12

 12月に入ってもコースケからの連絡はなかった。あの時に自己嫌悪に陥った僕はサウナ通いを辞めるどころか、前よりも頻繁に通うようになっていた。人に言えないようなことをしていると分かっていながらも、何か嫌なことがあるとすぐにサウナに行きセックスするようになっていた。

 運動神経が悪く劣等感だらけ、冴えない幼少期を経て卑屈な恋愛しかできない十代を過ごしてきた僕は、たとえそれが性欲のはけ口であっても誰かに求められることで自己肯定感を高めることができた。そして求めに応え満足させることが成功体験となり、何人もとセックスを重ねていった。

 親友のように思っていたコースケに頼ってもらえなかったという悲しさと、コースケが大変な状況であった時にサウナに居たという自己嫌悪が、皮肉にも僕のサウナ通いに拍車をかけることになってしまった。いや、コースケのことは単なる切っ掛けにすぎず、僕のもともとの性質だったんだろう、セックス依存の傾向はその後もずっと続くこととなる。


 12月の最初の週末、Gパニックに懐かしい来客があった。ちょうど一年前、付き合ってすぐに僕を振った仁さんだ。彼は大学を卒業して実家に戻ったため、堂山にはずっと来ていなかったらしい。久しぶりに行ったボギーで僕のことを聞いてGパニックに来てみたという彼は、彼氏さんを連れていた。

 思えば僕が堂山で働こうと思った理由の三つ目は「いつか仁さんに会った時に見返してやりたい」というものだったが、目の前にいる懐かしいはずのその人は、もはやただの客の一人にすぎなかった。この一年で僕が経験したことに比べると、仁さんと過ごした日々は些細なことでしかなかったんだ。仁さんの接客をしながら、この一年でずいぶんと変わってしまった自分に気づかされた。


 師走。街の忙しない活気に呼応するかのようにやってくる冬将軍。忘年会で盛り上がる繁華街のサラリーマン。僕はそんな師走の独特な空気がとても好きだ。

 クリスマス前の寒い夜、サウナで一つの出会いがあった。いつもならセックスが終わると軽く挨拶だけして、何もなかったかのようにシャワーを浴び、さっさと帰ることが多いのだが、その日は他に客が少なかったこともあって、抱き合ったまましばらく話をした。

 彼はマサトさんという5つ歳上のサラリーマンだった。大柄な彼に背中から抱きしめられながら他愛のない話をしていると、気持ちがとても穏やかになった。いつもは相手の欲求に応えることで自己肯定感を得ていた僕だったが、この時は逆に安心感を与えられているような感覚だった。もっと抱きしめられていたかったけど、彼は神戸方面から来ているらしく、電車の時間が迫ってきたとのことで、連絡先を交換して一緒にサウナを出た。


 その数日後の夜、ちょっと遅いかな?と思いながらも23時頃に彼のポケベルを鳴らした。すぐに電話が掛かってきたが、案の定、寝ていた彼を起こしてしまったようだ。しかも翌日が出張で5時起きだったらしく、僕はまた会いたいと思っている気持ちだけを伝えてそそくさと電話を切った。

 それからほどなくして、僕らはまたサウナで待ち合わせてセックスした。僕が電話して起こしてしまった夜、彼も気持ちが高まって眠れなくなり寝不足のまま出張に行ったらしい。それでも連絡をくれて嬉しかったと言ってくれた。僕はゲイバーでバイトしていることを伝えると、彼は気にしないどころかGパニックのクリスマスパーティに行ってみたいと言い出した。僕は嬉しかったけど、パーティで仮装した姿を見られたくなかったので絶対に来ないでくれと全力で断った。

 それからは外で食事をして彼がうちに来てセックスをするということが何度か続いた。久しぶりにわくわくする日々がやってきた僕は、Gパニックのクリスマスパーティも張り切って働き、年末に一度彼に会ってから実家に帰省した。


 年が明けて最初の土曜日に大阪に戻った。帰省から戻ると新大阪駅からそのまま堂山に繰り出し、なじみの店にお土産を配って回るのが常だった。

 ボギーに行くと仁さんがいたが、何やら落ち込んでいる。話を聞くと、Gパニックに一緒に来ていた彼氏さんが事故で亡くなったと言う。僕はなんと声をかけたら良いかわからず、マスターに慰めをまかせ早々に店を出た。この時の僕はまだ大切な人が亡くなるという感覚がよく分かっていなかった。


 マサトさんには日曜日の昼に会ってお土産を渡した。二人で大晦日を過ごして初詣にも行きたかった気もするけど、この時はまだマサトさんとは正式に付き合っていたわけではなかったし、実家暮らしの彼と年末年始をずっと一緒に過ごすというのも難しいだろうと思い気持ちを伝えはしなかった。

 それまでは堂山界隈の店子や学生やフリーターなど若い子ばかりを相手にしていたけど、マサトさんは年上のサラリーマンだ。それに、出会った切っ掛けがサウナだということも少しだけ気になっていた。こうやって僕とたまに会ってくれてはいるが、他の日にまたサウナに行って他の男とセックスしている可能性がないとは言えない。だから今回は少し慎重に距離を縮めていこうと思っていた。

 しかしそんな僕の不安をよそに、成人の日の連休にうちに泊まったマサトさんは「次は神戸でデートしよう」と誘ってくれた。神戸は大学の友達と行ったことがあるくらいで、神戸に住んでいた仁さんとはまだ行ったことがなかった。初めての神戸デートを想像しながら「やっと真面目に付き合える人と出会えたかもしれない」と期待に胸を膨らませていた。


 成人の日の三連休が終わると、大学は後期試験に入る。前期に夜遊びにほうけていた僕は出席がギリギリの教科があり、特にソルフェージュの試験は絶対に落とすわけにはいかない状況だった。三連休の最後の夜、勉強せずにマサトさんと過ごしてしまったことを若干後悔したものの、それでもマサトさんとの神戸デートにわくわくしながら眠りについた。

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