第2話 陸上部でいきなり練習

『ピ~ンポ~ン。ピ~ンポ~ン。ピ~ンポ~ン』


「うん? ドアフォンの音か? 」


 ドアフォンに起こされる形で、靖典は長い眠りから覚醒する。


 制服の姿でベッドからゆっくり起き上がる。昨日から着替えていない。


「お母さんも康人も不在なのか。タイミングが悪いな。ただ放置するわけにもな」


 未だ無気力の状態で自身の部屋を後にする。半分寝ぼけた状態で階段を降り、靖典はドアフォンを確認せずに自宅のドアを開ける。


「はい…」


 明るい太陽の陽射しが靖典の眠い目に射抜く。目には鈍い痛みが生じる。


「のり君。久しぶり」


 ドアの前には普段遭遇しない女子が立っていた。


 山森飛鳥。


 肩に少し掛かるピンクのボブヘアにパッチリした紫の瞳の美少女。バストは程よく整っており、肌は牛乳のように白い。身長も平均よりも高い。


 さらに靖典の幼稚園からの幼馴染でもある。


 中学で彼らは疎遠になってしまった。靖典がバスケ部、飛鳥は陸上部に所属したことが原因である。しかし、小学生の頃、2人は非常に仲が良かった。お互いに自宅を行き来する関係であった。


「…久しぶり」


 久しぶりすぎて飛鳥の名前を呼ぶことができない。


「いきなり自宅に押し寄せてごめんね。でも康人君から話を聞いて居ても立っても居られなくて。バスケ部を退部したのは本当?他の部員から推薦を受けたことも」


「…。うん。そうだよ」


 俯きながらも静かに肯定する靖典。昨日の辛い経験が脳内をを支配する。高谷や他の部員の顔や笑い声が頭から離れない。


「ひどい!! 信じられない!!! そんなのいじめじゃん!!!! 」


 靖典からの言葉を聞き、飛鳥は大きな憤りを露にする。


「今、思い出しただけでも腹が立つよ。バスケの才能が無い上、下手なことを理由に退部を薦められたんだ。悔しくて仕方ないよ」


 靖典は怒りを抑えるために両拳をきつく握る。


「うんうん。悔しいよね。でもこのまま黙ってるの? 見返したくない? 」


「え? 」


 飛鳥の言葉に反応し、靖典は顔を上げる。自然と飛鳥の大きな紫の瞳と目が合う。


「 他の部活に入部して活躍すれば良いんだよ。そうすれば、バスケ部のメンバーも確実に悔しがる。だって、自分よりも格下だと見下した人が活躍して目立ってるんだよ。悔しくて仕方ないと思わない?」


「それは…そう思うけど」


「なら見返すために頑張ろうよ!! 」


「でも、どうやって?俺に運動の才能は皆無だと思うけど」


 弱気になる靖典。得意なスポーツなど全く浮かばなかった。


「そうかな?私は、のり君の足が速いことを知ってるよ。

陸上大会で活躍できる才能は持ってるんじゃないかな」


「陸上? 陸上の大会で活躍できる才能? そんなバカな」


「じゃあ、試してみる?私の目が正しいか? それとも、のり君の見方が正しいか?勝負しようよ」


「それは…」


 飛鳥は真剣な眼差しを向ける。直視できない靖典。


「私を信じるか。自分自身を信じるか。のり君しか選択できないよ」


 


「お疲れ様です! 」


 グラウンド内における陸上部員の集まる部室前で元気よく挨拶をする飛鳥。


 今の飛鳥はスポーツウェアにショートパンツ姿だ。そのため、飛鳥の乳白色な手や太ももの大部分が露になる。太陽の陽が差し込み、光沢が有るように錯覚してしまう。


 輝く飛鳥の背後を体操服姿で追うように進む靖典。陸上部員の奇妙な視線が靖典に集まる。


「山森。その背後の彼は誰なんだ? 」


 陸上部でもリーダー格そうな部員が飛鳥に尋ねる。


「西浦先輩。紹介しますね。この人は高梨靖典君。先日、バスケ部を退部した私の幼稚園の頃からの幼馴染です」


 飛鳥が陸上部員の前で靖典を紹介する。


「ええ! 山森さんに幼馴染なんて意外尾!! 」


「羨ましすぎるだろ」


「まさか。初耳だ」


 陸上部員が次々に口を開く。


 それらの部員の反応から飛鳥が陸上部内で非常に目立つ存在なことが容易に想像できる。


「 彼が山森の幼馴染であることは分かった。たが、その幼馴染の彼がなぜ陸上部の練習に顔を見せる?」 


(ですよね~~)


 心の中で強く同意する靖典。


「私の幼馴染の、のり君には陸上の才能が有ります。特に走ることにおいては非凡な才能を持つと私は感じています。ですが、本人は自覚が無いみたいで。そこで、実際に陸上部員の皆さんと走って、その才能を自覚して貰おうと思いまして」


 ピリッ。


 飛鳥の言葉に敏感に反応し、緊張感のある空気が陸上部員間で流れ始める。


「それはつまり。彼が俺たち陸上部の短距離メンバーに勝てると言いたいのか?」


 西浦が再び口を開く。先ほどとは声のトーンが異なる。


「部員の皆さんには申し訳ございませんが、私はそう思っております。それほど、のり君の走る才能は並外れてます」


 躊躇せずに断言する飛鳥。


(え? 勝手に何言ってくれてるの? )


「面白い。山森がそこまで言わせるとは。じゃあ実際に見せて貰おうじゃないか。その才能を」


 少し笑みを溢し、西浦が動き始める。


「それじゃあ。俺を含めた短距離選手3人と山森の幼馴染とで100メートル対決でどうだ?」


(何か次々と話が進んでる気がするんだけど)


「 問題ないと思いますよ。のり君も大丈夫だよね?」


 飛鳥は期待の籠った瞳を靖典に向ける。


「あ。えっと。大丈夫…だよ」


 そんな飛鳥の瞳の前では断れなかった靖典。断れない雰囲気が形成されていることも大きな要因であった。


「それなら決まりだな。早速準備をしよう。軽い準備体操をして開始だ」


 西浦の声掛けを合図に、相手となる短距離選手3人が準備運動を始める。


「私達も準備運動しようか。一緒にランニングから始めよ」


「う、うん」


 飛鳥と一緒に軽いランニングをして身体を温め、屈伸やアキレス腱などの準備体操をする。


「よし。俺達は準備万端だぞ。彼の方はどうだ? 」


 西浦を含む3人の短距離選手が程よい汗をかいた身体で靖典と飛鳥の下に駆け寄る。


「のり君大丈夫そう? 身体は温まった? 」


 少し心配そうに靖典を見つめる飛鳥。


「うん。勝てるかは分からないけど。頑張ってみるね」


「うん。頑張ってね! 応援してるから!! 」


 飛鳥は安心したように満面の笑みを浮かべた。


「よっしゃ! それじゃあ。やろうか」


 西浦達3人はスタートラインに立つ。彼らに靖典も倣う。


「それでは行きま~~す。オン ユア マークス」


 靖典以外の3人はクラウチングスタートの姿勢を取る。


 一方、靖典は自信なさ気に両足を広げ、両膝に手を置き、わずかに前傾姿勢だ。


 静寂な空気がその場で流れる。


「セット……」


 1人の部員がスターターピストルを構える。


 数秒後。


 発砲と共にスタートの合図がグラウンド内に鳴り響く。


 発砲に瞬時に身体が反応し、西浦を含む3人は素晴らしいスタートを切る。


 一方、経験の差が起因し、靖典はスタートに後れを取る。


 西浦を含む3人は理想のフォームで横1列に並び、徐々に上体を起こし始める。その間、加速する。


 3人はほぼ同時に頭を上げる。彼らは靖典がスタートで遅れを取ったことを認識していた。そのため、負けることは無いと思っていた。


 しかし、いつの間にか靖典の背中は3人の遥か前方に有った。


「「「な!? 」」」


 衝撃の展開に直面し、大きく目を剥く3人。


 だが、とき既に遅し。


 3人と靖典の距離は全く縮まらず、逆に開き続けた。


  最終的に、靖典は圧倒的な大差で1着でゴールした。


「10、…10秒7!! 」


 靖典がゴールした直後、タイムを計測する部員が驚きの混じった声で叫んだ。




 一方、同時刻。体育館にて。


 バコッ。


 靖典に退部を薦めた高谷と体験で練習に来た中学3年生の少年が1対1をしていた。


「はぁはぁ…。クソ……」


 大汗をかき、息も大きく乱す高谷。


 対照的に、中学3年生の少年は息を乱していない。


 身長と体格も高谷と少年に間に大差はない。


 しかし、1対1でのスコアは0対18。少年が完全に圧倒していた。


「がっかりだな~。エースと言っても、この程度か~~」


 失望した表情で、ドリブルを続ける少年。


「クソ!! なめるな!! まだだ!! これからだ!!! 」


 周囲の観戦者(バスケ部員)は静寂が保つ。目の前の現実が信じられないのだろう。


 誰もがエースの高谷が中学3年生の少年を圧倒すると思っていた。しかし、逆の展開が目の前に存在する。


「もう終わりですよ。僕とあなたとでは次元が違う」


 ダムッ。ドキュッ。


 あっさり高谷を抜き去った少年は簡単にゴールに向けてボールを放つ。


 くる。シュパ。


 少年の放ったボールはゴールのリング内で1周してからネットを上下に揺らす。


「終わりですね。弱いですね」


 少年のスピードにに反応できずに立ち尽情けなく立ち尽くす高谷に、少年は冷たいトーンで告げる。


「今年の4月から入部する新入生の高梨康人です。宜しくお願いしますね。僕よりも弱い先輩」

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