第4話
ウラカは教会にも神話みたいなものがあると話した。教会の創世記は聞いたことがある。教会のレリーフやタペストリーにもヒルダルとのやり取りが描かれていることなど。
ウラカはカップを日にかざしていくつかの輝きを照らしてみた。
「わたしは信じてないわ。後付けが多い。あのときは絶賛疑心暗鬼中だったから何も言わなかったけど」
「なぜ今言うんだ」
「そうね。一人で背負い込んでいるのがつらいからかな」
「僕たちは教会のことなんてどうにもできないし、する気もない」
「ええ」表情を曇らせた。
「なぜ下で甘んじている。たくさんの術も使えるし、この旅でも成果を上げているよつに見える」
「強いて言えば責任が怖い。わたしの心はもろい。落ち込むし、涙が止まらないし、眠れなくなる。夜中に何度あなたを呼ぼうとしたか」
「にしては好きにしてる。ここは教会関係の城だ。罠か」
「まだ今のところそこまでは落ちぶれてないわ。信じてもらえないかもしれないけどね。わたしは評議会の一人には話を通してる。コロブツの計画の立案者よ。古い呪いを解くべきだという考えのテムズ導師よ」
僕は導師の考えが凄いとは褒められるほど能天気ではない。ここしばらく旅をしていて、絵に描いたような愚か者はいない。皆、何かしらの考えや根拠の下に動いている。
「コロブツのことも善意でもないんだろう。君から聞きたいね」
「教会の力にも限界があるわ。呪いも維持するためには力がいる。わたしたちはこれから新しいことへ力を注ぎたいの」
「新しいこととは」
「白亜の塔の件以来、今繋がれし魂が解き放たれているわ。教会は繋がれし魂が放たれたときの影響を調べるためにコロブツで試した」
要するに僕たちは教会に使われたとのことだ。ただの気まぐれでコロブツの民は解き放たれた。
「シン、あなたはこの前からずっと不機嫌だわ」
「気にしすぎだよ。僕は特に変わらない。教会が何をしようとも気にしていないよ。今は剣の赴くままに生きてる。教会なんて石ころだ」
ウラカは評議会は七名の導師で構成されていて、ルテイムやグレイシアで暗躍していたのはガイデンとスゲガン導師だと話した。どちらもルテイムの異界の力、グレイシアの精霊信仰の力に興味を示したと。ガイデン導師は異界を操る術を教会に取り入れようとし、スゲガンは資金面で教会を維持しようとしていた。
「コロブツの成功したテムズ導師は繋がれし魂が消えた後、精霊の力が強くなると考えていた。教会はコロブツの精霊と連携することも視野に入れてる。彼の地位は上がるわ」
「ウラカは評価されていい」
「どうかしら。ガイデン導師は精霊の時代の終焉から混沌の時代に力をつけてきた教会の復興させようとしている。テムズ導師に命じられたまま働いたし、ルテイムでもグレイシアでも命じられたままよ」
「やけに信頼されてるな」
「うれしくないわ」
教会の誰もが白亜の塔から僕が現れたのは驚いたはずだ。精霊の時代の後の混沌とした世界を救済した別格の連中だ。今は教会のどちらの派も心穏やかじゃない。
「彼らは白亜の塔と教会が協力することを期待してる。昔の権威を手に入れたい。でもムリよ。これはわたしだけが知っていることね」
「どうして」
「わたしあなたが今の教会を認めていないから。あなたが白亜の塔の継承者なのよ。だからムリね」
ウラカはテーブルにカップを置くと椅子で伸びをした。
「あなたが怒らせると怖いわ」
「僕は話し合いたい。そのために本当のことを知らないといけない」
「レイを止められるのはあなたしかいない。でもあなたを止められるのは誰もいないのよ。白亜の塔とグレイシアは結末を予知していた。彼女たちを前にして、教会なんて何もできないでいたわ。わたしもね」
「今も還流という術で他人を犠牲にしてるんだろうね。確かに僕も彼らの犠牲の上で暮らしてる。それが浅ましいことだとも思わない。どこかに犠牲はつきものだからね。こう慰めている自分に対して反吐が出るんだよ。教会に対してもだ」
「だからあなたは封印を解くことを選んだ。一対の鏡だということを聞いて何かに気づいた。そしてグレイシアに入ることを決めた。教会が来ていても諸共に吹き飛ばした」
僕は左の肘掛けに体を預けながら残った紅茶を飲み干した。
「教会の船から持ち出した呪具も適当に詰めたわけじゃないわ。呪具の喪失は教会の弱体化に繋がる。どうでもいいいくらいかしら。白亜の塔もグレイシアも教会なんて芥子粒みたいに考えてる。混沌の時代を越えた彼女たちからすれば当然よ」
「僕には呪具の知識はない」
「ときどきいるのよ。わたしたちが頭や経験で学んだことを何となくで使える人がね。あなたよ」
「たぶんね」
「まだまだこれからよ」ウラカはニヤッとした。「わたしはあなたを舐めていたかも。吐くんなら今よ」
「そんなたいした考えで行動してるわけじゃないんだけどね。メディオがこの世は不公平だと思いませんかと尋ねてきた。僕の住んでいた世界で尋ねられたら、それを受け入れて生きるしかないみたいなことで済ましたはずだ。でもここは僕の住んでいた世界でもなくて、幸か不幸か僕は白亜の塔から不公平をなくせるかもしれない力を持たされた。少しでも不公平を減らせるかもと思ったんだ。それがルテイムやグレイシアでの騒ぎだよ」
「あなたのしたことはすべてを消し去ること。救済じゃないわ。あなたは白亜の塔の力を得たのに」
「ルテイムでは足掻いた。でもどうにもならないことがあるんだ」
グレイシアは未来のために精霊の力を封じ込めていた。しかしグレイシアの子どもたちは勘違いした。グレイシア自身はそうなることも予言していた。魂の時代が終わろうとしているとき、彼女は滅ぼすことを選ばせた。白亜の塔と同じだ。
「反論しないのね」
「ぐうの音も出ない。現にメディオもナックナも死んだ。ノイタもミアも。コロブツのみんなも死んだ」
僕は青空を見上げた。
「白亜の塔で暮らしていた魂も国王も女王も。みんな僕が殺した。レイが魔族だと言うんなら、教会は僕を何と言うんだろうね」
僕はそんなことはどうでもいいんだと自分に言い聞かせた。
「何と言われてもいい。みんな僕のせいで死んだんだ。たぶん僕は世界を終わらせるために選ばれたんだ」
次の更新予定
世界のカケラ5〜精霊復活編 henopon @henopon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。世界のカケラ5〜精霊復活編の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます