第3話
しばらく教会の兵士から隠れていてもらいたいと言われた。二人のために二階に寝室が準備されているとのことだし、朝食も夕食も滞りなく提供されていたが、もちろん僕もレイもいつまでもいる気はない。
世にこれは幽閉というのだ。
教会の内紛に巻き込まれる筋合いはないし、評議会で運営される連中の誰がどうなろうと知ったことではない。ましてや裁かれる気なんてさらさらない。逆にグレイシアのことでは、僕もレイも教会の介入に頭に来ているので詫びの一つくらい入れさせてやろうとすら考えている。
「港で死んでる兵士のほとんどが斬られてるらしいんだけど」と言われたので、「仲間同士で争いで何か爆発したんだろう」と答えた。
暇な日々、僕とレイは乗馬の訓練を受けていた。教官はラナイだ。レイには厳しくはないが、僕にはやたら厳しい。要するに僕は下手くそなのだ。人馬一体になれと言われても僕は馬ではないから馬の気持ちなどわからない。話せれば別だが。ウラカも一緒に来ていたが、彼女は気分転換で遠出して遊んでいた。
「鞍に座らない。坐骨で馬と一緒にリズム刻むように。それだけだ」
「馬のリズムに合わせて」
一日目と二日目は話す気力もないくらい疲れた。内ももも背筋も腹筋もすべてが軋むように筋肉痛だ。この世界に来てからでも、いかに使っていない筋肉があるのか。前の世界ではどうだったかすら忘れた。
ウラカは汗を拭きながら、
「二人ともなかなかいい筋してるじゃないの。ラナイも厳しいわね」
と笑っていた。
「僕にだけね」
「レイは教えることねえし」
「もう僕はくたくただよ」
「あいつらはたいてい重騎兵が乗る馬だ」ラナイが答えた。「重い鎧つけてロングソード振りまわしてる連中だ。だからでかい。てめえはいつもウラカ様をいじめてるしな」
「いじめたことはない」
いつになれば走れるようになるのだと尋ねると、ラナイは基本ができてからの話だがと前置きした。
「後は状況次第だな。でも普通でそんな急ぐようなこともねえよ。戦場でも考えてるよりも走らねえ」
「そうなのか」
「敵もいるんだしな。それに味方がいたら急ぐこともねえし。急ぐとしたら逃げるときくらいだな。逃げるときはしがみついてればいい」
ラナイは馬の頭を撫でた。
「こいつらもバカじゃねえ。怖いところには行きたくねえよ。乗るときは気持ちを考えてやるんだ。てめえが行きたくねえところは馬も行きたくねえよ」
ブスレシピの内地は馬の産地で有名だそうだ。ロングソードを持つ騎士団も欲しがるようだが、いかんせん値が高いし、維持費もかかる。
「ウラカはうまいな」
「まあ馬術の教官もできるくらいだから。裸馬でも乗れるらしい」
そこそこ乗れるようになったところで、ウラカが敷地内でランチをしようという提案をしてきた。
湿地や低木、岩が点在し、いつも城主が気に入っていると言われる岩の上で敷布を広げた。すでに他の従者が運んできたランチセットが設営されていて、遠くの山々やかすかな海を見ながらランチを食べた。
「こういう趣向はよくするのか」
「昔はね。夏前とか秋とか」ウラカは風を浴びながら答えた。「小さい頃はよくしてた気がするわ。これでもちょっとしたお嬢様なのよ」
「へえ」レイは目を輝かせた。「どこで踏み外したの?」
「どういう意味よ」ウラカはラナイを呼び寄せた。「レイに滝を見せてあげて。北へ行くとあるわ。気持ちいいわよ。裏からも見えるから」
ウラカは二人が遠ざかるのを見ていた。僕はラナイは森の民だが決定的な能力の欠如があるという話をしていたことを思い出した。
「森の民は心を読めるんだろ。ラナイは読めないのか」
「それね。読まないようにする力がなかったのよ。だから善意も悪意もすべて流れ込んできたのね」
「つらいな」
「きっとあなたならそう言うと思ったわ。だいたい森の衛兵は特技を活かして機密部とかにいる。でも簡単じゃないわ。入れ代わり立ち代わり尋ねられたんなら、何ともできなかったとか。そもそもあなたたちはろくでもないことしか考えてないんだから読めるわけないわよね」
「考えてるよ。複雑だよ。読めるのかね。今考えたことは次の瞬間は変化してる」
「だから森の民もそこまで深くは入らないわ。現実世界へ戻って来れなくなることを恐れてる。他の地域の魔法使いにはハックしてきたのを逆に捕まえる術もあるしね」
「便利なものでもないのか」
ウラカは僕と自分のカップに紅茶を注ぎながら、彼女も術で人の考えていることが読めると話した。
「レイのこと好き?」
「読んでみたら」
「言葉で聞きたいこともあるわ」
「本人以外には言葉にしない」
「レイが殺されたらどうする」
「殺されるかもしれないのか」
「教会は頭に来てる。ルテイムとグレイシアでの失敗のせいでね」
「気が合うね」
「怒らないのね。わたしが隠していたことを見抜いていたみたい」
「僕たちの白亜の塔からここまでの旅は続いているんだ。教会が騒ぐくらい何でもない。気にしない」
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