雪降る夜の脱落者

イタチ

第1話

白い窓の露結の室内に、ダルマ式ストーブが、白い体の内部で、灯油のオレンジ色の明かりを

時折青白く揺らして、部屋の中を、温めている

外は、吹雪なのか、窓のところまで、雪で埋まっているのか

それとも、曇っているだけなのかは、全く分からないほどに、白かった

時折、金色の薬缶が、白い雄たけびを上げながら

部屋の中を、暑く温めようとしているが、古いこの木造の建物は、昔ながらの日本家屋のように

夏の暑さと湿気には強いが

通気性に優れ、冬の寒さの前では、意味を見出してはいなかった

少なくとも、近代に建てられた、この掘立小屋のような、駅舎では、仕方がない

二重三重に、家の内部を部屋で取り囲むこともなく、壁一枚向こうは、雪の季節である


「お前、もう眠ったか」

漫画を顔の上にのっけた

同級生に、そう声をかけた

そいつは、青いベンチに、体を、ふせて、この寒い中で、体力の温存を狙っているんであろうが

残念ながら、おしゃれかどうかは知らないが、この時期に、ズボンもはかず、スカートなので、その防御力は、たかが知れている

「うっせい」「うっさい」

漫画の奥から、くぐもった生存者の声が、狭い室内にこだます

「おお、お前も生きていたか、生きたくば、夜通し、立って、体を動かすなり、会話をした方が、良いぞ」

相手は、また眠りについたように、本の中に、意識を消したように動かない

石の魔法でもかけられたのだろう

合掌

と、手を合わせた所で、それを摩擦するように、こすりわせ、手の凍傷を、防ぐことに、した

「なあ、お前は、どうしてそんなに冷静なんだ、俺は、これほどまでに、心細く、お前との会話を、望んでいると言うのに」

先ほどと全く同じ言葉が、相手の口から、漏れ出したのを、聞きながら、どうしたものかと頭を悩ます

大雪警報が、校内に、鳴り響き、急いで、来てみれば、先ほどから、ただでさえ

時報のように、来る電車は、三回鳴り響かず

それどころか、駅の前の道路は、雪に陥没したように

除雪車の姿が見えない

「また、どうせ、道が崩落したんでしょ」

女は、そう言って、冷たい言葉を吐いた

過去何年か、そんな事を、聞いたことがある

そのうち去年は、道の陥没ではなく、木の倒木であった

塔山神社のご神木が、木の重さに耐えきれず、道をふさいだのだ

もしそんな事になれば、丸一日、誰も来ない可能性がある

「お前、何か食べ物は持っていないか」

奴は適当に、足蹴りするように、蹴った

「良いのか」

相手は、霊安室のご遺体のように動かない

「良いんだな」

女子生徒のかばんを開けることに、どれほどの禁忌があるのかは知らないが

これだけど田舎だと、もう、それどころの繕いは意味を見出さないのだろうか

「開けるぞ」

果たして、どんなお菓子か出てくるのだろうか

そんな事を思いながら

鞄のチャックを開けると、薄いプラスチックに包装された、発泡スチロールの

容器が二つ顔を出した

醤油味の麺類だ

「おッお前、カップめんなど、高級品を」

相手は、冷徹な声を腹の底から響かせた

「あん、何言ってんだ、クソが、お前は、日頃、危機感が足りねえんだよ

お前になんか、やるか、阿呆」

つまり、いつ何時何があるか分からないから、備蓄は必要だという

田舎の女子高校生のたしなみを、いったのだろう

「しかし、お前は、用意が良いな」

紺色の四角い箱のような、持ち手の付いたかばんからは、さらに

ミネラルヲォーターと、ガスバーナー、コンロ、更には、鍋と、折り畳みコンロ

「・・・・乾パンでも、この量を」

目の前に、座布団が飛んできたので、それを、除けながら

更に漁る

「恋愛の錬金術師1巻恋愛の錬金術師2巻恋愛の錬金術師3巻恋愛の錬金術師特別編「ゴールデンバッド恋愛の」

やめい

向こうの方で、そんな声が聞こえ

窓側の掲示板の紙が、振り向くと、その声量にか、僅かに揺れめいていた

「悪かったよ、しかし、干飯も、無いのか」

そんな、芋臭いもん食えるか

漫画本を、どけるように、飛びあがると

飛び起きたように、椅子に座り、狛犬のような、ランランとした

さついを込めた二つの目が、こちらを向いた

威圧だろうか、紙が揺れているように見える

吹雪が吹き込んだに違いなし

「おいおい、こんなところに、焼き芋があれば、それこそ、ごちそうだろ」

そういうことじゃねえ

そんな言葉を、無視するように、更にかばんを探すと、チョコ菓子が、一つ出て来た

「こんな所か」教科書に、小箱、そのほか筆記用具

特に、何かがあるとは思えない

「しかし、お前、相手は誰だ」

何の事だ

上気した目が、こちらを見る

「いや、保険で習ったが

お前、こんな箱を」

相手の靴が、肩の脇を、飛んでいく

「コンドームじゃねーし」

ああそうか

「みるんじゃねえ」

鞄に、物を戻しながら、距離をとる

「まあ、これだけあれば、二日は、ひもじいだけだろう

権蔵さんが、三日目からの話を、してくれたが

水は、外に幾らでもあるし

灯油は、横のタンクに、機能補給したのだろう、満タンすれすれだった

人間は、空気が無ければ、三分 水が無ければ三日 食料が無ければ一ヶ月だ

つまり、その言葉だけ信じれば、一ヶ月は生きられる

実に有意義に、空腹さえ問題なければ、生きられるのであるが、お前、どうする、生活圏内を、今のうちに決めておくか」

知るか

めんどくさそうに、そう言い捨てると、また眠りにつく

「俺の場合は、スポーツドリンク、三本と、チョコレートだ」

ムクリと、猫が起き上がるように、また起き上がる姿を見る

「おい、それはどんな、菓子だ」

田舎者なのだろう、チョコレートも知らないらしい、干飯を、野暮ったいと言うくせに・・・

いや、自分も持っていたような気がする

「おい、見せろ、私のもんも、見せたのだから、鞄貸せよ」

長椅子に、置かれた、そのリュックサックからは、飲みかけて、二分の一になったスポーツドリンク一本と、満タンのスポーツドリンク二本

巻がばらばらの漫画本

サラバ日本人3巻みどり八月号予約特典版 みじんこ幸子の大冒険342巻 折れた鉛筆二本

と、最後に、安いビニールに包まれた

やけに大きな、茶色い塊が一つ

スポーツドリンクを、二本手に取り、残ったの見かけを、相手に投げながら

「これは何だ」

と、聞く

「ああ、それか、あれだ、貰ったものが、溶けたんだよ」

もらった

相手の額に青筋が浮かぶ

寒い外よりも、それは恐ろし気に映った

「ああ、失敗したから、やるって、食うか」

相手は、いやいやと、言葉を置いてから

「誰からもらったんだ」

と、こちらに突っぱねた

「ああ、教員の権藤からだ」

権藤 この地方のさびれた学校で、主に、特殊技能

つまり、音楽美術家庭科体育を、その他 教科 緑ヶ丘先生が、担当する以外の物を請け負った

熊みたいな大きなおばさんだ

「・・・あの人は、まだ諦めていないのか」

ああ、と適当に、受け流す

去年、日本チョコレート市で、銀賞を、取ってからと言うもの

あの人は、鉄板を前に、チョコレートの鬼となった

「じゃりじゃりして、まあ、糖分補給には、もってこいだが

食べるか」

見事に、半分に別れた、食料を前に

沈黙は続く

何処から飛んできたのか、季節外れの虫が、蛍光灯の所を、先ほどから飛んでいる

その明かりが、バチバチと、音を時折鳴らす以外は

相手の僅かな生きている寝息と外の雪の音が聞こえるような気がするが

気のせいであろう

そんなものが聞こえたためしはない

ただ、屋根の雪は、轟音とともに、良く落ちているが、今日は、そんな事はなかった

「今何時」

時間が分からない

この場所の時計は、遠い昔に電池が切れてから、誰も交換していない

「腕時計」

ああ、そうだった

鞄についている、それを見ると十二時を、過ぎている

「俺は、もう寝るよ」

相手からは、返答はない

ただ、歯ぎしりのような音が聞こえてくる

「しかしだ」

相手からの反応はない

「しかし、眠らないと言うのは、問題だが、もし、眠ってしまって、一人が、凍傷になった場合

俺は、非常に、後悔すると思うんだ、だから、俺は、眠らないよ」

相手からの返答はない

「なあ、キラーコンドームって知って居るか、僕は、あれほど、ハードボイルドな・・・・

おい、聞いているか」

相手の言葉は、相手には、届いていないのであろう

返答はない

耳栓でもしているのであろうか

「おーい、火事になるぞ」

安全ストーブに、暴言を吐いてみる

「なあ、寝てしまったのか、死ぬぞ」

向こうで、何かが光った

ポケットから相手が、小刀を、出している

これだから、田舎は、恐ろしいのだ

良く研がれているのであろう、見ているだけで、空気が切れそうだ

「ああ、悪かったよ、僕は、少し筋トレして、気を紛らわせるよ」

静かな部屋に、体がわずかに動く音がする

ポケットがまた動いた

「うっせっつってんだぞ、あほう、馬鹿崩しね」

部屋の電気が一瞬、瞬いた後、動きを止めた

部屋の中は、暗闇が、支配し

急な闇は、目の明るさを奪う

「おっお前は」

うっさい寝ろ

部屋の中は、静かなものである

しかし、それと同時に、意識は、徐々に、ハッキリと、視界ではない、聴覚と嗅覚を鋭くさせ

濃いチョコレートの匂いが、袋から漏れ出し

耳には、小さな音が、聞こえる

これは、何だろうか、何かを、ひっかくような

何かは分からない

しかし、それは明らかに、幻覚ではなく、いや、幻聴ではなく、そこに姿を、見せているのである

窓の外に、ぼんやりと、明かりが見える

それは、赤く、そして、丸い姿を、ぼんやりと揺らしている

「火の玉だ」

相手は、胡散臭そうに、こちらを見ている

今日何度目の腹筋運動であろう

椅子の上から、僕の視線の先へと、向けて居る

「電灯ね」

・・・

「車の可能性だって、そうだ、電車の可能性も」

ドアを開くと、冷たい風が、小さな雪の粒を、引き連れて、内部に吹き込み

あっという間に、溶けて地面を黒く濡らす

「電灯だな」

私は、そう言って、中に戻る

相手は、死んだ躯のように、興味を、無くし、最初からなく、眠って居る

よく眠るやつだ

そう言えば、こんな話がある

朝寝てる夜かえるともう寝てる

動物園の動物ですら、もう少し動くのではなかろうか

いや、自分が、夜行性なだけなのか

もう、眠った方が良いかも知れない

「おーい、大丈夫かー」

寝る前に声をかける

「うっさい」

だれも居ない

実際には、二人いるが、それ以外に静かなものだ

薬缶が、ごとごとと、鳴いている

外は、雪のせいで、音が削られているのか

虫の鳴き声もない

そんな空間に、私は、耳ばかりが、さえ

目を開ければ、いつの間にか、なれたそれは、ストーブの赤い炎を、焼き付けるように、赤く見

そして、外の明かりを・・・見なかった

そこは、先ほどとは違い

白でも、ぼんやりとしたまるでもなく

ただ、黒い板となり、木の板に、張り付いていた

「電灯が消えている・・・停電だろうか」

返答はないと思われたが、向こうから声がする

室内のせいでその存在を目視できないでいるが

「午後十二時半より、山手駅の街灯は、節電の為、消えます

黙れ白豚」

暴言だ、人は、極限状態で、その人間の本当の姿が、目の当たりになると言うが

こいつは、こう言う奴であったか

そのままではないか

そうだ、昔から、そんな物であった、がけから落ちようが、プールで溺れようが

いや、そう考えれば・・・どうなんだ

暗い中を、ぼんやりと思想すると、相手の声が聞こえてくる

「お前はもう死んでいる」

寝言であろうか、僕はそんなに悪い事をしているのであろうか

この前、都会のデパートに行ったら、出禁にされた

何故だろう

街を歩くと、シャッターが閉められた

どうしてだろう

プールで溺れたのも、元はと言えば

「死にたくなくば、助けを呼べ

そうしなけれ・・・・ぐう」

ねっねごとか何という脅迫的な奴だろう

そんなのだから、恋人もできないのであろう

しかし、今言ったことが本当であれば、非常に面倒だ

こいつの言う事は、当たることがある、どうせ暇だし、もし遭難したらこいつのせいにしよう

少しは、成長するのではなかろうか

馬鹿は死んでも治らないが

俺の死と引き換えに、少しはまともになるかも知れない

「さらだばー」

私は、お別れの言葉を残し、静に、扉を少し開いて、表に出る

冷たい空気が、ストーブの温かさを物語るが、今はどうでも良い

私は、雪の積もる、外に出ていた

その背後では、彼女が何かを言った気がしたが、後ろ髪は短いせいで、引かれないことにする

ただ何と言ったのであろうか、今となりきになりだすのである

「西に三十メートル五時五六分・・」


吹雪と言うのは、息を止めるほどに、強く吹く

そんな時は、描いて字のごとく、息が止まる

そういう時は、しゃがみこんで、雪の中で、息をするしかない

ただ、今日は、ゴーグルに、マフラーを、口に当てていれば

何とか、呼吸はできる

しかし、さらに問題なのは、その雪の深みだ

雨を含んでいるせいであるか

その足の進みは遅く

腰辺りの中を、雪を、かき分けるように進む

こういう時、学生服の無能さを恨む

防水性のなさ

動きにくさ

黒一色の楽ちん使用

しかし、僕はあまり黒が好きではないし

金色のボタンの扇子の悪さ

襟まであるそれは、中二病を思わせる

しかし、一番いやなのは協調性にかこつけた

楽さと言う誘惑に、入った量産性だろう

それに、ポケットが少なすぎる

あと高い

道はないが、電柱が、所々タケノコのように生えている

それを頼りに、進む

ここに来たときの踏みあとは、存在せず

山に囲まれたこの場所に人家は一キロはない

その家だって、去年この場所を去ってしまっている

もちろんできは止められている

それよりも重要なのは、人を呼ぶことであろ言う

私の行動に何の意味があるだろうか、無意味に等しい

しかし、動かないわけにもいかない

自己都合も、やり遂げれば、意味をなくす

どちらにしろ、空だがなまって居たのだ

最近は、学校の狭い校舎を、何往復も雑巾がけばかりしていた

幾ら、何時間かけようとも、山の中の方が、性に合って居る

いくらくらい歩いたのであろうか

時計を見ると、二時を、指している

こういう時、明かりが付くのはありがたい

湿った足は、徐々に、体温を、奪い

感覚がなくなり始めた

これは、問題だ、そう、大問題だ

やはり、自分の馬鹿さ加減に、あきれ始める

「よし、戻ろう」

一時間かけて来た道を、歩いていると、遠くの方で、何か音がする

何だろうか

幾度となく耳を澄ませたが、これは、意味を見出すのであろうか


遠くの方に目をやると、人の動く姿を見た

それは、制服姿で、駅舎の屋根の雪下ろしをしていた

「・・・おっお前」

後ろには、雪上車を、引き連れて

男の姿がった

二人乗りの雪上車の中に、入ることはできず

先に、歩いて行ったのだ

「おまえ、あぶねえって言ったじゃねえか、前はしってんじゃねえ、後ろを行け」

駅を見上げて

「何やっているんだ」

そう叫ぶと

梯子から

「駅舎が、つぶれそうだから、雪下ろしを、してたんだ

言わなかったか、お前はもう死ぬと」

・・・・

駅の駐車場に、軽トラが、走り込む

「これやるよ、三百円」

車に乗り込んだ姿を見送りながら

小さな包みを見る

義理チョコと、裏には鉛筆で書かれた小さな小箱であった

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雪降る夜の脱落者 イタチ @zzed9

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