孤独なランナー
リトルベア・D・スネーク
孤独なランナー
スタートの合図が鳴り響くと同時に、彼は素早く前方へ飛び出した。最初の数メートルで他の選手たちを出し抜き、有利な位置取りをしようとしたその時、視界に一瞬、横から迫ってくる影が映った。
「しまった…!」
次の瞬間、体は横から強く押され、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。彼は地面に激しく打ちつけられ、砂ぼこりが舞い上がる。痛みが全身に走り、しばらく動けずにいたが、すぐに立ち上がると周囲を見渡した。
他の選手たちはすでに遥か前方に進んでおり、彼は大きく出遅れてしまったことを悟った。心臓が激しく脈打ち、息が荒くなる。
「くそ!こんなところで終わらせるわけにはいかない…!」
転んだ時に打った膝が痛む。息が切れる。足は鉛のように重く、前に出すたびに地面が絡みつくように感じた。鼓動が耳の奥で激しく鳴り響き、頭がぼんやりとしてくる。だが、ゴールはまだ遥か先だ。
「もうやめようか…」
その考えがふと頭をよぎった。限界だ。これ以上走り続けるなんて無理だ。何度も心の中で叫ぶように、諦めの言葉が響く。しかし、それを振り払うように、彼は再び足を動かす。歩みは遅く、呼吸も荒い。それでも、彼は前に進むことをやめなかった。
「どうしてこんな苦しい思いをしてまでことをしているんだ?」
自分自身に問いかける。何が彼をここまで駆り立てるのか。自分でもよくわからなかった。だが、ひとつだけ確かなのは、ゴールがある限り、それに向かって走り続けなければならないということだ。
周りには誰もいない。彼は孤独だった。どれだけの距離を走ってきたのかもわからない。ただ、無心で足を動かし続ける。膝はますます痛み、身体が悲鳴を上げ、心が折れそうになるたびに、彼は小さな声で自分を励ました。
「あと少し、あと少しだけでいいんだ、持ってくれオレの身体…」
視界は霞み、前がよく見えない。汗が額から滴り落ちて顔全体を覆った。身体は限界を超え、今にも崩れ落ちそうだった。それでも彼は歩を止めなかった。ゴールが見えるまで、走り続けると心に決めていたからだ。
それは単なるプライドかもしれない。あるいは、自分自身に対する挑戦かもしれない。だが、彼にはそれしかなかった。ここで諦めることは、すべてを投げ出すことに等しいと思えた。
「ここまで来たんだ…諦めるものか!」
一歩一歩、苦しみに耐えながら前進する。足はもはや彼の意志に従わず、自らの重さで動いているように感じた。心の中で何度も折れかける意志を、彼は必死に繋ぎ止めた。あきらめるわけにはいかない。
そこに「頑張れ!」という声が沿道から響く。
「そうだ、俺は応援されているんだ。ここで頑張らなかったらいつ頑張るんだ!」
声援を受けるたびに彼は心臓が高鳴っていき、体全体に新たな力が湧き上がる。やがて膝の痛みは消え去り、足が軽やかに地面を蹴る感覚に変わっていく。
急に視界が明るく広がったような感覚を受ける。観衆の熱気が彼の中に流れ込んできた。応援されていると思うと、なぜか全身がエネルギーに満ち、走るリズムと呼吸音だけが響く。痛みのことも忘れてしまった。今はただ、声援に導かれるように、心地よい高揚感に包まれながら、前へ進むことに全てを集中していた。
そして、ふと、彼の目に何かが映った。遠くに立つ二つの人影が見える。その人影を繋ぐようにテープが張られていた。彼は目を細め、再び力を振り絞って足を動かした。それがゴールのテープであることがわかったからだ。
「あと少し、あと少しで終わる…」
胸が高鳴る。ここまで来たのだ。今までの苦しみが一瞬にして消え去るわけではないが、ゴールが見えたことで、新たな力が湧いてくる。彼は無我夢中で走った。周りからのも今まで以上に声援が聞こえてきた。その声に足が応えてくれる。スタートで転んだ時に感じた痛みが、まるでなかったかのように。
ゴールまでの残り数メートル、彼はすべての力を振り絞り、前へと突き進んだ。もう何も考えられない。ただゴールにたどり着くことだけを考えていた。息が切れ、頭が真っ白になる中で、彼はゴールラインを切った。
その瞬間、彼は大きく前につんのめりって地面に倒れ込んだ。全身が重く今にも押しつぶされるような感覚があり、しばらくは動けなかった。酸素が欲しい、呼吸も荒く、心臓が今まで感じたことがないくらい激しく鼓動しているのがわかった。
「やった!オレはやり切ったぞ、これでやっと終わったんだ…」
彼は力なく笑いながら、周りを見渡した。そこには、福浦西中学校マラソン大会の横断幕が風に揺れていた。こうして彼は、校内マラソンのラストランナーとしての栄誉と、体育教師からのお褒めの言葉を手に入れたのだった。
孤独なランナー リトルベア・D・スネーク @kazamasin999
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