【不定期更新】宵闇の王と月明かりの姫君
なごみ游
プロローグ
宵闇の国と呼ばれる場所があった。
まるで大きな何かの影にすっぽりと入ってしまったように、そこにはいつも夜がある。明けることのない夜が永遠に続く闇夜の国は、宵闇の王によって治められる、人の世界とは近いようでいてまったく別の場所だった。
人にとって宵闇の国は、異界であり、魔界であり、それはそれはおぞましく不吉で、もっとも遠ざけていたいものなのだ。
人ではない異形のモノによって埋め尽くされた、光から見放された地―――それが人々が思う「宵闇の国」なのである。
ざわざわと不吉に蠢く木々が行く手を阻むようにして絡み合う。
森の境界はくっきりと濃い影を地面に映して、絡み合った木々のその先は既に暗闇に覆われている。
一団はその境界線までやってきて、ぴたりと足を止めた。
白銀の鎧と白いマントに身を包んだ騎士達に囲まれるようにして、真っ黒なドレスの少女が佇んでいる。
美しく手の込んだ刺繍が施されたドレスに長いベール、黒真珠と黒曜石で飾られた髪留め、色が「黒」で統一されていなければ美しい花嫁にも見える。
「申し訳……ございません。ここまでしか、お送りできず」
可憐な少女から目を背けつつ、騎士らしい屈強な男が悲痛な面持ちで述べた。誰もが少女をまともに見ることさえできない。
そんな中、当の少女だけが軽やかに微笑んでいた。
「まあ!そういうお約束なのだから、騎士団の方が気に病む必要はありません。むしろ、ここまでよくお勤めしてくれましたね、ありがとう」
ふわりと膨らんだスカートを指先でそっと抓んで少女が優雅に一礼する。
はっと弾かれたように騎士達が跪こうとするのを手で制し、にこにこと微笑む。
「あら、黒の咎人に騎士礼はいけませんよ」
「殿下!」
「殿下、もいけません。わたくしはもう咎人なのですよ?」
騎士達は「ぐ…」と何か言いたげに言葉を飲み込む。
「さあさあ、いつまでもここに留まってはいけません。皆も心配しているでしょう」
そう言って微笑む少女には少しの憂いもないように見える。
体躯の大きな騎士達のほうが悲壮感を浮かべている。
「やはり、殿下をおひとりでは…」
「あらあら、まあまあ、王国騎士団ともあろう騎士達は国を守るというお勤めを投げ出して咎人に侍るような軟弱者なのですか?」
「しかし!!」
「黒の咎人は国を守護する礎です。わたしくは、このお役目をとても誇りに思っているのですよ。ですからどうか、大きな良い男性達がそんな風に駄々を捏ねないでくださいませ」
そう言って少女はころころとよく笑う。
「陛下にどうぞ、よろしくお伝えくださいましね」
頑として譲らず揺らがぬ様子の少女に、騎士達もようやく覚悟が決まったらしい。
悲痛な面持ちは変わりなかったものの、彼らは丁寧に一礼した。片膝をついての正式な騎士礼ではなかったが、胸に右手を当てて深々と頭を下げる略式礼は、略式の中では最上級のものである。
騎士達が馬で去っていくのを、その姿が地平線の向こうに消えて見えなくなるまで見送って、少女はくるりと身を翻して深く昏い森を見上げた。
ざわざわと蠢く森に、欠片の恐怖もないと言えば嘘になるだろう。
それでも少女は凛として顔を上げ、その昏い森へと一歩を踏み出した。
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