【愛友・3】

     【愛友・3】


 はじめて素肌のすべてを合わせた営みは、今までに見たことのないほどの激しさ、また優しさでした。

 雌雄の役割がほぼ同等であったのも、過去にないことでした。

 ふたりは交互に、そして同時に、なんども喜悦をほとばしらせ、歓喜の叫びを絡みつかせ、ベッドの上でまったく一つの塊となっていました。 

 精も根も尽きはてた。ふたりがそんなようすとなるまで、どれほどのときが費やされたことでしょう。

 この部屋では、いつも誰かに見られている気がしていた。それは今も―――。

 ご主人さまの胸に頭をあずけた彼女の吐露は、遠慮、隠し事などの必要がない間柄になったからでしょうか。

 たぶん、あの子―――。

 答えたご主人さまは、胸の彼女をそっとどかしベッドからおりると、作業道具置きの台の抽斗を開きました。そこにはわたしがいる部屋の、とびらの鍵が入っています。

 ベッドで身を起こしていた彼女の目が、驚きで見開かれたのは当然のことでしょう。

 この子は偉瑠がくる前に相手にしていた―――。

「きみ」を「偉瑠」に変えていたご主人さまの告白も、やはり、すべてをさらけだせる関係となったからでしょう。

 相手を異形にしての交接を思いついたのは、O神社で見世物小屋に入ったことがきっかけだった―――。

 たまにはグロテスクなもの以外、と考えていたところに、“日本の伝統”がテーマの絵画コンテスト開催を知り、では、と思いついたのが、季節がらゆえだったのか、酉の市。その祭りの風景を、写真に収めるべく向かった先での出来事だった―――。 

 一般的な小屋とはかけ離れた見世物内容、奇妙な名称、そして、小屋主らしき女性の驚愕の姿―――。

 続けて語ったご主人さまに、彼女から驚きの声が返りました。

「わたしもその小屋、入った」と。

 だから父は死んでしまったと思っている―――。

 そうも継がれた言葉に、ご主人さまは首をひねりました。

“入ってはいけない見世物小屋”という都市伝説の内容を、彼女は教えました。

「とするならば、私はなにが消えるのだろうか……」

 独り言のようなご主人さまの疑問は、伝説を真に受けているのかいないのか、判断のつかない音色でした。

 それを聞いた彼女は「あっ」つぶやくと、すかさずベッドを離れ、ご主人さまを強く抱き締めました。ご主人さま自体が消えてしまったら……という怖れからの、咄嗟の行動だったのでしょう。伝説を信じている彼女なら当然です。

 そうしていることで、消失が防げる保障などないことは、彼女もわかっているはずです。それでも、

「だめ、だめ、消えちゃだめ」

 胸に埋めた顔で、真剣に訴えます。

 彼女のいう意味を察したのでしょう、

「大丈夫。せっかく本当の妹と出逢えたのに、消えてなんかやるもんですか」

 優しく、そして力強く返して、ご主人さまは彼女の頭をなでました。

 するとでした―――。

 彼女の訴えとは裏腹な現象が、ご主人さまの躰に現れて……。

 これは、幻覚……。

 疑いはしかし、

「えっ……」

 すぐに洩れた彼女のくぐもった声で、「否」と証明されました。

 彼女はその肌感覚で、異変を感じとったのでしょうか。

 おもむろに離れた彼女の向ける視線が、ご主人さまのそれを自身の躰に落としたのでしょう。

「あっ……」

 ご主人さまからも、驚きがあがりました。

 ふたりからの続く言葉は、聞こえません。

 異変はみるみる広がり、ついには、彼女に勝るとも劣らない艶やかな肌に、ご主人さまの躰のすべては覆われました。

 ご主人さまのあの凄い躰は、自殺を図った腕の傷とともに、跡形もなく消え失せたのでした。

「どういうこと……」

 自身の視感の信憑性を計るかのように、変異した躰の四方へ触診のごときの手を這わせていた彼女の喉が、先に息を吹き返しました。

「わからない」

 当然の答えと思われました。

 ただ唯一考えられる理由は、彼女の口から重みのある音で出た、

「やっぱりあの伝説、本当だった」

 ということなのでしょう。

 見世物小屋が消したのは、ご主人さまではなく、ご主人さまが背負い続けてきた“苦しみ”だった、ということでしょう。

 なぜそうなったのか、説明できる者などこの世にはいないはずです。

 ただわたしはこう思いました―――。

“実姉妹であることが判明した今、その姿をあまりにも違えているのは忍びない”

 そう判断した神による裁量だったのではないかと。

「消える」という現象は、伝説の内容からは、その人にとって一度きりと汲みとって間違いないように思われます。であれば、ご主人さまが消えてしまう心配は、もうなくなったということではないでしょうか。

 姿見で後背まで確認したご主人さまの頬に光った一筋が、照明で多様な反射を見せたナイフを、ふと連想させました。

 今まで彼女の肌の上を走り続けた“パレットナイフ”―――そのへりを使って、ご主人さまが彼女の躰に再び鱗の筋を入れることは、もうありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る