第2話 衝撃
「随分と仲がよろしいようで……フフフ」
気に食わんことにこの国の王が面白そうにこちらを見ていた。
周りの者共の反応も微笑ましいといったものばかりだ。
魔族の中にはショックを受けているものもいる。
イメージとは違いすぎるだろうから仕方がないか。
「おい、国王よ。貴様はこの魔王ルドラが恐ろしくないのか?私の暴虐の逸話はこの時代にも残っているだろう。なのに、なぜそうも能天気でいられる」
いくら隷属させられていると言っても、魔王を目の前にしたら恐怖で動けなくなって然るべきだ。
気に食わん。
「恐ろしいですな。ですから、さきほどまではどもりながら説明していたでしょう?いえ、今でも当然恐ろしいという気持ちはあるのですよ」
「ほう。……ではなぜ態度を改めた」
「……魔王様には暴虐伝説と共に、勇者パーティの五人目であるという伝説……というか学説があるのです」
瞬間、頭に血がのぼり沸騰してしまう。
「そうか、つまらんことを考える時代になったものだな。……壊してやろう。この国ごと更地に変えてやる」
思わず怒りで我を忘れそうになった。
なんとか一瞬でその感情の爆発を鎮めるが、今でも怒りと苛立ちは抑えたくないほど高まっている。
「……いや、冗談だ。怒っているのは本当だがな。まあ良い。なぜそう言われるようになったのか、話すが良い」
「あ、ありがたく……」
王は冷や汗をかきながら露骨に安堵していた。
気に入らんな。
「勇者パーティが大魔王を討伐できたのは彼女らの力と勇気によるものですが、その影にはあなた様の力添えが見え隠れしているのです」
「……ふむ。そうだな、合っているぞ。合ってはいるが……どこでそれを知った?」
証拠はほとんど消してきたはずだ。大魔王に察知されては敵わなかったからな。
最後の勇者たちへの助言を除き、歴史上には残らないはず。
それなのに知っているというのはおかしい。
別に人間どもに知られて困ることではない。
大魔王に操られ、私は半ば傀儡として世界を暴れていた。
それが歴史に残っている時点で恥以外の何物でもない。
それを覆そうとし、実を結んだ行動が歴史に残っているというくらい、今更問題はないだろう。
「つい200年前までは後世の様々な歴史家の残した伝承によって語られるのみであり、創作であろうと言われておりましたが……比較的近年見つかった勇者様の手記によって大方事実だと判明したのです」
「そういうことか。すべてを知ったあとならば、あやつであれば気づいてもおかしくはない」
あるいは、賢者か魔法使いあたりが気づいたのかもしれない。
戦士は冷静沈着で状況の把握が上手い、まさに英雄というにふさわしい男だったが、この手のことには気づかないだろう。
「一つ言っておく。私はやつらの仲間などではない。好敵手として認めてはいたし、好ましくも思っていた。助けたことがあるのも事実だ。しかし、実際にやっていたことは奴らを利用することだ。利害の一致というやつだろう。互いに別の理由で大魔王を許せなかったから、利用し合っただけに過ぎん。そこを履き違えてもらっては困るぞ」
「まおーさまってやっぱりツンデレだよねー。今の体で言われると、さらにかわいく感じちゃうなー」
ピュライが即座に茶化してきた。
ツンデレ、という言葉の意味はわからんが……なにやら邪念がこもっていることはわかる。
「少し目にかけてやっているからと言って調子に乗りすぎだ。今回は私を復活させた恩に報いて不問にしてやるが、あまり無礼が過ぎると潰してやるぞ」
「ひえ。ごめんなさーい。でも、今のまおーさまってすっごくかわいいんだからね。元からものすごく可愛かったしかっこよかったけど、さらに素敵になってるんだよ?」
「……元から可愛いとはどういうことだ。そのような容姿ではなかったはずだが」
気に入らん。全く持って気に入らん。
種族が種族ゆえ、多少中性的な容姿ではあったかもしれんが、誰もが男と認識する範囲であっただろう。
それが可愛いとはなんだ。ふざけるな!
「それに、今は威圧感あんまりないからねー。まおーさまこそ調子に乗りすぎたらダメなんだからね?いつか襲われちゃうよ?」
威圧感という点ではそうかもしれぬな。
今の私の容姿は気に入らんことに素晴らしく愛らしいゆえ、不埒者が馬鹿なことを考えることがあるかもしれないというのは理解できる。
だが、襲われたところで何があるというのだ。
「この私がそのような屑を返り討ちにできないとでも?」
「まおーさまは知らないだろうけど、今の時代は強者がすっごく多いんだよ。まおーさまほど強い人は流石にほとんどいないし、まともに相手になる人すら少ないのは変わらないけど……それでもぜったいすーが圧倒的に増えてるからねー」
……!?聞き捨てならないことを聞いてしまった。
なんだそれは。許していいのか、許されて良いのか?
「……待て。私ほどの強者がこの狭い領土に複数人いるだと?」
「うん。この国には4人、超大国には10人くらいいるはずだよ。そうでもないとドラゴン相手に生き残れたりなんかしないよー。それに、その中でも5人くらいは今のまおーさまより強いよ」
衝撃だった。勇者たちの在り方の美しさを初めて見たときほどではない。大魔王に傀儡にされかけたときの怒りほどでもない。
だが、異質さでは上回っているかもしれない。
私を単独で超える者は大魔王ただ一人のはずだ。
なのに、同格が14人。その中に超えるものが5人、か。
「く、くくく……」
思わず楽しくなってきた。
ドラゴンだけではなく、人間や魔族も面白そうではないか。
かつてのように格上を相手に戦い勝利する喜びを得られるというのか。
大魔王相手には挑むことすら許されなかった。あのチカラを無力化すれば勝てる可能性があったのだ……考えると悔しくて仕方なかった。
だが、今度の戦いは違う。敵にも味方にも格上ばかりと言うではないか。
まるで少年のとき、戦い続け鍛え続けた時代に舞い戻ったようだ。
「……どうされたので?」
「あー、これね。気にしなくていいよー。喜んでるだけだから」
「左様で。……しかし、魔王様とは思っていたより愉快な方なのですな」
「大魔王の塵屑(ごみくず)に操られてしまってからは鬱々とすることが多くなったけど、もともとのまおーさまはよく笑う方だったらしいよー。うん、やっぱりかわいいなー。あー、かわいいかわいい……」
「塵屑……ずいぶん強い言葉を使われるのですな」
「忠義を極めた魔王軍のみんなは大魔王に対して憎悪しか持ってないからねー。一部寝返った屑もいるけど、勇者さんたちが倒してくれたからざまあみろって感じだねー。塵屑(だいまおう)は単純な強さも振るう特殊なチカラもありえないくらい凄まじかったけど、魔王としての品格も人格もカリスマ性もなければ、報酬すらお気に入り以外にはまともに与えてくれないからねー。魔王様のほうが『上に立つ者』としてふさわしいと思った大魔王側からの有力な協力者もいたからまおーさまの暗躍がバレなかったりもしたんだよー」
「そんなことが……。この会話、歴史家連中が聞いたらこぞって論争を始めるでしょうな。特に大魔王びいきの者は無理くりに擁護を始めるのでしょう。……おい、今の会話は全て記録しているな?」
「は。ボイスレコーダーに録音済みでございます」
「そのうち公開してやれ。当事者の弁が最も証拠として強いだろうし、面白いことになりそうだ」
「……そんなことをしている場合なのでしょうか?」
「我らは魔王様を利用するのだ。彼……いや、彼女を英雄として祭り上げるためにも、情報のアップデートは必須であろう?」
「……ははは、それはそうですな。よし、これから忙しくなりますな!」
テンションが上がりすぎて会話が聞こえてなかったが、妙なことを言われていないだろうか。
これより第二の人生が始まるのだ。
……此度の大戦は勇者が大魔王を倒す旅に匹敵する難しさだろう。
しかし、それでこそ覆しがいがあるというものだ。
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