仁さんと別れてすぐ、ボクは一人ぼっちのクリスマスを迎えた。堂山のゲイバーは賑やかにクリスマスパーティを開くけど、そこに一人で行けるほど僕はまだゲイバー慣れしていなかった。だからクリスマスが終わってから、ヘヴンズとボギーに一人で行き、年の瀬の雰囲気を楽しんだ。

 年末年始は熊本に帰省し、高校の時の友人で集まった。もちろん裕紀も。裕紀とは高校卒業後に何度か会ったが、会うたびに「あぁ、やっぱり俺は裕紀のことが好きなんだ」と実感した。同時に「やっぱり仁さんのことは本当に好きではなかったんだ」とも思った。あの時の僕にとっては、ゲイサークルに行ったことから仁さんとの別れまでの全てが、ゲイ社会に足を踏み入れるためのきっかけ作りに過ぎなかったのかもしれない。


 年が明け大阪に戻ると、僕はすぐに堂山に行った。ヘブンズのドアを開けると、背の高いイケメンの客がママと楽しそうに話をしているところだった。

「そうそう、あの子、アナタと同じ大学よ?」

ふいにママが僕を指さし彼に言った。どうやら話に聞いていた同じ大学の学生のようだ。

「そうなん?見たことないけど、何年生?」

「あ、涼二と言います。音楽学専攻の一年生です」

彼に声を掛けられ、僕は緊張して自己紹介をした。

 

 彼は短大の声楽科の二年生だった。背が高く華のあるルックスは舞台映えするだろうなぁとか思って見とれていると

「やだ、タイプなんと違う?いっかいヤッてみたら?」

ママがそんなことを言うもんだから顔が赤くなってしまった。

「そうなん?ヤッとく?俺ウケだけどええんかな?」

僕はまだタチとかウケとかいうほど経験をしていないので返答に困ってしまった。

「冗談やで~涼二君はまだうぶなんやなぁ♪」

そんなやりとりも新鮮だったし、同じ大学の学生とゲイバーで話ができることがとても嬉しかった。その日は久しぶりに楽しい夜を過ごすことができた。

 

 それから数日後、大学内の広場で彼に遭遇した。僕に気づいて手を振ろうとしてくれた彼に対し、僕はどう反応したらよいかわからず、あろうことかとっさに目をそらし回れ右をしてしまった。夜の堂山での僕と昼の大学での僕。この頃はまだ同じ僕ではいられなかったんだ。彼にとても悪いことをしたと自責の念に駆られたものの、お詫びする機会がないまま彼は短大を卒業して地元に帰ってしまった。僕はこのことを誰にも相談することもできず、何年もの間ずっと悔やむ気持ちを引きずることとなった。

 昼間の僕は大学に通い、夜の僕は堂山に通う。大阪に来てから生活は一変したが、この時の僕はまだ地味で冴えない田舎者でしかなかったんだ。


 それから四半世紀も過ぎた頃、インターネットが当たり前になり、東京で声楽家として活躍している彼をSNSで見つけた。背が高かった彼は年相応に横幅も大きくなっていたが、当時の華があるルックスは変わっていなかった。当時のお詫びをDMで送ろうかとも思ったがやめた。大昔のそんな些細なことを覚えているはずもない。


 ある日ボギーに初めて見る従業員がいた。彼はタケちゃんと呼ばれている、僕より一つ年下の子だった。実際にはずいぶん前からボギーで働いていたそうだが、僕が来ていた日はたまたまいつも休みだったらしい。

「いらっしゃーい。初めましてですよね?」

いかにもゲイバーの従業員らしい慣れた口調だ。

「お兄さんはおいくつなの?」

お決まりの質問をされる。

「いくつに見える?」

「うーん、25歳?」

「ちがう~」

「26??」

「なんで上にあがるねん、まだハタチや!」

 確かにその頃はあご髭を生やしていたけど、そんなに老けて見えるとはまだ自覚していなかった。でもその後、どこに行っても年上に見られ、「若さがない」とまで言われることもあり自覚することとなる。28歳くらいでやっと年相応に見られるようになったと記憶している。ただし30歳を過ぎると逆に若く見られるようになったので、今となっては良かったんだと思っている。

 

 タケちゃんもピアノを弾くことがわかり、話が弾んだ。そのうち彼は僕のことがタイプだと言い出した。そう言われて悪い気はしなかったが、その頃の僕はゲイバーの従業員は口が上手くて派手に遊んでいるものだと信じていたので、軽く聞き流していた。

 終電が近づき会計をして店を出るとタケちゃんが見送りについてきてくれ、なんと「キスしたい」と言い寄ってきた。もちろん僕は躊躇したけど彼はしつこく、結局僕らは人目につかない階段の踊り場でキスをした。タケちゃんはゲイバーで働くくらいだから見た目もイケてたので、僕はもんもんとした気持ちで帰っていった。


 一週間くらいたってまたボギーに行ったが、残念ながらタケちゃんはいなかった。その日は早番だったらしく、僕と入れ違いで帰った後だったらしい。その代わりに体が大きく、素朴であまり慣れてない雰囲気の和馬という名の従業員がいた。年はまだ十八歳らしいが、お世辞にも愛想がよいとは言えず、僕は何の興味も湧かなかった。

 そうこうしているとタケちゃんが店にやってきた。仕事が終わってから近くで飲んでいたらしい。僕は少し嬉しくなって声をかけた。

「おはようさん」

「あら、いらっしゃい」

僕に気づいてもそっけなく、ただの客と従業員との挨拶でしかなかった。やっぱりゲイバーの従業員ってこんなもんなんだと改めて悟った。でもその後タケちゃんとはけっこう仲良くなり、お店の外でも遊ぶような仲になった。

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