第9話 心配ごと

 ルナさんの止まっているホテルに到着し、ワヤマから聞いた部屋番号へと向かう。今どき珍しい全室喫煙が可能のホテルで、かなり年季が入っていた。ルナさんの部屋の階は特に臭いが酷く、呼吸するのを躊躇いそうになるレベルだった。


 部屋の前に着き、チャイムを鳴らすとルナさんが出てくると同時に、世界が歪んだ。

 

 何が起きたのか分からないが、僕は床に倒れて天井を見上げていた。バッグやコンビニの袋の中身が飛び散り、悲惨な状況になっている。


「すみません!サトウさんでしたか!」


 放心状態の僕にルナさんが慌てて手を差し伸べる。


「ワヤマさんに、誰かが来たら護身術をお見舞いしろと言われてたもので・・・」


「ほんと、びっくりしましたよ。まずは落ち着いて誰か来たか確認してください」


「本当に申し訳ありません!直ぐに片付けます!」


 ルナさんが散らばった荷物を拾い上げてくれたが、そこで思考能力が僕の脳に帰ってきた。


 あれが見つかったらまずい!


「いえいえ大丈夫です!僕が片付けますから!」


 僕はハヤブサのような素早さで荷物を拾い上げ、バックに詰め込んだ。


「すごい動きですね!」


 なぜか感動しているルナさんを見ると、手には例の"ブツ"を持っていた。


 ルナさんが片付けている途中に僕が本気を出してしまったため、ブツを持ったまま動きが止まってしまったのだ。


 こうなっては、ブツの中身を理解される前に回収する必要がある。


 どうする?

 焦って奪い取っては逆に怪しまれるし、ゆっくり見られるとパッケージにあるイラストでばれてしまう。

 いや、このような状況では普通に対応すべきだ。目を見て返してもらうように言おう。相手の目を凝視すれば向こうも目線を外せないはずだ。


 僕はシャイな自分を押し殺してルナさんの瞳を凝視する。くっ、吸い込まれそうだ。しかしここが正念場だ!僕は冷静になる。 


「ありがとうございます。それももらいますね」


「あ、はい!お返しします!」


 ルナさんが僕に渡そうと手を伸ばした時、目線が手元を向いた。


 なに!?ルナさんの視線が手に向かっただと!?どうする?

 ええい!ままよ!なるようになれ!


 僕が言い訳を必死に考えていると、ルナさんの目線が手の先、床に落ちて残っていたビールに向いていることが発覚した。


 波乱の入室開幕戦がここで閉幕した。


 もう二度と買わないと誓った。別に守り抜く訳ではないからね!



 何とか部屋に入ると、机の上には煙草の吸殻とビールの空き缶が散乱していた。世紀末のような酷い有様だ。


「ごめんなさい、今散らかっていて・・・」


 美少女なら何でも許せると思っていたが、あまりの惨劇に流石に冷めてしまいそうだ。 


「ワヤマさんのせいと言ってください…」


「昨日、ワヤマさんと色々と話をしていたら、ついつい…」


「まぁ、ルナさんは異世界に来たばかりですし、ストレスもあるでしょうから。でも、お酒と煙草はほどほどにしてくださいね」


「ごめんなさい、今後は気を付けます」


 といい、電子タバコを取り出して吸っている。もう僕には救えないのだろうと悟った。


「ワヤマさんに乗せられちゃダメですからね。あの人は相当変な人ですから」


 ワヤマについて釘をさし、持ってきた差し入れをルナさんに渡した。ビールやお弁当、飲み物などを買ってきたが、ビールは辞めておいた方が良かったと後悔した。


「ありがとうございます!」


 ルナさんは満面の笑みでお礼を言った。この笑顔が見られるなら、また買ってきても良いかなと思った。


 しかし、ワヤマはルナさんに元気が無いと言っていたが、思ったよりも元気そうだ。


「そういえば、サトウさんはどうして来てくださったんですか?」と、ビールを冷蔵庫にしまいながら言った。


「ルナさんに元気がないってワヤマさんに聞いて様子を見に来たんですが、問題はなさそうですね」


「そうだったんですね、わざわざありがとうございます。実は心配なことがありまして」


 この人も大概、話聞かないよな~。


「今はワヤマさんにお金を借りる形で生活していますが、今後は自分でお金を稼がなければと考えていたんです。ワヤマさんにいつまでもお世話になる訳にはいかないですし」


 まっとうな質問だった。ワヤマのお金の出どころは不明だが、ルナさんの心配ももっともだろう。真面目そうなルナさんだから余計に考え込むのかもしれない。


「元の世界に一度戻って、王様にお金をもらったら良いのではないですか?任務であれば、それくらい調達してくれそうですが」


「そうしたかったのですが、頂いたお金はその…」


「まさか…」


 任務のお金を使い果たしたのだろうか?それをやったのであれば、僕はこれ以上ルナさんを助けることはできない。それは人として超えてはいけない一線だ。


「お恥ずかしい話ですが、両親に全て使われてしまいまして。そのまま連絡が取れなくなってしまったんです…」


「そんな…」


 ルナさんは下を向いていたが、一瞬の間の後、笑顔を作り僕の方を向いた。


「本当は良い両親なのですが、額が額だったので、取り乱してしまったんだと思います。私の管理が甘かったんです」


「絶対にルナさんの責任ではないですよ!どうしても連絡が取れないんですか?」


「はい。それに任務まで時間が無かったので、探す暇もありませんでした。両親のことを話すと恐らく二人は捕まると思ったので、誰にも言えなかったんです」


「そうだったんですね…」


 ルナさんは一部行動を除き、育ちの良いお嬢様の様に見えたが、倫理観の欠如した親元で過ごしてきたのだと知って驚きを隠せなかった。

 

「変な気を遣わせてごめんなさい。なので、この世界でお金を稼ごうと思ってるんです」


 これ以上両親の話をしたく無さそうだったので、ルナさんがお金を稼ぐ方法を考えることにした。


「アルバイトなどをするのが良いとは思いましたけど、ルナさんは身分証がないので難しそうですね」


「そうなんです、そこがネックで。なにか足がつかない仕事は無いでしょうか?」


「そんな仕事はさせませんよ!僕も色々調べてみるので、もう少し待ってください」


「ご迷惑おかけして本当に申し訳ありません…」


「いいんですよ!気にしないでください!」


 とは言ったものの、なかなか難しい問題だ。身分証が無いのであればまっとうな仕事ができないのも事実。この手のことはワヤマに頼るのが一番かもしれない。蛇の道は蛇だ。


「その件はこちらに任せて、ルナさんは少し休んでください。心労も絶えないでしょうから」


「いえ!大丈夫です!任務もありますし!それに私ってこう見えて頑丈なんですよ!」


 肺と肝臓が強靭なことは知ってますよ。


「あ、そうだ!サトウさん!連絡先を交換しておきましょう!」


 ルナさんが尻ポケットからスマートフォンを取り出し、チャットアプリのアドレスを見せてきた。


「え、スマホ持ってるんですか?」


「ワヤマさんがくれたんです。凄く便利ですね!」


 アドレスを交換し、僕はホテルを後にした。数分後、ルナさんから絵文字たっぷりのお礼メッセージが届いた。ちなみに、アイコンは自撮り写真であった。


 ほんと、あの子の適応能力はどうなっているのだろう。

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