僕の場合は生まれつき男が好きだったわけではない。エリクソンでいうところの学童期には女性の体に性欲を覚えていた。むしろ当時としては早熟だったように思う。 

 しかし体が弱く運動神経も鈍かった僕は、学童期にはほとんど成功体験を重ねることができず、劣等感ばかり抱いてしまった。そのせいかどうかは分からないが、青年期に入りクラスメイトがスポーツや部活動に精を出したり受験で猛勉強をしだしたりするなか、僕はやりたいことを見つけられずふらふらしていた。まさにモラトリアムにはまったのだ。そしてスポーツで活躍する友人たちに劣等感を覚えながらも魅力的だと羨んだ。いや、スポーツに限らずクラスの人気者であるような男友達、すなわち自分と正反対の男子に劣等感を感じながらも恋愛感情を抱くようになってしまったんだ。

 そんな僕が初めて本当に誰かを好きになったのは高校二年生の終わり頃だった。


 好きになった相手は同じクラスの裕紀、たぶん親友というべき存在だった。彼は特にクラスで目立つ存在ではなかったが、出会った当初から屈託のない笑顔に惹かるものを感じていた。

 共通の友達を介して僕らは仲良くなり、席も近かったのでよく一緒にいた。最初はただ明るく純粋な性格で、何事にも一生懸命なところが好きで「いい奴だな」と思っていただけだった。裕紀は物事をあまり深く考えないたちで、鈍感ともいえるくらいだった。そんな性格だから誰とでも仲良くなり、誰からも好かれていた。さらにハンドボールという王道から少し外れた部活に精をだしているところも魅力だった。 

 物事を考えすぎる性格で、人の好き嫌いが激しく、帰宅部で何のやりがいもなかった僕は、当然のように彼を好きになっていった。


 高校三年生になる頃には、もう僕は完全に裕紀に惚れていて、ずっと彼のことを考えていた。モラトリアムな僕は彼のことよりも優先して考えるべきものを持ち合わせていなかったからだ。学校ではもちろん、帰宅後も良く彼の家に遊びに行ったし、土曜日の夜は彼を含む友人らと朝方まで遊ぶことも多かった。

 でも、そのうち僕と裕紀は、なんだかギクシャクしだした。たぶん彼は僕のことが鬱陶しくなってきたんだと思う。そう気づいていたのに認めることができない僕は、余計にちょっかいを出してしまう悪循環。それでも裕紀は決して僕のことを嫌いにはならないでいてくれた。今思えば、うすうす僕の気持ちに感づいていたのかもしれない。

 何日か仲良く遊んでいたかと思うと、急に一週間くらい口を利かなくなり、また急に仲良くなる、そんな繰り返しだった。本当に気まずくならないよう、お互い無意識に距離を置き合っているかのように。

 ある土曜の夜、いつものように仲間内で遊んでいる最中、裕紀の態度があまりにも辛く感じたことがあった。僕はその場から抜け出し半分泣きながら原付を飛ばして家に帰った。布団にくるまり「どうしてこんな辛い思いをしなきゃならないんだ」と、悲しいというよりもなんだか悔しい気持ちになった。だから何度も彼のことを嫌いになろうとしたけど、それはもちろん無理なことだった。

 いつも一緒にいた裕紀と僕。傍から見ると仲の良い二人に見えていたらしいが、本当はこんなにいびつな関係だった。


 でも三学期に入ると僕と裕紀との関係は安定していった。受験勉強で気持ちを紛らわすことができたし、受験間近の生徒は登校しなくてもよかったので彼に会う頻度が減っていた。受験が終わると、裕紀は神戸の大学へ進学が決まり、僕は浪人が決定した。卒業式までの一カ月間、僕は何のわだかまりもなく彼と仲良く過ごすことができた。

 離れてしまえば彼への気持ちも薄れるだろうと期待したし、なによりもこの気持ちのせいですべてが停滞していた一年間から早く抜け出したいと思っていた。

 「この不憫な状況から解き放たれたい」という思いを胸に、僕の高校生活は終わった。

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