第1話 黒の出立の日がやってきました。①

 その日、王宮は大きな喜びに包まれ、それと同時にさらに大きな悲しみに包まれていた。

 大きな喜びは王妃が待望の双子を産んだことである。

 片方は濃い太陽の光のような美しい金色の髪を持った王子、もう片方はまるで夜を煮詰めたような艶やかな漆黒の髪を持った王女であった。

 絹で包まれた双子を見た王妃は、その漆黒を見て半狂乱となり、執務中であった王は侍従からその知らせを聞いて、綻ばせかけた口元をぐっと噛みしめ眉を顰めた。

 この国の貴族達は皆、美しく華やかで鮮やかな色の髪を持って生まれる。

 髪には魔力が宿る。

 色が濃く明るくはっきりとしている程、その身に受ける加護と魔力が強いのだとされる。貴族にとって髪の色とその長さは、ひと目でわかる魔法の資質であり、貴族としての矜持である。

 王族にとって金色は珍しい色ではない。とはいえ、やはり金色を持って生まれてきた王子は祝福されるべき存在だった。

 人々が息を飲んだのは、王女のほうであった。

 夜を煮詰めたような漆黒の髪は美しかったが、黒は「魔」の領域の代表とされる。

 黒い髪は人ではない証なのだ。

 魔法の祝福が色濃いこの国では、五十年に一度、黒髪の子が生まれると言われている。多くは魔力のない平民として生まれ、成人を迎える十八の年まで王宮の離宮で大切に育てられる。国中の「咎」をその身に引き受けて宿し、本来在るべき魔の領域である宵闇の国へと渡るためだ。

 そうして魔王への贄として送り出してきた黒髪の子が、王族として生まれ落ちたのである。

 国を挙げての慶事であるはずの双子の誕生は、諸手を挙げて歓ぶという訳にもいかない複雑な事態となっていた。


 誕生からしてそうであったのだから、王子、王女が十八になり、成人を迎えるというその日も喜ばしい反面、素直に喜ぶという訳にもいかない重苦しい雰囲気に包まれていた。

 成人の式典を控え、王子、王女のどちらもがそれぞれの正装姿で広間に現れたのは、誕生日を迎える朝のずいぶんと早い頃である。

 通常、離宮で過ごす黒の咎人ではあるが、生まれ自体が王族であることから王女は今日まできちんと王族として扱われてきた。外遊や社交もこなす王子とは異なり、民の前に出ることはなかったのだが。

 上質な白い正装姿で帯剣した王子は、すっかり大人の雰囲気を漂わせていた。金色の髪は赤味のやや強い明るい色で、本人の勝気で華やかな性格が表れている。その明るい金の髪をややくすませて、王子はうっすらと涙を浮かべていた。

 おはよう、と声を掛けた半身が漆黒に包まれていたからである。

 ひと目で極上とわかる刺繍飾りのドレス、黒真珠や黒曜石をふんだんに使った髪飾り、どれもがこれ以上ない名工の手によって誂えられた品々だ。だがどれ程それらが美しくとも、その黒が、この朝が今生の別れなのだと思い出させる。

「まあ、何ていう顔をしていらっしゃるの。王太子たるもの、そのように泣き虫ではいけません」

 朗らかに笑った王女は、いつものように王子の柔らかな金の髪を撫でて言った。

「ディー…」

 半身を愛称で呼んだ王子が、ぐすんと鼻をすする。

「黙って立っていらしたらすっかり大人の男性だと思いましたのに」

「お、大人だよ。外遊にも、もう行ける」

 この夏には王太子として正式に諸外国を回る算段となっている。そのことは王女もよく知っているため、にこにことして頷いた。

 この二人のやり取りに、室内に控えた侍従達までもが目頭を押さえる。

「ディートリント、メルヒオール…」

 わずかな衣擦れの音と共に広間にやってきたのは、沈痛な面持ちの国王だった。

「父上!おはようございます」

「陛下、ご機嫌麗しゅうございます」

 二人がそれぞれに挨拶をすると、王は何も言わず、そっと二人を抱き寄せた。

「母上はどうされましたか」

「臥せったままでな。とてもお前を見送ってやれぬと泣き濡れておる」

「まあ…。では後程、ご挨拶に」

「ディートリント、我が娘よ…。これ程賢く美しく成長したお前を、わたしは誇りに思う。お前の運命を変えてやれない愚かな父を許してくれ」

 静かに告げた声は、僅かに震えていた。

 侍従のひとりが耐え切れず嗚咽を漏らす。乳母などは見ていられないとばかりにハンカチに顔を埋めるようにして小走りに退出していった。

 そんな中、ディートリントと呼ばれた王女だけが朗らかに、そして穏やかに微笑んでいた。

「今日はわたくしの出立の日ではありますが、王太子の成人の儀でもあるのですよ、陛下。どうぞそのようにおっしゃらず、王太子への祝福をなさいませ」

「陛下などと…出立するその時まで、お前はわたしの娘ではないか」

「まあ!困ったお父様ですわ」

 ころころと良く笑う王女はゆったりと優雅な動作で父王の頬にそっと口づけた。

「幼い子のようで恥ずかしいですわね」

 ふふふ、と王女はまた笑う。

「お父様、わたくしとても感謝していますの。お父様にも、お母様にも、とっても大切に育てていただきました。不要になるからとおっしゃらず、わたくしにもたくさん学ぶ機会をいただきました。王族としてではなく、ただの黒の咎人として離宮で暮らすこともできたのに、お二人ともそうなさらなかった。侍従達にも、メイド達にも、とても感謝していますのよ。居なくなってしまうわたくしにも、彼らは変わらず仕えてくれました」

 穏やかな声である。

「そんなお顔をなさらないでくださいまし。わたくしの命ひとつで、これから五十年、我が国には平穏と安寧が齎されるのです。メルの治世でもきっと恩寵が戴けます」

「ディー!」

 思わず抱き着いた王子の頭を撫でてやり、王女はまた朗らかに微笑んだ。

「あらあら、大きくなったのに泣き虫さんだわ。さあ、式典までの時間があるうちに、せっかく用意してくれたご馳走をいただきましょう」

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