第2話 花形貴公子たち、狂乱に燃え尽きる

――それから四半時もしないうちに。

ダンッ!ダンダンッ!ダンダンダンッ!ダダン!!

バシッ!バシバシッ!バンバンバンッ!!

床を踏み鳴らす荒々しい足音と、何かを叩くような音が聞こえてきた。

その暴力的な音に混じって、女の泣き叫ぶ声と男の怒声も聞こえる。

「きゃああ~~~裾の中にいいい!!」

「げほげほ、この野郎ブッ殺してやる!!」

「木槌で叩き潰せ!そこにいるぞ!」

「げほげほ、屏風が壊れてしまいますっ!」

「いやあああ這って来ないでええええ!!」

朝所は頭に血が上った男女の狂乱の場と化していた。

枯れ草を火取りに詰め込んだはいいが、小じゃれた薫炉よろしくささやかに立ち昇る煙なんぞに参るムカデではなかった。仕方がないので斉信の部下たちは松明状に木切れを集め、片方に枯れ草をいっぱい詰め込み火をつけて、屋根の下の梁や薄暗い場所にひそむ忌まわしい昆虫たちをいぶすことにした。松明を高々と掲げて何人もの男女が歩き回る。この作戦はある意味大成功だった。が、濃く熱い煙に耐え切れず落ちるムカデ、うねうねとすばやい動きで逃げ回るムカデで屋内が修羅場になることは想定外だったようだ。

ムカデもケムいが人間もケムい。おまけに朝所は風通しが悪く、開け放しているのにも関わらず几帳の内側では煙がうっすら充満している。ここの屋根はかっちりとした瓦葺きのため、スキマのある茅葺き屋根のように煙が上へ逃げる事もできない。

非常事態の加勢として部屋に入る事を許された部下たちも混ざって、ムカデを追いかけ何度も何度も踏み潰す。もう止められない。

「ちくしょう!ギッタンギッタンにすり潰してやる!」

額に汗が流れ、髪は乱れ、丁寧なしつらえの極上の冠が傾くのも気づかぬほど潰しまくる公任。普段のすまし顔からは想像もできないような野蛮な言葉を発する男がそこにいた。

松明の先に詰め込んだ草の火の粉が調度類に燃え移らないようにするのがせいいっぱいで、床に落ちまくる灰なんて誰も気にする余裕はない。松明を作り始めた早い段階で、

『殺生はなるべくしないでね。もう二度と来ないように言い聞かせれば、たとえ小さな虫でもきっとわかってくれるわ』

と言って離れに避難した中宮は賢明だ。

「げほげほバカにしやがって!なめるな!待てこら!」

叩き殺す執念に取り憑かれた斉信が怒鳴り声を上げながら、執拗に何度も何度も笏(しゃく)を打ち下ろす。ほとばしる汗、鬼の形相。鮮やかな緋色の衣装を乱しながら、獲物を探して次から次へと笏を打ち下ろす。

恐怖のあまり、木槌で壁を叩きまくる女房、踏んでも踏んでもウネウネ逃げようとするムカデを、狂ったように踏み続ける部下。何より、後宮女房あこがれの的の斉信と公任が野蛮な怒鳴り声を上げながら、建物が揺れんばかりに暴れまくっていることが恐ろしい。何も知らない人間が今この建物に立ち寄ったら、戦慄の光景に意識が薄れていくに違いないだろう。

どうしてこんな錯乱状態になったのか。いや、理由なんてない。おぞましい動きをする昆虫を見ると半狂乱になるのは人間の本能なのだ。一目散に逃げ出す者、わけのわからぬ雄たけびを上げながら叩き潰す者、反応はそれぞれだが、こみあげてくる恐怖の衝動は、理性ではどうしようもないのだった。



かくして、煙で涙をにじませ無我夢中で踏み続けた跡には、原形がわからないほどすり潰れて息絶えた、かつてムカデだった破片と枯れ草の燃えた灰が、いたるところに散らばっているのだった。

「ぜいぜい」

「はーはー」

肩で息する斉信たち。完全に燃え尽きてしまったのか、ガクリとひざを床に落とし、顔を上げることもできない。

斉信とその部下たちプラス公任に、大祓に参加する気力はどこをどう見てもなさそうだった。



(終)

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公任、ムカデ退治に巻き込まれる おおまろ @heshiko88

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