【愛友・2】

     【愛友・2】


 部屋に入ってきた彼女は、とても緊張しているようでした。

 このお宅ではじめて見た、ご主人さま以外の人でした。

 ご主人さまはあらかじめ、お酒と軽食を用意していました。

 ご主人さまの勧めで、お酒にはすぐに口をつけた彼女でしたが、軽食にはなかなか手をつけませんでした。

 はじめご主人さまは、大学に関するお話をしていました。

 彼女がご主人さまの大学の生徒であることは、すでに知っていました。

 そうしているうちに、緊張も解けてきたのでしょう。彼女は軽食に手をつけ始め、お酒も進んできました。

 なんとなくわたしに似ている。同年代に見えた彼女に対する感想でした。

 鍵のかかったとびらの中からでも、室内はよくわかりました。

 なぜなら、とびらにはちょうど中ほどに格子状の意匠が施されていて、縦に隙間が幾本もいていたからです。でも、こちら側はまったく明りがないので、向うがわたしに気づくことはないと思われます。だからご主人さまは、この部屋へ彼女を招き入れたのでしょう。

 しかし、万が一気づいたら、彼女はどんな顔をするでしょうか。発声も微動も許されず、異形の姿のまま、じっと椅子に座らされているわたしに気づいたら。


 完全に彼女の気持ちがほぐれたようなころでした。

「ところで、きみに手伝ってほしいという製作だが―――」

 そうご主人さまは切りだし、彼女をわたしと同じ躰につくり変えるということを話しました。

 彼女は非常に驚いたようでした。

 なにかしら手伝ってほしいという話は、以前に行われていたようです。でも、それがどういったものであるか知らされていなかったのは、一目瞭然でした。

 しかし、

「多少気を使う場面は出てくるかもしれないが、普段の生活に、おおむね差支えはないと思う」

「もし、やむを得ない事情が起こり、暮しに支障をきたす恐れが出てきた場合も、問題はない。そのときは、製作を一時中断することを約束する」

「きみはなにも心配する必要はない」

 ご主人さまの淡々とした説明に躊躇のない頷きを返していたのは、どのような要望でも受け入れる覚悟が、彼女にできていたからではないでしょうか。

 それは、完全にご主人さまを慕っているがゆえでしょう。彼女のご主人さまに向ける視線、態度を見ればわかります。

 ともかくも、この決定は、わたしが用済みになったことを示すものなのでしょうか。


 二本のワインボトルが空になると、ご主人さまにうながされるまま、彼女は服を脱ぎました。このときは、さすがに恥ずかしそうなようすが見えました。

 リビングに彼女を通さなかったのは、すぐさま製作を始めるためだったようです。だからご主人さまは、たしなむ程度だったのでしょう。逆に彼女はずいぶんと飲んでいました。

 製作を手伝ってほしいといわれてやってきたのに……。

 と、ご主人さまに劣らずの酒豪のような彼女に、批判めいた気持ちも浮かびましたが、むろん、わたしに口出しする資格も方法もありません。

 モデルとまではいきませんが、彼女は綺麗なプロポーションでした。

 下着にはセクシー色が窺えました。彼女の顔形にしては、ちょっと背伸びをしているような感じのするものでした。

 彼女は今日、ご主人さまに抱かれる期待も持ち、やってきたのでしょうか。

 であれば、製作技術を磨いたご主人さまです。その願望は、数時間後には叶うのかもしれません。

「さあ、下着をとって」

 ご主人さまのソフトな声に、彼女は従いました。

 大きくも小さくもない膨らみの頂点は、綺麗な赤色を若干上向かせています。

 綺麗に整えられたおへその下は、やはり抱かれることを期待していたようです。

 ご主人さまの指し示した先へゆく彼女の締まったでん部も、よい形でした。

「ほんの少し冷たさを感じるかもしれないが、痛みはほとんどないから安心してほしい」

「逆に気持ちがよくなってしまうかもしれないが、それでも、なるべく躰をよじったり反ったりしないように」

「ただ、声が出てしまったら出てしまったで、構わない」

 部屋の隅にある簡易ベッドに仰向けになった彼女へ、ご主人さまは優しく語りかけました。わたしにはなかった気づかいでした。

 わたしがさんざん寝かされたそこは、ご主人さまと彼女が向かい合っていたテーブルのすぐ脇にあります。だから、眺めづらいということはまったくありませんでした。

 ベッドの頭のパイプをしっかりつかんでいるように―――。

 いわれるがままにした彼女の脇の下も、処理に抜かりはありません。

 そうしてからご主人さまは、ティッシュのものよりも一回り大きなボックスから、真っ白なペーパーを一枚抜きだしました。ボックスは、ベッド頭に添わせていた作業道具置きの台にありました。

 キッチンペーパー大のそれは、不織布です。わたしにもさんざん使用されたのでわかります。

 ご主人さまは不織布に、同じく台に載っていた薬液を、念入りにスプレーしました。

 それから、やはりわたしにしたのと同じく、しっとりとしなった不織布で彼女の前面を丁寧に拭き始めました。

 彼女の躰はときに、ピクッ、ピクッ、と反応しました。

 両の赤い突起は、下着をとったときよりも大きくなっていました。

 清拭が終わると、ご主人さまはボックスの陰に置かれていた作業道具をとりあげました。

 ナイフはピカリと、照明を反射させました。

 そして、冷やかさをたたえるその銀色を、ご主人さまはゆっくりと彼女の躰におろしてゆき―――。

「アウッ……」

 苦悶のような呻きを洩らし、ピクンと躰を反らせた彼女の胸に、真っ赤な筋が浮きあがりました。

「ごめんなさい……」

 微かな彼女の囁きを聞きました。

 ご主人さまは、構わずナイフを走らせました。

 一筋、また一筋と真紅の線が増えるごとに、ご主人さまの息遣いは荒くなってゆきました。

 彼女はパイプを握り、必死に震えに耐えているようです。

 新たな異形誕生の幕開けです。


 彼女がご主人さまに抱かれることは間違いないはずです。

 でははたして、ご主人さまは彼女に、あの凄い躰で挑むのでしょうか。

 そうであれば、彼女はどんな驚愕を受けるでしょうか。

 いくら思慕の情があっても、拒絶という選択肢は、どうしても浮かんでしまうのではないでしょうか。

 全体が黒ずみ、あらゆるところに筋状の隆起を見せる、あのご主人さまの躰です。彼女は耐えきれないのではないでしょうか。

 そうしたらご主人さまは、またわたしに戻ってくるのでしょうか。

 ご主人さまの要望にすべて応えるわたしに、帰ってくるのでしょうか。

 いつしか出窓を叩いていた雨音を聴きながら、思いました。

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