第10話 これからのこと

 ―翌朝―


 いつも通り会社に行き、残業をして、終電で帰路に就く。今日は金曜日なので、途中でコンビニに寄って、いつもより多めのビールと、いつもより少し高価な珍味を買った。


 もうすでに日付を超えているが、今週は休日出勤がないので週末は完全に休みだ。溜まっていたアニメを鑑賞したり、少し遠出して東北あたりに行くのもいい(実際にはやらないだろうが)。


 ルナさんの件を含めて、ワヤマと話したいことはあるが、もう少し自分の中で整理してから話したいとも考えている。ノープランで彼との話し合いに臨めば、完全に主導権を握られ、気づけば見知らぬ終着駅に結論が向かいそうだからだ。


 なので、今週は整理の週末にすると決めた。そのために、今日は英気を養うのだ。


 部屋に到着すると、ワヤマが迎え入れてくれ、冷えたビールを差し出した。僕はソファに深く座り込み、乾杯をして、キンキンに冷えたビールを一気に飲み干す。


「くぅぅ!美味い!!」


「いい飲みっぷりだ!ほれ、もう一本」と言い、ワヤマがビールを持ってきた。


「ありがとうございます!金曜が一番ビールが美味しいんですよね」


「分かるよ。俺も真面目に働いてた時は、金曜の酒が好きだったなぁ」


「そういえば、ワヤマさんって昔は何してたんですか?」


 ワヤマは少し驚いた様に眉間を上げたが、直ぐに戻ってビールを一口飲んだ。


「製薬会社で働いてたんだが、先輩殴ってクビになった」


「え、殴ったんですか?」


「色々あってな。俺もヤンチャしてたのさ」


 珍しく、ワヤマが寂しげな表情をしていたので、先輩を殴ったという話はこれ以上触れない方がよさそうだ。めちゃくちゃな思考の男だが、安易な理由で人を殴る様なことはしないと思う。


「今も十分ヤンチャですけどね。でも、製薬会社って意外でした」


「よく言われる。正直、性に合っていなかったんだよ、ひたすら論文読んで合成して評価してってのがさ」


 それにしても、適当に人生を生きていそうなワヤマが製薬会社で、しかも研究職についていたなんて意外だった。僕も就職活動の際に検討していたが、あまりにもハードルが高いと感じ諦めていたからこそ、その凄さが分かる(なんかこの男に負けた気がして悔しい)。


「あんまり意外な面見せないでください。混乱します」


「失礼だなお前。こう見えて、オレは頭悪くはないんだぞ」


「あなたと出会ってからの行動で、頭が良いと思えることは無かった気がします」


 図星だったのか、ワヤマは立ち上がり煙草を吸いにベランダに出た。


 ワヤマという男は謎が多すぎるが、冷静になって考えれば、彼の頭の回転が速いと感じる節がいくつかあった。状況の飲み込みも早いし、ベティを飼いならし、ルナさんにスマホを与えるのも即日やってのけた。


 魔界への対応も、彼なら問題なく進めることが出来るかもしれない。なぜかそう思えてきた。


 ワヤマが戻ってきて、冷蔵庫からビールを取り出し、数回ほど飲んでから口を開いた。


「今後のことだが、現状は静観しかないと考えている。ルナはこっちの世界でも生活できる度胸と行動力があるし、ベティも人間に害をなす存在ではないと思う。魔界へのゲート、つまりオレの部屋のトイレ自体は確認できていないが、ケルベロスが障壁となってしばらくは向こうから何もできないだろう。憶測でしかないがな」


「確かにそうですね。ルナさんとベティは存在を知られないように行動する必要はありますが、大きな問題は起こさないと信じてます」


「ただ気になるのが、このアパートの他の部屋の状況だ。オレ達だけでなく、他にも異世界に通じている可能性が高い。大家は頼りにならないし、住人に話を聞くのが手かもしれないな」


「ほかの住人について、僕は会ったことがないので分かりませんが、ワヤマさんは面識があるんですか?」


「何人かはすれ違った事がある。何かは分からないが、コスプレをしていた女。それから、ものすごい筋肉が付いたおっさんが大きい魚を抱えて上裸で歩いてたな」


「それ、異世界人じゃないですよね…?」


「しゃべってて思ったが、異世界人の可能性が高いな。うん。」


「やっぱり調査する必要がありそうですね。隣の102号室はずっと空き部屋なので、残りの101、105、106から調べましょうか」


「そうだな。もしかしたら他の住人は知らない可能性もあるし、混乱させないよう慎重に進めていくとしよう」


 僕は同意し、頷いた。ルナさんを守るためにも、この件は慎重に少しずつ進めていかなければならない。


「あと相談したかったのが、ルナさんの働き口の件なんですけど」


「それなら、ちょうど今連絡があって仕事が見つかったってよ」


「えっ、ほんとですか?自分で見つけたってことですか?」


「あぁ、だが…」


 ワヤマが心配そうな顔つきでスマホを見つめている。


 僕の方にもルナさんから連絡が入っていたので確認した。



 『サトウさん!お仕事見つかりました!パパ活です!一日ですごく稼げるんですよ!早速明日から頑張ります!』


 僕とワヤマは、沈黙のまま尾行することで同意した。


 やはり、あの子は心配だ。異世界で最初の仕事がパパ活なんて…

 ルナさんが事件に巻き込まれないように、いざって時には助けなければならない。



 ここで、話はひと段落な訳だが、一つだけ言っておきたい事がある。


「なに勝手に人の部屋入ってんだ!!」

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