばコースケは神戸に住んでいたはずだ。あれっきり連絡がないままだけど、震災は大丈夫だったんだろうか。それに仁さんはどうしているだろうか。彼氏さんが亡くなったとき、お葬式とかには行けたんだろうか。もし行けたんなら、相手の家族にはどんな関係だと説明したんだろう。
なぁマサトさん、僕らはこんな刹那的な出会いを、この先どれだけ繰り返したらええんやろう。いつか普通の男女のように、付き合っていることを家族に堂々と言えるような日がやってくるんやろうか?
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