【九沓・6】
【九沓・6】
入り込んだ女中部屋の明りはつけず、窓からの残り少ない陽だけを頼ったのは、万が一侵入を察知され、異形を逃がされたり隠されたりしてはいけないと考えたから。
「ここを出ましてから、階段を挟んだ正面でございます」
告げてから女中部屋のドアを細く開いた浦川さんは、覗いた闇をしばし窺い―――。
そしてこちらに返した顔を頷かせると、暗い間隙をゆっくりと広げた。
まったく照明の落とされている空間。私と美緒には、目を慣らすための時間が必要だった。
「よろしいですか?」
小声が女中部屋の前で立ちどまっていた私たちにかけられたときには、なんとか順応できる視界となっていた。
「はい」
返した美緒も同様のようだった。
一五年の月日のせいか暗さのせいか、女中部屋を出てからの景色は、まったく記憶にないものだった。
ふとふりあげた目に飛び込んだ、薄明りを受ける階段踊り場のステンドグラスについても、それは同じだった。
忍び込みが発覚しなければ浦川さんの心配事は解消されない。との思いであるにもかかわらず、目的の部屋までのわずかな間、私と美緒の足は忍ぶものとなっていた。
ひんやりとした廊下は、幸い、床鳴りなど一切しなかった。
アトリエのドアノブへ伸ばすはずの浦川さんの手は、しかしなかなかあがらず……。
向うから声や物音が聞こえないのは、重厚感をまとうドアの厚みのためか、集中している“作業”のためか。
いずれにしろ、暇を出されている今日、朱美と異形が屋敷にいることは確実。そして私の推測からいけば、このアトリエにいる確率が一番高い。
「浦川さん」
小声で勇気づけた。
「……はい」
頷いた彼女は、握り締めていた合鍵を、ドアノブへ静かに挿した。
と―――、
「開いてます……」
ひねられた手首のままで、彼女は洩らした。
鍵が引き抜かれると、
一間……二間……。
美緒がそろり、ドアを押した。
ここにもきしむ音などなかった。
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